日本人は何処から来たか ― 血液型遺伝子から解く

松本秀雄著
NHK ブックス 652、日本放送出版協会
刊行:1992/10/20
名古屋上社の古本屋 BOOK OFF 上社店で購入(たぶん)
読了日:2007/02/09

血液型の一つである Gm の遺伝子を使うことによって、日本人の源流が バイカル湖付近(たとえばブリアートの人々)であることを明確に示してある本。 何が明確かといえば、口絵の Gm 遺伝子の分布図である。これだけ 見れば中身を読まなくてもメインの主張が上記のことであると見当が付く という素晴らしい図である。ただし、後述のように、この図が明確だからと言って 日本人の起源がバイカル湖周辺だとまで言ってしまうのは、おそらく 言い過ぎである。それと、Gm 遺伝子以外の話がほとんどないのも問題である。

本文には何ヵ所か推敲不足のせいか論理が乱れているところがあったりして、 あまり明快とは言えない部分がある。それでも大事なところは、繰り返して まとめが書いてあったりするので、内容の読解に支障はない。あと最初の第1章で、 いきなり血液型の種類がちょっと専門的な言葉遣いで記載的にたくさん書いて あるのが読みにくいのだけれど、大事な点は後から詳しく説明してあるので、 第2章に入ってしまえば問題なく読める。


以下、内容の主なところをまとめておく。

血液型 Gm は、免疫グロブリンのうち ガンマー・グロブリンの型である。その遺伝子の型(ハプロタイプ)が 人種を見分ける鍵になる。というのは、たまたま遺伝子の変異速度が 人種の進化を判別するのにちょうど良いくらいだからである。人種を特徴づける Gm 遺伝子には以下のものがある。

モンゴロイド(蒙古系)ag, axg, afb1b3, ab3st
コーカソイド(白人)ag, axg, fb1b3
ニグロイド(黒人)ab1b3, ab1c, ab3s

このことからだけでも、白人と蒙古系に共通する遺伝子があることから、 人種の分岐パターンが

―――――――――――黒人
|
―――――――――――白人
          |
          ―――――――蒙古系
というものであろうと推定できる。

蒙古系は更に3つに分かれる。

中国は、揚子江以南は南方型モンゴロイドだが、北に行くに連れ北方型モンゴロイドの 要素が強まってくる。モンゴル(外蒙古)や朝鮮は基本的には北方型だが、 南方型の要素が少し混ざる。日本人は Gm 遺伝子ではほぼ均質で、ほぼ北方型である。 日本の北端と南端のアイヌと先島諸島では、南方型の要素がさらに弱まって 典型的に北方型蒙古系の特徴を示す。

以上のことから、著者は、日本人がバイカル湖付近から来たとしている。 殊にその古い型がアイヌと先島諸島に残っている。南北端以外では 中国・朝鮮との交流により南方型の要素が少しだけ入ってきたのだろう。

以上、内容のまとめ


しかし、もう少し冷静に言えば、わかったのは日本人とブリアートおよび その周辺の民族とで遺伝子構成が非常に近いということだけなので、 たとえば原北方型モンゴロイドがどこか別のところにいて、 やがてはシベリアと日本に移ったということかもしれない。 単に、ブリアートが北方型モンゴロイドの最も典型的な遺伝子構成を示すことや 考古学的な知見等からして、バイカル湖付近が分布の中心で、そこから 北方型モンゴロイドが広がったと考えるのが自然であろうと著者が考えたいうことだ。

さらに、少なくとも現在の知見から言えば、他の遺伝子を用いて ヒトの系統を分子系統学的に調べた例もたくさんあるので、 Gm 遺伝子は今や単にそのひとつにすぎない。ただし、この本が出版された 1992 年当時他の研究がどの程度あったのはかは、私は専門ではないので よくわからない。とはいえ、血液型やミトコンドリア DNA の研究などは すでに行われていたようではあるから、それにあまり触れていないのは偏っている。

そういえば、前にこれに関連した NHK スペシャルの本を読んだことがあったのを思い出した。それによると、 遺伝子のタイプの民族による類似性は、使う遺伝子によって違って見えたりするので 日本人の起源に関してあんまりはっきりした結論はなかったようだ。 本書の日本人とブリアートとの共通性が高いという結論も、いろいろ 他の遺伝子を見るとどの程度正しいのかよくわからない。たとえば、 Y 染色体とミトコンドリアの遺伝子の例を見ると、 日本人はそれほどブリアートと近いようには見えない。 結局のところ、遺伝子のハプロタイプの構成比のようなものは、 偶然で同じようになってしまうこともあるから、Gm 遺伝子の構成比だけで あまり細かい類似性を議論するのは無理ということなのであろう。 さらに、民族の移動は何度かに分けて起こったり、その過程で混血したりするから、 それが遺伝子に反映されるやり方はたぶん複雑になる。 だから、単にひとつの遺伝子の類似性だけでは細かい系統は議論できないのだろう。 ヒトの大ざっぱなグループ分けとその系統に関しては、Gm 遺伝子でもそれ以外の 遺伝子でも結論はそう変わらない。

関連 web pages で、大山元氏による 「Gm血液型遺伝子」 というものを見つけた。大山氏は、ここで本書にいろいろケチを付けている。 それはともかくとしても、この web pages では Gm 遺伝子の構成のグラフを いろいろ書き直してみてあるので、見方を変えてみるのに便利である。