日本美術を縄文系統(=「盛る」美)と弥生系統(=「削る」美)の二系統に分けて見てゆくという試みで 楽しく読める。縄文系統は、 辻惟雄が『奇想の系譜』として見出した若冲や蕭白に代表される画家・作家たちで、長らく日本美術の メインストリームからは外されてきたが、ここ数十年は大人気になっている。弥生系統は、長らく日本美術の メインストリームとされてきたいわゆる「侘び寂び」ものだが、最近は縄文系に押され気味である。
2系統に分けると言っても単純に分けられるものではなく、その両方で紹介されている雪舟や等伯のような 画家もいる。さらに、もともとそのどちらでもない画家もいると思うが(たとえば応挙とか)、それは省かれている。 二項対立として描くことで楽しい読み物になっている。
著者は、もちろんどちらかといえば縄文押しで、それというのも岡本太郎の「縄文文化論」に強く感化されているからであろうし、 辻惟雄に師事しているからでもあろう。岡本太郎と言えば、私も若いころに何冊か本を読んで、強く影響された。 著者は、日本美術の独創性を発掘することに力を入れておられ、最後に紹介されている作家は、 彫刻家の西尾康之である。
以下、読んでいて気付いたこととか印象に残ったこととか:
- 雪舟が中国帰り自慢のおっさんだったと書かれている。それが分かる絵として:(1) 縄文系統の「慧可断臂図」の落款には中国の天童寺で第一座の称号をもらったと書かれている (「逸脱の画聖・雪舟の縄文的グラフィック」)。(2) 弥生系統の「破墨山水図」の上に書いてある文章には、中国に留学したなどの自慢話がひたすら書かれている (「抽象に片足を突っ込んだ水墨画の国宝」)。
- 等伯が牧谿の「観音猿鶴図」
に学んだということが書かれている部分(「縄文的な野心家が描いた弥生的な名画」)に関して、
ネットで牧谿のこの絵や等伯がそれを見て描いた猿の絵(「竹林猿猴図屏風」、「枯木猿猴図」)を見て、これらがテナガザルであることに気付いた。
等伯は、日本にはいないテナガザルをかわいく描いている。それらを見て描いたのか、
江戸時代にはかわいいテナガザルの絵がけっこうある。たとえば、若冲「猿猴捕月図」とか、山雪「猿猴図」とかかわいく描きすぎじゃん、という感じ。画家の榎俊幸氏が
猿猴図の系譜をまとめているページがあった。
こういったテナガザルがどの種かも気になるところではあるが、中国のテナガザルには 絶滅したものや絶滅しかけているもの も多いらしく、わからなさそうである。
「猿猴」の「猿」は類人猿、「猴」はそれ以外 という話もあるそうである。もしそうなら、テナガザルは「猿」で、ニホンザルは「猴」ということになる。 - 第三章、第四章で、昭和になってからの縄文派、弥生派の代表として挙げられているのが、それぞれ、 佐藤玄々「 天女(まごころ)像」と福田平八郎「漣」だ。私はどっちも知らなかったのだが、たしかに両極端の作品である。