大衆論の名著として、「100分de名著」では2年前に
『オルテガ 大衆の反逆』が取り上げられ、
今回はさらに先駆的な『群衆心理』が取り上げられるということで、いずれも大衆の危険性を警戒した本である。
大衆社会論には、
貴族主義的なものと民主主義的なものの大きく2つの流れがあるというコーンハウザーの図式というのが
良く知られているそうである。その図式で言えば、オルテガもル・ボンも貴族主義的大衆社会論に分類され、
そこでは、エリートの特権的な地位が失われ、非エリートがエリートに近づくという点に注目する。
一方の民主主義的大衆社会論は、非エリートがエリートによって操縦されやすくなった点に注目するものだそうだ。
今、この本が取り上げられるのは、プロデューサーが現代の社会や政治に懸念を抱いたからだろう。
このところ東京や大阪の知事とか巨大都市の市長とかに変な人が次々に選ばれるのを見るにつけ、その心配はよくわかる。
『群衆心理』の原題 La psychologie des foules の中の「la foule 群衆」という単語を見ると、どうしても
「fou, folle 気が狂った」という単語を連想してしまう。語源的には違うようなのだが、
音が似ているし、英語の fool にも似ているので、フランス人だったら連想するのではないかと思う。
それも la foule を否定的に捉えることにつながっているのではないだろうか。
たまたまではあるが、Thomas Hardy の小説『Far From the Madding Crowd 遥か群衆を離れて』は、フランス語にすると
"Loin de la Foule Folle" になってしまうようだ。ちなみに、語源的には la foule は fouler(押しつぶす)とつながっており、
ラテン語の語幹 full から来ているそうである。
一方で、fou はラテン語の follis (風船や膨らませた袋)から来ているらしい。
「100分de名著」放送時のメモと放送テキストのサマリー
第1回 群衆心理のメカニズム
テーマ:群衆は暗示を受けやすく、ものごとを軽々しく信じる。
ギュスターヴ・ル・ボン (1841-1931)
- 1841 年、フランス生まれ
- 医大に進学、35 歳で医学博士。普仏戦争中は野戦病院で勤務。
- アフリカとアジアで考古学・民俗学を研究。
- 1895 年、54 歳で『群衆心理』刊行
関心の幅の広い人であった。
群衆
- 群衆の無意識的な行為が、現代の特徴。これからは、「群衆の時代」。
- 背景は、フランス革命。1793 年、ルイ 16 世が処刑される。
- 群衆は文明的なものを破壊する。革命の中で、群衆は多くの文化遺産を破壊し虐殺行為に走った。
- 群衆の中で、人々は、個性が消滅して、同一の方向に向く。
- 個人は、個性を失うと、暗示に従うようになる。個人は群衆の中で一個の自動人形となる。
- 群衆は暗示を受けやすく、ものごとを軽々しく信じる。
群衆の特徴
- 衝動的で、動揺しやすく、昂奮しやすい
- 暗示を受けやすく、物事を軽々しく信じる性質
- 感情が誇張的で単純
- 偏狭さと横暴さと保守的傾向
- テレビで、伊集院さんと仲間が山奥でレストランを探していると、皆で話しているうちに、レストランでないところがレストランに見えた。
- 人数が多いほど騙すのが容易になるのかもしれない。
- 保守的というのは、強い権力に隷従する傾向。
なぜ人は群衆になるのか
- 無意識の働きが重要。
- ロベスピエールは革命の中心人物となっていった。群衆は熱狂した。
ところが政敵を次々に処刑する苛烈なやりかたに反感を持つ者も増え、失脚。やがてロベスピエール自身も処刑された。
すると、群衆は彼を嫌悪するようになっていった。
- 次に、群衆はナポレオンに熱狂した。しかし、彼は皇帝になり奴隷制度を復活させた。
それでも群衆は服従した。群衆は、権力の心理的奴隷となる。
長いものに巻かれる性質を、ル・ボンは保守的と言っている。
第2回 「単純化」が社会を覆う
群衆は単純さを好む
- 思想は、単純でないと群衆に受け入れられない。群衆に受け入れられるには、思想は高級さや偉大さを失わなければならない。
- 群衆は、感情的に理解できるもののみを受け入れる。フランス革命の源泉となったのは啓蒙思想だが、
実際に起こったことはそれとは程遠い。たとえば、幼いルイ17世は虐待されて死んだ。
- 伊集院「ジョン・アーヴィング『オウエンのために祈りを』では、どうでも良いように思えることが最後に重要だと分かる。」
- 武田「『100分de名著』だけでは名著は分からない。原書を読んでほしい。」
- 武田「今、ネットでは「論破」が流行っている。でも本当は、議論は、互いにぶつかり合いながら色味を混ぜて行く行為。
論破と単純化は相性が良い。」
- 伊集院「論破はディベートの弊害。正しいのは折衷案を作ってゆくこと。」
- 群衆は、正しく推論しない。群衆にできるのは、連想に過ぎない。
群衆は心象と幻想を好む
- 群衆は、心象(イマージュ)によらなければ、物事を考えられない。
- フランス革命の直前、天候不順、食料危機、国の財政難などが重なっていた。その中で、言葉や標語が人々の心をとらえた。
ロベスピエールは自由と平等をさかんに謳った。
- 政治家の最も肝要な職責の一つは、群衆に好まれる用語を選択することである。e.g. 抵抗勢力、安心安全
- テレビでは、よく人々を感動させようとする。
- 幻想こそが群衆の心をたぐりよせる。群衆は真実を望むことはない。誤謬でも魅力があればよい。
- 群衆に幻想を与えられる者は、群衆の支配者となる。
- トランプ元大統領による扇動で人々が国会議事堂を襲撃したという事件は、このことの好例。
- 群衆は、痛い目にあっても、次の世代には忘れてしまう。
- 群衆に道理は通じない。感情こそが、文明の原動力。
- 希望は、群衆の徳性=連帯。正しい方向に向かえば、社会を前進させる。
- 連帯には、問題意識と明確な意志がある。
第3回 操られる群衆心理
断言が群衆を導く
- ロベスピエールの演説は、陰謀論を用いた。自分の敵を「人民の敵」と決めつけた。そして二項対立を煽った。
- 無条件的な断言が強力。証拠や論証がないほど威力がある。
- 武田「断言の結果はシビアに問われない。小池百合子は『7つのゼロ』と言ったが、ほとんど達成されていない。」
- 武田「政治家は、未来のことを提示して、過去のことを消そうとする。」
- 伊集院「群衆は断言を欲する。」
- 威厳が、支配権の最も有力な原動力である。
断言と反復と感染
- ヒトラーは、『群衆心理』を読んで、群衆の心理を研究した。ヒトラーは、大衆の理解力は小さいが忘却力は大きい、と見抜いた。
- 政治指導者は、断言を反復することが重要。
- 反復によって全体の意見が一致すると、感染作用が働く。
- まとめると「断言・反復・感染」が指導者の手口。
- 武田「最近の政治家は、『以前から申し上げている通り』とか『繰り返しになりますが』とか『この件については議論が尽くされた』とか言うのが手口。
すると、繰り返し議論されていると思い込ませることができる。」
- 労働者の考えは、酒場で、断言・反復・感染の結果、形成される。
メディア
- マスメディアは、読者の意見を作ってやり、出来合いの文句をつぎ込む。
- 逆にマスメディアは、群衆の意見を反映する。マスメディアは世論に追随する。
- 武田「街の声は好きではない。本当はメディアが選んでいるのに、それを世の中のスタンダードだと思わせる。」
- 武田「報道機関としての主語を取り戻してほしい。」
第4回 群衆心理の暴走は止められるか
群衆のエネルギーが良い方向に向かうとき
- フランスの二月革命では、群衆は宮殿の宝石類を盗まなかった。
- 群衆は時として道徳的に行動することがある。
- 武田「トイレがきれいであれば、多くの人はその状態を維持しようとする。」
- 武田「「人流」という言葉は、個々の判断を無効化するので、あまり慣れたくない言葉。」
- 武田「方方『武漢日記』には、コロナ禍にあって助け合う人々の姿が描かれている。」
威厳とカリスマ
- 群衆に対する暗示の仕方如何で、群衆は良い方にも悪い方にも行く。
- 指導者の威厳が重要。威厳には、先天的な人格的威厳と後天的な人為的威厳がある。
人為的威厳には、地位、資産、肩書などがある。
- 人格的威厳は周囲の人に強い影響を及ぼす。
そのようなものを持っていた人と言えば、ブッダ、キリスト、マホメット、ジャンヌ・ダルク、ナポレオンなど。
- 武田「現代では、カリスマ的な政治家は現れにくい。これに対して、
ミュージシャンのビヨンセとかテニスプレーヤーの大坂なおみなどが、強い影響力を持っている。」
- 武田「現代は、指導者の一方的なアナウンスだけが叫ばれる状況ではない。反対者もいる。」
- 武田「『群衆心理』の弱点は、単純化し過ぎて、個々の人物の揺らぎが書かれていないこと。」
- 伊集院「自分の人気は幸運な偶然だといつも考えるようにしている。」
教育
- 暗記が知力を発達させると信じられているが、そんなことはない。当時のフランスの教育は、知識詰込み型だった。
- 判断力、経験、創意、気概などは教科書からは学べない。職業教育で経験を積むことが重要。
- 武田「大きな本屋に行くと、自分の興味のないコーナーに行ってみる。すると、知らない分野で山ほどの知識が積み重ねられていることが分かる。
これが群衆にならないための基本だと思っている。」