ミステリー評論家によるクリスティー全作品(翻訳があるもの)書評。著者による評価を5段階の★付きで書いてあって、 ダメ作品はダメ作品と書いてあるのも良い。有名な『ABC殺人事件』や『アクロイド殺し』の評価は 4.5 にとどめておいて、 評価 5 は別の作品にしてあるのもまた良い。読んだことが無い人へのブックガイドだから、ネタバレは極力しないようにしてある。 ネタバレしないように評論するのも、ミステリー評論家のひとつの役割なのだろう。
評価 5 の作品で私が読んだことがあるものは、つい最近読んだ『死との約束』 だった。事件が起こるまでの前半部のサスペンスと、小さなミスディレクションの組み合わせと、最後に明かされる意外な犯人 という取り合わせをクリスティーの最良の枠組みとして評価している。トリックはとくにたいしたものではないが、そのことは 重要ではない。
逆に、クリスティーが不得手な種類の小説としているのが、スリラー=冒険物語だ。それと、短編もあまり評価されていない。 クリスティーはトリックメーカーではないし、クリスティーが得意とするのは長い叙述を必要とする「騙し」だからだということだ。
ハヤカワのクリスティー文庫の問題点として、私も同意することがある。それは『ヘラクレスの冒険』のところで書かれているのだが、 「ヘラクレスの十二の難行」に関する紹介が書かれていないのが残念だとしているところである。 私は『ヘラクレスの冒険』は読んだことはないのだが、一般に、クリスティー文庫には訳注が無い。 ところが、クリスティーには、他の文芸作品とか古典の引用、イギリスの文化に基づいたことがらなどが頻繁に出てくる。 これが日本人にはやはりわかりづらく、註が欲しいところなのである。註を入れるとごちゃごちゃするのを嫌ったのだろうが、 クリスティーを読む楽しみをだいぶん減じていると思う。 ついでに言えば、電子書籍版には解説も収録されていない。