バスカヴィル家の犬

著者Sir Arthur Conan Doyle
訳者日暮 雅通
シリーズ光文社文庫 新訳シャーロック・ホームズ全集
発行所光文社
電子書籍
電子書籍刊行2011/02/25
電子書籍底本刊行2007/07/01
原題The Hound of the Baskervilles
原出版社George Newnes
原著刊行1902
原著初出The Strand Magazine, 1901--1902
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読了2022/02/20
参考 web pages 原文で読むシャーロック・ホームズ The Hound of the Baskervilles
Wikisource The Hound of the Baskervilles 全文
The Hound of the Baskervilles in The Complete Sherlock Holmes 全文
sparknotes Hound of the Baskervilles 全文と学習ガイド
Study Guide -- The Hound of the Baskervilles
Wikipedia「シャーロック・ホームズの冒険 (テレビドラマ)」

Holmes もの新訳版を、NHK BSP で放映される Granada TV 版 (Jeremy Brett 主演) を見ながら読んでいる。 本作は Granada TV 版だと第 26 話 (脚本 Trevor Bowen) である。原作は、『回想』と『生還』の間のホームズが「死んでいる」 間に書かれた作品である。

コナン・ドイルの怪奇趣味が存分に発揮された名作である。ホームズがなかなか出てこなくて、ワトソンが 長い間事件の推移を記述しているのが特徴である。ホームズが一気に真相を推理してしまわないおかげで、 怪しい風景の描写と事件の推移が長く続く。ホームズが再登場して犯人を言い当ててからは、一気に怪奇色が薄れ、 犯人追い詰めモードになる。

以下、Granada TV 版の特徴:

英語メモ

Chapter 1 Mr. Sherlock Holmes

dabbler
[原文] A dabbler in science, Mr. Holmes, a picker up of shells on the shores of the great unknown ocean.
[日暮訳] わたしは科学を楽しんでいるんですよ、ホームズさん。もっとも、科学という果てしない大海の岸辺で、 貝殻を拾っているようなものですが。
dabbler は「(物事を)道楽半分にする人、水遊びをする人、(…が)不器用な人 [in, at]」(ジーニアス大)。 dabble が「水遊びをする」という意味で、「パタパタ叩く」という意味の dab とも関係した 擬音語だと考えられている。 つまり、dabbler は水と関連している単語なので、海とつながるこの文で使うのに相応しいというわけである。
訳注によると、この文は Isaac Newton の名言 I do not know what I may appear to the world, but to myself I seem to have been only like a boy playing on the sea-shore, and diverting myself in now and then finding a smoother pebble or a prettier shell than ordinary, whilst the great ocean of truth lay all undiscovered before me. を意識したものだとのこと。

Chapter 2 The Curse of the Baskervilles

medical attendant
日暮訳では「かかりつけ医」。
[原文] I may say that I was his personal friend as well as his medical attendant.
「主治医」を和英辞典で引くと、Weblio では、doctor in charge, attending physician, family doctor, attending surgeon。 研究社英和中辞典では、the physician in charge (of), one's (family) doctor, a general practitioner。
このうち general practitioner (GP) はイギリスの制度で、 総合診療医と訳される。
ここで登場する James Mortimer 医師は、surgeon(外科医)であって physician(内科医)ではない。 訳注によれば、当時、surgeon は physician よりも下に見られていた。

Chapter 3 The Problem

material / diabolical
この世のものと魔物を対比するのにこの2つの単語を使っている場面がある。
[原文] The original hound was material enough to tug a man’s throat out, and yet he was diabolical as well.
[日暮訳] 伝説の魔犬だって、この世で人間の喉を噛み切りました。それでいて魔物でもあったのです。
material は直訳すれば「物質的な」である。
diabolical は「邪悪な、悪魔的な」という意味で、フランス語の diable(悪魔)、スペイン語の diablo(悪魔)と語源は同じである。
西和中辞典(小学館)によれば、diablo は元々は神に背いたために地獄に落とされた天使、demonio は元々は「守護霊」だったが やがて総称としての「悪魔」に変わった単語。
Canyon Diablo という有名な隕石がある。アリゾナの Meteor Crater を作ったとされる隕石のかけらである。 隕石名の元となったのは Canyon Diablo という地名で、Wikipedia によれば、 Native American の地名「悪魔渓谷」をスペイン語に訳したものだとのこと。
Canyon Diablo 隕石は、普通日本語ではカタカナでキャニオン・ディアブロ隕石と書いてしまうのだが、「悪魔渓谷隕石」と直訳すると なかなかにおどろおどろしい。

Chapter 4 Sir Henry Baskerville

dime novel
[原文] I seem to have walked right into the thick of a dime novel.
[日暮訳] わたしは、いきなり三文小説の真っただ中に足を踏み入れてしまったようですね。
dime novel は「三文小説」で、into the thick of は「~の真っただ中に」である。
dime は 10 セントのことだから、アメリカもしくはカナダのお金の単位で、dime novel はアメリカ英語である。 Sir Henry Baskerville がアメリカとカナダで長く暮らしていてイギリスに帰って来たばかりだということが 言葉遣いで示されている。19 世紀終わりくらいには 1 ドル=現在の 4 万円くらいと見ると、1 dime = 1/10 ドル=現在の 4000 円となる。 だから dime novel はそんなに安いわけではない。
訳注によれば、イギリス式の「三文小説」は penny dreadful とか shilling shocker なのだそうだ。 訳注の最後の方に書かれていることによると、penny は今の円に換算すると 100 円程度、shilling は 1200 円程度で ずいぶん開きがあるようだが、 Wiktionaryによれば、shilling shocker は雑誌に penny dreadful として連載されたものをまとめて本にしたものだそうで、 値段が10倍違うのも理解できる。いずれも 19 世紀の言葉とのこと。
penny dreadful の 20 世紀前半バージョンが pulp fiction とのこと。
1 文=現在の 33 円くらいと見ると、三文=現在の 100 円となる。三文=現在の 100 円ということは、百円ショップみたいな感覚だ。 そうすると、日本の「三文小説」は異常に安いということになり、penny dreadful 並で、連載小説の1回分くらいである。 しかし、そもそも「小説」という 言葉自体、明治時代に定着したものだろうから、文字通りの「三文で売られている小説」というのは存在しなかっただろう。 三文小説の「三文」は実際の値段ではなく、単に安いことの形容だと考えられる。 実際、江戸時代の新刊本の値段は三百文=現在の 1 万円 くらいしたそうである。
文(もん)という貨幣単位はとっくの昔に無くなったのに、「三文」=「安い」は死語になることなく、しぶとい。 「二束三文」はまだ生きているし、つい最近も King Gnu の「三文小説」 がヒットした。

Chapter 5 Three Broken Threads

dog
魔犬がテーマの本書だが、「尾行する」という意味で使われている部分を以下に引いておく。
[原文] I have ample evidence that you are being dogged in London, ...
このすぐ後では同じ「尾行する」という意味で follow を使っている。
[原文] You did not know, Dr. Mortimer, that you were followed this morning from my house?
ところで、この小説中では、いわゆる「魔犬」のことは、dog とは書かずに、ほぼ hound と書いている。 hound はドイツ語の Hund(犬)と語源が同じで、元々は単に「犬」という意味。 12 世紀になって「猟犬」 に対してのみ使うようになったとのこと。hunt と音が似ているせいだろうか。

Chapter 6 Baskerville Hall

black granite
[原文] To right and left of the turrets were more modern wings of black granite.
[日暮訳] 小塔の左右は、それよりも時代の新しい黒花崗岩造りの翼棟だ。
black granite を文字通り訳すと「黒花崗岩」だが、花崗岩は白っぽいものなので、これは何だろうということになる。
2つの可能性がある。(1) 比較的黒い部分の多い花崗岩で、光の具合によっては遠くから見ると黒く見える。 (2) gabbro(斑糲岩)などの黒い岩石を石材の名前として black granite と呼んでいる。 この場合 (1) の可能性が高いと思うが、この両方の可能性を見てゆく。
(1) Devonshire の Dartmoor national park は花崗岩地帯で、 その花崗岩はおよそ 3 億年前の石炭紀からペルム紀にあたりにできたもののようである。 今でも営業している石切り場の名前が Blackenstone Quarry で、 black が名前の中に入っているし、 その説明によると、 Dartmoor granite の特徴は、黒い tourmaline を比較的多く含むことらしい。 実際、Dartmoor granite の岩山 (tors) の写真を見るとけっこう黒っぽく見えるのだ。
(2) 日本語でも石材名としては黒御影石という言葉があり、御影石が花崗岩なのに対して、黒御影石は斑糲岩や閃緑岩である。 で、英語でも black granite は石材名として斑糲岩や閃緑岩などを指すことがあるらしい。
でもまあ物語の舞台が Dartmoor なので、きっと (1) だろうと思う。

Chapter 7 The Stapletons of the Merripit House

heavy-featured
顔を形作る部品(目とか鼻とか口とか)が大きくて、場合によっては垂れているという意味のようである (たとえば、ここ とかここ とか)。今風に言えば、「濃い」顔ということだろう。
これはバリモア夫人の外見の描写をしているところで使われているのだが、日暮訳では「もの憂げな顔つきの」と 訳されている。これは誤訳ではないだろうか。
[原文] She was a large, impassive, heavy-featured woman with a stern set expression of mouth.
[私訳] 彼女は、大柄で濃い顔の表情に乏しい女で、口元はきつくこわばっていた。

Chapter 8 First Report of Dr. Watson

stealthy step
[原文] I was aroused by a stealthy step passing my room.
[原文] ... very shortly came the stealthy steps passing once more upon their return journey.
stealty step は「忍び足」。
バリモアが、ワトソンの部屋の前を忍び足で通って廊下の突き当りの部屋に行き、そこから戻るときも忍び足で ワトソンの部屋の前を通る。
stealth は、 もともとは steal の名詞形で「盗み」という意味だった。14 世紀くらいから「こっそり行う行為」の意味になってきた。
stealth technology といえば、軍用機や軍艦などをレーダーなどで探知されにくくする技術のことである。
最近は、新型コロナウイルスの stealth omicron subvariant (BA.2) ということで、しばしば stealth という単語を目にするようになった。 ある種の PCR 検査では omicron variant であることが判別できないということで stealth という単語が使われる。

Chapter 9 Second Report of Dr. Watson

savage / matted
[原文] Foul with mire, with a bristling beard, and hung with matted hair, it might well have belonged to one of those old savages who dwelt in the burrows on the hillsides.
[私訳] その姿は泥にまみれ、顎ひげはぼさぼさ、髪はもじゃもじゃで、丘の斜面に空いた洞穴に昔住んでいたという野蛮人といってもおかしくなかった。
[原文] The light beneath him was reflected in his small, cunning eyes which peered fiercely to right and left through the darkness like a crafty and savage animal who has heard the steps of the hunters.
脱獄囚のセルデンの様子を描写している場面。savage が最初は「未開人、野蛮人」という名詞として、 次に「獰猛な、野生の、粗野な」という形容詞として使われている。
savage は、フランス語の sauvage と語源が同じである。
sauvage と言えば、 レヴィ・ストロースの『La Pensée Sauvage 野生の思考』である。構造主義の名著。 その英訳は The Savage Mind である。 でも新英訳は Wild Thought である。新英訳の方が訳語として良いと思う。 savage は何となく侮蔑的だし、「思考」は mind より thought だろう。日本語にしてみると、旧英訳は「未開の心」、新英訳は「野生の思考」で、 後者の方が断然良い。語源が同じでも sauvage をいつでも savage と訳して良いわけではない。
なお、日暮訳が matted を「つやのない」と訳しているのは誤り。「もつれた、もじゃもじゃの」が正しい。 matte と勘違いしたものだと思われる。
そういえば、髪型のソバージュも、sauvage から来ており、いわば「もじゃもじゃ髪」である(と言ったら怒られそう。)。

Chapter 10 Extract from the Diary of Dr. Watson

russet / slate-coloured
[原文] Rain squalls drifted across their russet face, and the heavy, slate-coloured clouds hung low over the landscape, ...
[日暮訳] 小豆色のその(高原地の)おもてを、雨足がさっと駆け抜ける。重たげな暗い青みを帯びた灰色の雲が景色に覆いかぶさるように低くたれこめ、....
陰鬱な風景の地面と雲の色として、それぞれ russet と slate-coloured が使われている。いずれもくすんだ色である。
russet は、「赤褐色、黄褐色、小豆色(の)」。語源はラテン語なので、フランス語にも同じ意味の roux/rousse という単語がある。 印欧祖語の reudh- まで戻ると、red や ruby も関連語である。
なぜ Dartmoor の色を赤みを帯びた色である russet にしたのだろうか。日付が 10 月なので、 この写真のような枯れたシダ類 (bracken) の色かもしれない。 あるいは、夕方なので夕陽で赤く見えたということかもしれない。しかし、Chapter 14 の最後の朝の場面でもう一度 moor の色を russet と描写しているから、夕陽のせいではないようである。
slate gray は青みが買った灰色である。日本語だと「鼠色」、あるいは青みを強調すると「藍鼠(あいねず)」だろう。 X11 の色名には、 slate gray と並んで slate blue というのもある。こちらはややくすんだ青である。
slate は粘板岩のことで、これが色の名前として使われるということは、イギリスでは スレート葺の屋根が広く使われていたということだろう。 ただし、slate は色によって定義されるわけではないので、色が一定しているわけではない。イギリス人が slate として 典型的に使っていた岩の色ということだろう。
物語の舞台である Devonshire も slate の産地である。
日本でも、最近は人工スレート葺の屋根は多い。 ただし、人工スレートでは色は何でもありである。

Chapter 11 The Man on the Tor

for all [aught] S cares / effigy / burned at the stake
フランクランドの悪態より;
[原文] For all they cared it might have been me, instead of my effigy, which these rascals burned at the stake.
[日暮訳] ここいらの村の悪党どもが火あぶりにするのが身代わり人形でなくてこのわし本人だったとしても、かまいやしないって連中だ。
for all S cares ; ((略式)) [文修飾] S にとってはどうでもよいことだ(ジーニアス英和大辞典)、S の知ったことではない(プログレッシブ英話中辞典)
どうしてそんな意味になるかというと、「S が関知することなんてどうせほとんどないのだが」という皮肉が込められているようだ。
この熟語は、仮想的な状況を述べた文(can, could may, might などが用いられていることが多い)の前後で用いられる。
なお、ここの they は前後関係から「警察」のことである。
effigy は 「身代わり人形」のことである。ここで書かれているように燃やされるものもあれば、お墓に飾られるもの (tomb effigy) もある。
イギリスでは 11 月に Guy Fawkes Night というお祭りがある。 今や花火祭りみたいなものなのだが、Guy Fawkes の effigy を燃やすということも 行われる
the stake は「火あぶりの刑の柱」で、burned [burnt] at the stake は「火刑に処せられる」ということ。
burned at the stake と言えば、「オルレアンの少女」ジャンヌ・ダルクである。英語では Joan of Arc と言うらしい。

Chapter 12 Death on the Moor

presume
[原文] "A greater mystery to me is why this hound, presuming that all our conjectures are correct—"
"I presume nothing."
[日暮訳] 「僕がもっと謎だと思うのは、この犬だよ。ぼくらの推測がみんな正しいと仮定して―」
「ぼくは仮定なんか、いっさいしない」
この I presume nothing. はホームズの名台詞の一つということで、T シャツのデザインにもなっている。
「仮定」ということでは、科学論文では assume とその名詞形の assumption の方を多く使うと思うのだが、 シャーロック・ホームズでは assume より、presume の方がよく使われている。同じ chapter 12 でも assume は見当たらないが、 presume は他に、ワトソンが小屋に潜んでいることにホームズが気づいた理由を、ワトソンが推測するときに "My footprint, I presume?"(足跡を残したかな?[日暮訳])と言っている。他の章で見ても、assume は見当たらないのに、 presume はけっこう見つかる。
英語学習サイトによると、assume は「根拠のない思い込み」、presume は「ある程度根拠のある推定」だそうである。

Chapter 12 と 13 の切れ目を入れる場所が異なるバージョンがあるようだ。この光文社文庫版は、Chapter 13 の始まりは 「Sir Henry was more pleased than surprised to see Sherlock Holmes, (ホームズを見てサー・ヘンリーは驚いたが、それ以上に喜びもした。)」から始まるのだが、 この光文社文庫版で言うと Chapter 12 の途中の 「"We're at close grips at last,"(とうとう、間近に相まみえることになったな。)」から始まるものもあるようだ。

Chapter 13 Fixing the Nets

trimmings / see through
「トリミング」「シースルー」とは意味が違う使い方の例:
[原文] My eyes have been trained to examine faces and not their trimmings. It is the first quality of a criminal investigator that he should see through a disguise.
[日暮訳] 訓練を積んだぼくの目は、人の顔だけをよく見て、顔を縁どっているものは見ないのさ。 変装を見破る能力は、犯罪捜査をする者にとって第一の要件だからね。
ここはホームズがワトソンに探偵の能力の一つを見せつけるところである。
trimmings は、「飾り」「装飾」の意味。trim は不思議な単語で、「刈り込む」という意味と「飾る」という意味が あって紛らわしい。大概は「刈り込む」のようだが、trim the christmass tree(クリスマスツリーを飾る)という 使い方もある。どうしてそういうことになっちゃったかというと、元々、船が「出港のために必要な準備をする」とか 「航海のために積み荷のバランスを取る」とかいう単語だったのが転用されたものであるせいのようだ。
see through sth は、「(見かけに騙されずに)~を見抜く」の意味。もちろん「~を透して見る」という 文字通りの意味で使うのもある。
see-through を形容詞として使えば、「シースルー」の意味である。

Chapter 14 The Hound of the Baskervilles

smoulder / gleam / phosphorous
[原文] ... as I held them up my own fingers smouldered and gleamed in the darkness. "Phosphorus," I said.
[日暮訳] それをかざしてみると、指先が闇の中でぼうっと光った。「リンだ」
smoulder は「くすぶる/くすぶり」。語源的には smell や smother と関係した単語のようである。
gleam は「かすかに光る/かすかな光」。gl- で始まる単語には、glare、glow など光に関係するものが多い。
燐光 (phosphorescence) という言葉があるように、リンは発光物質として知られる。 phosphorous の 語源は「光を持つもの、光をもたらすもの」という意味だし、「燐」の漢字も左の部分は「火」だし、 右上の「米」も元はと言えば「炎」だそうである。
Wikipedia による燐による発光の説明を引用する。白リン (white phosphorous) は、リンの同素体 (allotrope) の一つで、 P4 の四面体分子からなる固体である。白リンは、空気中で酸化するときに青緑色に光る。 これは、科学的には燐光ではなくて化学発光である。白リンの固体は、酸素と反応して一時的に HPO と P2O2 を作り、 この両方が発光する。
白リンは燃えやすく、燃やすと P4O10 ができる。 この性質は 武器にも使われる。ちょっとしたことで燃えてしまってコントロールは難しいということらしいので、 この小説のように本当に犬に塗って犬が火を噴いたり炎をまとったりしつつ、かつ犬が焼け死なずに使うようなことが できるのかどうかは疑問。

Chapter 15 A Retrospection

yew
イチイ属 (Taxus) の植物。ヨーロッパでイチイと言えばヨーロッパイチイ(セイヨウイチイ) Taxus baccata、 日本でイチイと言えば Taxus cuspidata とのこと。
北海道ではオンコといって、よく生垣などに使われている。赤い実は食べられるが、種は有毒。
この小説では、Sir Charles が死んだところが、イチイの並木道 (yew alley) になっている。
[原文] The dog (中略) pursued the unfortunate baronet, who fled screaming down the yew alley.
イギリスでは、ケルト文化の時代から、イチイは死と再生の象徴であったとのこと。この小説で Sir Charles の死に場所に イチイの並木道が選ばれたのには、バスカヴィル家の死と再生という意味もあるかもしれない。
イギリスではイチイは弓に使われた。 一方、日本では笏に使われたことから、 その名(一位)が付いたという。