雲南省スー族におけるVR技術の使用例

著者柴田 勝家
発行所早川書房
電子書籍
刊行2018/07/31(電子書籍のみ)
初出『S-F マガジン』2016/12
入手電子書籍書店 honto で購入
読了2019/05/08

円城塔が推薦しているのを見かけて読んでみた。 その円城の「チュートリアル」もそうだったが、電子版オンリーの短編である (ただし、 初出は雑誌で、アンソロジーにも収録されているようである)。 電子版の短編小説というのは、ちょっと電車やバスの中でスマホで読むのにちょうどよいものである。

この本には、表題作と合わせて、『「アイドルマスター シンデレラガールズ ビューイングレボリューション」体験記 ―星の光の向こう側』なる作品というかVR体験レポートが載せられている。これが結構重要で、 著者がバーチャルアイドルに熱狂する様子が、たぶん多少大袈裟に語られている。で、これは、 VRという最先端の技術が、呪術的異世界と非常に相性がよいことを示している。私の想像では(というより、 著者がそのように読者に想像させたいのだと思うが)、著者はこのような体験から、最先端のVRと原始的呪術世界が 密接に結びつくことに気づいて、表題作を書いたのだと思う。さらに、著者は 大学で民俗学を専攻していたそうなので、それも下敷きにあるのだろう。

というわけで、表題作は、中国奥地に一生VRのヘッドセットを付けて過ごす民族(スー族)がいるとすると どういうことになるかという物語である。彼らは幼少のときから死ぬまでヘッドセットを付けて過ごす。 彼らはヤギの飼育とソフトの開発で生計を立てている。現実世界とのインターフェースは、 他の民族から来た介添人の女性たちである。スー族においては、肉体の役割は最小化され、もはや現実とは つながっていないような視聴覚の世界で生きる。

小説においては、最先端のソフト開発のほうはあまり語られず、各種の儀礼の説明が多くなされる。 つまりは、これがVRと呪術世界との融合である。祭礼劇のワンバ節の説明がクライマックスに置かれている。 スー族の人々はこの祭礼をVR空間で体験する。彼らにおいては、この幻想の世界が現実と密着する。 原始的衝動と最先端技術の密着する不思議な感覚がこの小説を支えている。

ところで、一方で気になるのは、よく「身体性」というようなことばで語られることの役割である。 ここまで肉体の役割を極小化して、人間本当にちゃんと生きていけるのだろうかという疑問が残る。

[追記] 後日知ったところによると、この作品は 2018 年の第 49 回星雲賞日本短編部門を受賞している。