満鉄暴走 隠された構造 大豆・満鉄・総力戦

著者安冨 歩
シリーズ角川新書
発行所KADOKAWA
電子書籍
刊行2015/06/20
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読了2016/09/25

東大話法」の安冨氏の本当の専門のお話である。講演を基にしたものらしく、話は分かりやすく、しかも、満洲の話から始まっていても、やがては「立場主義」とか「魂の脱植民地化」といった著者の大きなテーマにつながっているので、著者の考え方の全体像が見えてくる。

以下にメモしておくように、はっと気付くことがいろいろあって勉強になる。

満洲国暴走の要因は著者によって3つにまとめられている (第3章) ①大豆の国際商品化。これが満洲国成立の基盤になる。②総力戦への対応。陸軍エリートたちが、第一次世界大戦という総力戦の存在を学び、それに対応せねばならないと考えた。③立場主義の暴走。全体のヴィジョンなく、そのときどきの立場を優先して人々が動いたので、システムが暴走した。

①に関しては、満洲と華北の違いという興味深い指摘がなされている(第1章)。満洲は県城を頂点とするピラミッド型の経済システムだったので、県城を支配するだけで、満洲を支配できた。一方、華北は複雑なネットワーク社会なので、県城を支配しただけではつかまらず、ゲリラに悩まされることになった。

②の総力戦 total war についてみてゆく(第2章終わり~第3章)。第一次大戦から第二次大戦までは総力戦の時代であった。総力戦とは、国のリソースすべてが動員される戦いで、どちらかのシステムが崩壊するまで続く。それまでの戦争は、戦争前に用意した兵器と兵士で戦うものだったが、総力戦の時代になると戦争中も兵器を作り続けるし、兵士も徴兵によって戦地に送られ続ける。陸軍エリートたちは、第一次世界大戦を知ってショックを受け、日本は総力戦には耐えられないことを認識する。とくに石原莞爾は、総力戦ができる国にするには、全支那を利用する必要があると考えて、そのヴィジョンの元に満洲事変を起こした。ところが、その後の中国戦線の拡大は、彼のヴィジョンに合わないものだったので、彼は止めようとしたがシステムの暴走に弾き飛ばされ左遷される。

注意すべきなのは、これが狂気なのではなく、理屈の暴走によっているということです。
狂気ならば目が覚めれば治りますが、理屈の暴走は目が覚めるほど激しくなります(第3章)

③の立場主義が著者の考えにとって重要なのだが、天皇制が根底にあるという面白い指摘がなされている(第3章)。普通の君主制では、「国王が国民を守る」という形が取られる。ところが、近代日本では「国民が天皇陛下をお守りする」という形になっている。天皇を軍隊が守り、軍隊を国民が守るという特異なイデオロギーが支配的である。なぜそうなったかといえば、徴兵制によって「家」制度が崩壊し、代わりに兵隊になるための意味づけとして「お国のために死ぬ」というイデオロギーがでっち上げられたからである。一方で、「家」が崩壊して個人主義になる代わりに「立場主義」が生まれた、とする。

第4章の最後のあたりに書いてある「魂の脱植民地化」についてまとめておこう。戦後日本は、アメリカ合衆国の半植民地である。たとえば、1960 年の安保条約は、日満議定書に似ている。安保条約には、日本とアメリカが協力して日本国内における両国に対する武力攻撃に対処すると書いてある。日満議定書でも、日本と満洲に対する安全上の脅威に対しては共同で対処すると書かれている。いずれも一見双務的である。しかし、実際は首都東京の空は米軍が支配している。植民地というのはそんなもので、植民地化されている日本の側でもそれが当たり前だと思ってしまっている。これを当たり前だと思うのが「魂が植民地化されている」ということで、当たり前だと思わずに抵抗するのが「魂の脱植民地化」である。