『100分deメディア論』が 2019 年 6 月 22 日に再放送されたのを機にテキストも買って読んでみた。
放送局や報道の問題と深く関わることもあってか、「100分de名著」特別編の中でも特に力を入れてあるように見えた。
取り上げられている本は、いずれもそのうち読んでみたいと思わせられた。
やや気になったのは、山本七平が取り上げられていることである。かつて『日本人とユダヤ人』が大いに
批判されたこともあり、その批判と山本とどちらが正当だったのか現在の評価はどうなのだろうか。
参考のために、ネット検索してみて引っかかった記事:武田徹 日本ノンフィクション史
「「作者不明」の顛末――イザヤ・ベンダサン『日本人とユダヤ人』」
①、
②、
③
を挙げておく。『日本人とユダヤ人』は、中身の正当性はともかく、一般向けの本にありがちな根拠をきちんと示さない評論であったことは確かなのだろう。
しかし、それなりの新鮮な考察があったことが今でも評価されているというところだろうか。なお、ここで山本七平を取り上げている
大澤真幸は『日本人とユダヤ人』も高く評価している。とはいえ、
いわゆる日本人論には一般に怪しげなところがあることは
認識しておかないければならないだろう。ここで紹介されている『「空気」の研究』でも、一神教の世界では
「空気」は相対化されると書かれているようだが、日本で「空気」が強い力を持つのが一神教ではないせいだと
本当に言ってよいのかどうか私には腑に落ちない。
「100分deメディア論」放送時のメモと放送テキストのサマリー
第1章 世論とメディア
解説:堤未果
選んだ本:W. リップマン『世論』(岩波文庫)
- 大衆の意見が弱くて危ういものであることを論じた本。大衆は情緒で動かされる。
- 中島「せろん」と「よろん」は昔は区別されていた。
- 世論(せろん)は情緒的
- 輿論(よろん)は理性的な判断にしっかり支えられているもの(「輿」は「みこし」)
- この本は、民主主義の闇の部分を解き明かしている。世論操作は簡単にできるから。
- この本で解き明かされている世論操作のメカニズムは、ナチス・ドイツをはじめとするプロパガンダ戦略の原型となっている。
- リップマンは、優秀なエリートで、ウィルソン大統領のアドバイザになり、世論操作モデルの設計もした。
この世論操作のため、第1次世界大戦のときのアメリカの世論は、厭戦から正義のための戦争へと転換した。
世論操作は成功しすぎて、世の中は言論弾圧や思想統制にまで発展した。
リップマンは、このことにショックを受けて、以後は政府と距離をとるジャーナリストになる。
リップマンは、プロパガンダの当事者であるとともに危険を知っていた。
- 擬似環境 : 人は世の中で起こっていることのすべてを知るわけではないので、
よく知らないことは、適当に想像力で補う。私たちは、現実とこのような虚構がないまぜになった
「擬似環境」に反応する。
- ステレオタイプ : 型に鉛を流し込んで作ったハンコのこと。
われわれは、ステレオタイプに近いものを正しいと判断する。
このようなものを元にして考えた世論は正しくない。
- ステレオタイプを持つ理由
- ①経済性 : 私たちは、何でも知ることはできないので、知らない部分をステレオタイプで埋める。
- ②心の安定を守る : 馴染みのあるものにはめることができると安心する。
- ステレオタイプとメディア : メディアがステレオタイプを作る。
新聞もステレオタイプに合わせた話題を盛り込む。なぜなら、ステレオタイプに合わせた方が売れるから。
ニュースは真実ではない、中立性は幻想。
- ネット社会では、人々は自分が読みたいものだけを読むので、ますますステレオタイプが強化される。
ネット空間は、擬似環境を形作る。
- 中島 トクヴィルは、民主制がうまくいくには中間共同体が重要だと言っている。
トクヴィルは、多数者の専制がデモクラシーを危機に陥れるだろうと予言。
- 大澤 チンパンジーは基本的には他の個体に強い不信感を持っている。
一方、人間は他者を信じやすい。これは人間の強みであるとともに弱点でもある。
- 歴史を紐解くことが重要。
第2章 なぜ偏向報道は生まれるのか
解説:中島岳志
選んだ本:エドワード・W・サイード『イスラム報道』
- サイードはパレスチナ人で、アメリカのコロンビア大学で比較文学の教授。
- 英語タイトルは covering islam で、イスラムをカバーして報道するという意味だが、
同時にイスラムを隠蔽しているという意味も込められている。
- 背景として、イラン革命によってイラン・イスラム共和国が成立したことがある。
テヘランのアメリカ大使館で人質事件が起こる。サイードはこれに関する報道を分析する。
- メディアが、親米と反米に分けたがることや、誤報が多いことなどが分析される。
- イラン革命はアメリカにとってショッキングで、これ以後、イスラムに対して偏見に満ちた報道が始まる。
- アメリカのメディアがイスラムを危険な他者として描く目的は、西洋がイスラムに対して暴力的な介入を行うことを正当化することだった。
- 堤 9.11のときもイスラムに対する画一化された狂信的なステレオタイプが繰り返された。
- サイードは、オリエンタリズムを分析した。サイードは、西洋にとってオリエント地方がどのような土地だったかを分析していった。
西洋人は、自分たちの立ち位置を確認するためにオリエントの概念を作った。オリエントを支配するための概念でもあった。
- サイードは、西洋と東洋の二分法を問題にした。東洋は非合理で、西洋は合理的というイメージを作り、西洋が東洋を支配する論理にした。
- メディアと国民は共犯関係にあった。政府と知識人とメディアは三者一体だった。
- 堤 西洋人は日本人を東洋と見ているのに対して、日本人は他のアジア人を「オリエンタリズム」で見下している。
- 大澤 われわれはアメリカに任せがち。これは危険。われわれが何をなしうるかも考えなければならない。
- 高橋 アメリカのメディアでは記者の任地がしょっちゅう変わる。ヨーロッパのメディアは記者が長い間任地にいる。
だからアメリカの海外報道は表面的。
- わかりやすさと単純化は区別しないといけない。
第3章 メディアと「空気」
解説:大澤真幸
選んだ本:山本七平『「空気」の研究』
- 山本七平(1921−1991)クリスチャンの家に生まれる。太平洋戦争では過酷な軍隊生活を送る。その後、評論活動。
- 「空気」は日本人の意志決定では重要。日本人のコミュニケーションのベースであり、
マスメディアもその受け手も互いに「空気」を読み合っている。
- 戦艦大和の出撃も「空気」で決まった。
- 「空気」の要件:
- 「空気」は、一緒にいる人々の間でシェアされ、「空気」に抗うと村八分にあう。
- 「空気」には普遍性がない。時間的・社会的・空間的に限定される。
- 「空気」は一枚岩である。「空気」は多様性を認めない。
- 「空気」はみんなの総意でもない。皆、戦艦大和の出撃は無謀だとわかっていたにもかかわらず、空気によって決まってしまった。
- 空気は明示的に語られない。
- 堤 「空気」が無責任体制を生んでしまう。
- 中島 「ひな壇芸人」化する社会=「空気」でキャラの演じ合いをする社会
- 臨在感的把握=ものや記号に宿るプラスアルファの力。たとえば、清めなければならない場所があるとか。
- 中島 臨在感的把握は自然に宿る神というアニミズムとも関連。
- 堤 日本の社会は多数決ではなく空気による全員一致でものごとを決める。
- マスメディアは空気発生の場を広げる。
- 西南戦争では、官軍=正義、西郷軍=賊軍というレッテル貼りが新聞によってなされた。西郷は悪という空気が醸成された。
- 中島 西南戦争は「不平士族の反乱」と言われるが、これもレッテル貼り。
- 山本の議論では、一神教の論理がものごとの相対的な把握を促している。たとえば、聖書には2パターンの創造神話が併記されている。
- 「一億玉砕」という言葉も誰も本気でそうしようと思っていなかった。言葉がなくなると、空気もなくなる。
- 堤 SNSが「空気」の変化速度を上げている。
- 「空気」への対抗策=「水」を差す。しかし、「水」が次の「空気」になることがある。
第4章 メディアの未来
解説:高橋源一郎
選んだ本:ジョージ・オーウェル『1984年』
- 『1984年』は、ディストピア近未来小説の最高傑作。全体主義国家を批判。
- ジョージ・オーウェル(1903−1950)スペイン内戦に国際義勇兵として参加。共和国内部の争いを見て共産主義に幻滅。
- 『1984年』では、世界は3つの超大国に統合されている。そのうちのオセアニア国が舞台。
- 「党」が国を支配している。「党」の最高権力者は「ビッグ・ブラザー」。
- 国民の大半はプロール(労働者階級)。体制に従う無害な存在。
- 主人公ウィンストン・スミスは党員で、真理省で働いている。仕事は、党にとって都合の悪い記録を抹消すること。
- 党は人々から考える力を奪っていった。思考の自由を奪う。
- ウィンストンは、自分の思いを日記に記してゆく。
- ウィンストンは、党に反抗しようとするが、逮捕され、拷問と尋問を受ける。釈放されたときにウィンストンに残っていたのは「ビッグ・ブラザー」への深い愛だけだった。
- 二重思考:嘘を事実と言って、それが嘘だったことを忘れる。他人事ではない。日本でも終戦時にそのようなことをやった。
- ニュースピーク:単語を減らして、意味も減らす。たとえば、freeから「自由」という概念を表す意味を削除する。そのことによって表現できなくなる概念が増える。
「道徳」や「民主主義」といった言葉も姿を消す。
- テレスクリーン:双方向テレビ。言われた通りの行動をしないと怒られる。とくに重要な番組に「2分間憎悪」がある。これは、反逆者エマニュエル・ゴールドスタインに対する憎悪を植え付ける。
- インターネットもまた危険な道具。
- 大澤 やりたいことをやっていても自由でないということがある。便宜を積み重ねてゆくと全体として自由でなくなる。
最終章 マスメディアはどうあるべきか
- 中島 メディアの役割は「王様は裸だ」と言うこと。
- 高橋 憎悪の反対はユーモア。
- 大澤 メディアは問いを投げかけてほしい。