『そして誰もいなくなった』がテレビドラマ化されたのをきっかけに読んだ。『そして誰もいなくなった』は前にも読んだことはあるのだが、今度は新訳で読んだ。旧訳の意味が取れないところがだいぶん改善されていて、読みやすくなっている。ネットを見ると、旧訳の方が良いと言っている人もけっこういるが、全体的には新訳のほうが読みやすいと思う。
旧訳と新訳の違いで目立つのは、political correctness のためらしいが、舞台となる孤島の名前がインディアン島から兵隊島へと名前が変えられていることだ。現在のペーパーバック英語版がそのように直されているとのことである。テレビドラマもそれにしたがっていた。
孤島におびき出された10人は、過去に殺人を犯していて、そのために殺されるという筋書きになっている。 彼らは「10人のインディアン(兵隊)」という童謡にしたがって殺される。 巧妙なのは、最後に死んだかに見える人が犯人ではないという事である。
テレビドラマでは、現代の日本に舞台が置き換えられている。どんな読み替えが行われているかもひとつの見どころである。 最大の変更は、謎解きの一部を警視庁の相国寺警部が行うことにしている点である。原作では、誰にも犯人がわからず、 犯人の告白文が見つかって謎が解ける。ドラマは、2日に分けて放送され、1日目は6人目の犠牲者が出るまでの話。 2日目は7人目の犠牲者から始まって10人目の犠牲者までと、警部の謎解き、および犯人の告白となっている。 ドラマでは、犯人は、誰かが自分が犯人であることをみつけてくれることを期待して手がかりをいくつか残している。 原作でも手がかりはあるといえばあるということが犯人の告白文に書かれているのだが、そこに書かれていること3つのうち2つは 日本では使えないので(「燻製のにしん」と「カインの刻印」というイギリス文化に根ざしたもの)、新しく手がかりが創作されている。 犯人がいたるところに隠しカメラを仕掛けていて、それを警察がみつける。これで警察はテレビと見た人と同程度に事件のあらましを知るということになっている。しかし、いくらなんでもそんなにたくさんカメラがあれば、犠牲者の誰かがその前に気付くだろうというツッコミを入れたくなる。いったん犯人を相国寺警部が推理したら、あとは犯人の告白ビデオがメモリカードの形で発見されるということになっていた。
そのほかテレビドラマ化における主な変更点を挙げてみる。
- 舞台を現代にすると、通信手段が多くてなかなか孤立状態が作れないという問題があるが、それは、島のホテルに着いた途端にお客がスマホやタブレットを執事に取り上げられて、金庫に保管される決まりになっているということで、回避する。あとで金庫を開けて取り出してみたところ、通信不能にされていた。固定電話もない。
- 原作では、元軍人や軍人一家出身の人が三名出てくるが、一人に減らされている。三人で今の日本では不自然ということなのだろう。その一人は、ロンバート元陸軍大尉に相当するケン石動で、軍事評論家で元傭兵ということになっている。残りの二人は、マッカーサー元将軍が元国会議員の門殿宣明、老婦人ブレントが元銀幕のスターの星空綾子に置き換えられている。元銀幕のスターを出すところが、いかにもテレビドラマっぽい。そういった変更によって、招待客のほぼ全員(元刑事以外)をレトロ洋館が似合う経歴の持ち主にしている。登場人物の名前もいかにもテレビドラマっぽく職業に合うような雰囲気のものになっている。
- それに関連して、原作の舞台はモダニズム建築っぽいのだが、テレビドラマの方は、ミステリドラマではよくありがちなレトロ洋館になっている。
- 原作では、邸宅のオーナーの名前の U.N. Owen は、Unknown にひっかけて作られたものだが、ドラマ版では、オーナーの七尾審 (NA-NA-O-SHI-N) と代理人の伊井弁吾 (E-BE-N-GO) が「名無しの権兵衛 (NA-NA-SHI-N-O-GO-N-BE-E)」のアナグラムになるということで作られたとされる。
- 兵隊さん(インディアン)の歌の歌詞は、殺人との関連がより分かりやすい形に改められている (その全文)。
- 相国寺警部の所作が、人気テレビドラマ『相棒』の杉下右京を思わせるものとなっている。どちらも和泉聖治が監督をしているということで、故意にそうしたのであろう。 そのほかにも『相棒』ネタが入っているとのこと。
- 室温を上げて、死亡推定時刻をごまかすという話が入れてあるが、これはミステリではよくありがちな手のようである。
以下、メモとして、殺された順番(トリックのため本当は一人だけ違う)に登場人物をまとめてみたもの。
名前 | 職業、外見等 | 過去に犯した犯罪 | 孤島での殺され方 | 童謡 |
---|---|---|---|---|
アンソニー・ジェイムズ・マーストン | 若いが金持ちらしい。均整の取れた体格の美青年。 | ケンブリッジの近くで、ジョンとルーシー・クームズという子供二人を自動車の暴走で轢いた。 | ウイスキーの中に青酸カリが入れてあった。酒を飲み干してすぐ倒れた。 | ご飯を食べに行ったら一人がのどをつまらせて |
エセル・ロジャーズ | 料理人。青白く、常におびえている。 | 体の悪い主人のジェニファー・ブレイディを夫と共謀して死に至らしめた。アームストロングの推測だと、薬を隠した (p.156)。 | 致死量の睡眠薬を飲まされ、ベッドで死んでいた。 | 夜ふかししたら一人が寝ぼうして |
ジョン・ゴードン・マッカーサー | 退役将軍。背が高く、髪も髭もきれいに刈りそろえてある。 | 妻の愛人で部下のアーサー・リッチモンドを故意に死地に赴かせた。 | 浜辺にいるとき、後頭部を鈍器で殴られた。その前に、死んだらホッとするだろうとヴェラに告白している。 | デヴォンを旅したら一人がそこに住むって言って |
トマス・ロジャーズ | 執事。ひょろりと背が高い。 | 体の悪い主人のジェニファー・ブレイディを妻と共謀して死に至らしめた。アームストロングの推測だと、薬を隠した (p.156)。 | まき割りをしていたら、後頭部を斧で割られた。 | まき割りしたら一人が自分を真っ二つに割って |
エミリー・キャロライン・ブレント | 老婦人。信心深く、いつも背筋を伸ばしていて、冷静。軍人一家で育つ。 | 使用人のビアトリス・テイラーが妊娠したことを許さず、家に入れなかったので、ビアトリスは川に身を投げて自殺した。 | ハチの羽音が響く中、首に注射器で青酸カリを注射された。 | ハチの巣をいたずらしたら一人がハチに刺されて |
ロレンス・ジョン・ウォーグレイヴ | 元判事。カエルのような顔、亀のような首、猫背 (p.55)。 | 無罪になりそうだったエドワード・シートンの裁判で、陪審員を誘導してシートンを有罪にし死刑にした。 | ピストルで額を撃たれ、ガウンに見立てた赤いカーテンを着せられていた。 | 法律を志したら一人が大法官府に入って |
エドワード・ジョージ・アームストロング | 医師。 | 酔っていたためにルイーザ・メアリ・クリースの手術に失敗して殺した。 | ある夜、屋敷からいなくなった。溺死していた。 | 海に出かけたら一人がくん製のニシンにのまれて |
ウィリアム・ヘンリー・ブロア | 元刑事。いかつい大男。 | 銀行強盗事件で、無実のジェイムズ・スティーヴン・ランドーに関して嘘の証言をして有罪にした。ブロアは昇進した。ランドーはその後獄死した。 | クマの形をした白い大理石の彫刻(時計をはめ込んである)が頭上に落ちてきた。 | 動物園を歩いたら一人が大きなクマにだきしめられて |
フィリップ・ロンバート | 元陸軍大尉。日焼けして背が高い。 | 東アフリカの部族民を置き去りにして餓死させた。 | ヴェラに奪われた自分の拳銃で心臓を撃たれた。 | ひなたに座ったら一人が焼けこげになって |
ヴェラ・エリザベス・クレイソーン | 体育教師。 | 家庭教師をしていたときの教え子のシリル・オギルヴィー・ハミルトンを危ない海で泳がせて溺れさせた。 | 首縊り用の縄が下がっていたのに引き寄せられるように首を吊った。 | あとに残されたら自分で首をくくって |
なお、ネタバレでテレビドラマの詳しいあらすじを blog に書いている人がいる。