黒猫・アッシャー家の崩壊 ポー短編集I ゴシック編

著者Edgar Allan Poe
訳者巽 孝之
シリーズ新潮文庫 8671、ホ-1-4
発行所新潮社
刊行2009/04/01、刷:2021/09/30(11刷)
原題The Black Cat / The Fall of the House of Usher
原著初出 The Black Cat (United States Saturday Post, August 19, 1843) / The Masque of the Red Death (Graham's Magazine, May 1842) / Ligeia (American Museum, September 1838; 詩を組み込んだ形では New World, February 1845) / The Pit and the Pendulum (The Gift: A Christmas and New Year's Present for 1843) / William Wilson (The Gift: A Christmas and New Year's Present for 1840) / The Fall of the House of Usher (Burton's Gentleman's Magazine, September 1839)
翻訳底本 Stuart Levine and Susan Levine (eds.), The Short Fiction of Edgar Allan Poe, Bobbs-Merril, 1976.
Thomas Olive Mabbott (ed.), The Collected Works of Edgar Allan Poe, Harvard-Belknap, 1978.
G.R. Thompson (ed.), The Selected Writings of Edgar Allan Poe, Norton, 2004.
入手九大生協で購入
読了2022/04/02
参考 web pages Stories by Edgar Alan Poe in PoeStories.com
The Fall of the House of Usher in The POE Museum
角川文庫版(河合祥一郎訳)の解説抜粋
KADOKAWA 翻訳チームによる河合祥一郎氏インタビュー

エドガー・アラン・ポー スペシャル

著者巽 孝之
シリーズNHK 100分de名著 2022 年 3 月
発行所NHK 出版
電子書籍
刊行2022/03/01(発売:2022/02/25)
入手電子書籍書店 honto で購入
読了2022/03/30

ポーと言えば、『黒猫』、『モルグ街の殺人』、『黄金虫』は、子供の頃に読んだことがあったはず(子供向け書き直し版かもしれないが)。 といっても、ほとんど覚えていない。 「100 分 de 名著」で紹介されているのは、『アーサー・ゴードン・ピムの冒険』『アッシャー家の崩壊』『黒猫』『モルグ街の殺人』の4編である。 「100 分 de 名著」の放送に合わせて新潮文庫版で『黒猫』『アッシャー家の崩壊』などが収録されている ゴシック・ロマンス短編集を読んでみたが、芸術のための芸術とでも言うべき作品群であった。

こういう怖い小説を作品として成立させるためには、もちろん優れたレトリックが必要である。 そういうところにも注目したい。どの小説もゆったり始まり、徐々に加速し、クライマックスが来て その瞬間に終わるという構成がドラマチックである。 ポーは作品を後ろから書く人だそうなので、そういう構成になるように意識的にスピード調整をしていたと考えられる。

この新潮文庫版は、ポー生誕 200 年を記念して出版されたもののようである。ポーは 1809 年生まれ、1849 年死去で、 同じ年生まれの有名人には Charles Darwin (1809--1882) や、Abraham Lincoln (1809--1865) がいる。 ポーが生きていたのは、南北戦争 (1861--1865) の前である。日本でいえば、歌川国芳 (1798--1861) が同時代人である。

新潮文庫版ゴシック編読書メモ

黒猫 The Black Cat

怖い物語の代表格である。 精神分析的な読み方もあるようだが、どうも私にはしっくり来ない気がした。素直に怖い小説として受け取っておくことにする。 2箇所原文を見てゆく。

1匹目の黒猫を殺すときの語り手の心のうちはひねくれているが、そのひねくれはレトリカルな文章で語られる。

And then came, as if to my final and irrevocable overthrow, the spirit of PERVERSENESS. Of this spirit philosophy takes no account. Yet I am not more sure that my soul lives, than I am that perverseness is one of the primitive impulses of the human heart ―― one of the indivisible primary faculties, or sentiments, which give direction to the character of Man.
[巽訳] かてて加えて、絶体絶命の破滅をもたらすかのごとく、「天邪鬼」の心が頭をもたげてきたのだ。 この心に関する限り、哲学は何も説明してくれない。とはいえ、自分の魂が生きているのが確実だとするなら、 天邪鬼こそは人間の心を司る最も原始的な衝動の一つだと――人間の人格を導く分割不能な基礎能力ないし情熱のひとつだと ――いうことも確実なのではあるまいか。
[河合祥一郎訳] それから、二度ととりかえしのつかなくなるわが転落を決定づけるかのように、<天邪鬼>の衝動が 生まれたのである。この衝動は、哲学では説明がつかない。ただ、この衝動が人間の心の根底にあることは、 私に魂があるという以上に確かなことだ。人間という生き物を特徴づける根本的機能というか感情だ。
巽訳と最近出た河合訳を比較すると、巽訳の方が原文に忠実で、河合訳の方が読みやすく言い換えてある。

次に、2匹目の黒猫が語り手に甘える場面を丁寧に見てゆく。 語り手は嫌がっているようすがどう表現されているかを見てゆこう。

It followed my footsteps with a pertinacity which it would be difficult to make the reader comprehend. Whenever I sat, it would crouch beneath my chair, or spring upon my knees, covering me with its loathsome caresses. If I arose to walk it would get between my feet and thus nearly throw me down, or, fastening its long and sharp claws in my dress, clamber, in this manner, to my breast.

語り手の精神状態が正常だったころ、語り手は1匹目の黒猫に Pluto と名前を付けて、猫を he で語っていた。 この2匹目になると、語り手は猫を嫌がっているので、もはや it になっている。猫がついてくるしつこさを pertinacity という硬い単語で語る。猫は椅子の下でうずくまったり (crouch)、甘えて擦り寄ったり (caress) するのだが、 語り手は擦り寄られるのは嫌なので、それが loathsome(おぞましい)と形容される。足にまとわりつかれるのは、 猫好きならうれしいはずだが、つまづきそうになる (nearly throw me down) と感じてしまう。 猫は、服に爪を突き立てて (fasten its claws in my dress)、語り手によじ登って (clamber) くる。 ここでは爪をわざわざ long and sharp と形容することで、語り手の嫌さ加減を伝えている。

赤き死の仮面 The Masque of the Red Death

タイトルは黒死病 (Black Death) を意識しているわけだから、 『 赤死病の仮面』と訳される場合も多いようである。訳者による「解説」によれば、もちろん訳者はそれを知っているが、 作品の多彩な象徴空間を考えると「赤き死」の方が相応しいと思ったとのこと。

あらすじは以下の通り。「赤き死」(巽訳)という疫病が流行っているとき、国王が健康な友人たちだけを集めて城に立て籠もって、遊び暮らす。 でも疫病から逃れられず、最後には全滅する。といっても、 ポーは教訓主義を嫌っていたということなので、国民を無視して自分たちだけ良ければ良いやという行動をした 国王に天の鉄槌が下ったという話ではない。実際、文体もそういうふうにはなっていなくて、怪奇のために怪奇が描かれている。

新型コロナウイルスが猛威を振るっている現在に置き換えたりなんかすると、外界から隔絶した 高齢者施設でクラスターが発生して全滅、みたいな話になってしまいそうだが、そういう悲惨話にならずに たんに恐怖話になるように様式美が使われている。舞台はカラフルに彩られている。一続きの七つの部屋があって、 それぞれ、青、紫、緑、橙、白、菫、黒で彩られている。最後の部屋が最も重要で、部屋全体が黒で覆われているが、 窓だけが緋色なのである。これが美しく恐怖を演出している。その黒い部屋の中で、プロスペロー王が死ぬ様子は、一文で 映画を見るような鮮やかなイメージで表現される。

There was a sharp cry -- and the dagger dropped gleaming upon the sable carpet, upon which, instantly afterwards, fell prostrate in death the Prince Prospero.
黒は black ではなく sable という詩的で毛皮の上品さをイメージさせる言葉で表現され、 倒れ伏したことは flat のような単純な言葉ではなく prostrate という言葉で表現されている。 ところで、prone, supine, prostrate の違いが Merriam-Webster のサイトで説明されている。 prone はうつ伏せ、supine は仰向け、prostrate はうつ伏せでも仰向けでもありうるが、崇敬や服従のしるしとして 這いつくばっているか、単にのびている様子を表す。さらに、fell prostrate in death the Prince Prospero と倒置が使われることによって、短剣が落ちたあと、プロスペロー王が倒れるまでの時間間隔が表現されている。

ライジーア Ligeia

ライジーアという美しい女性の復活物語。

他の作品でもそうだが、周到な雰囲気づくりをしておいて、最後に一気にクライマックスに持って行っている。 全体の構成は大まかに3部に分かれており、それぞれの分量は以下の通り。

  1. Lady Ligeia の美しさ、素晴らしさの描写と彼女の死 ... 16 ページ(新潮文庫版)
  2. Lady Rowena を迎え入れてから彼女が死ぬまで ... 10 ページ(新潮文庫版)
  3. Rowena の死体を借りて Ligeia が復活 ... 5 ページ(新潮文庫版)
クライマックスに近づくにつれて速度を増すという序破急のようなスピード感で構成されている。

最後の Ligeia の甦りの部分も、Rowena の甦りが3回ほど起こり、それが最後の5行(新潮文庫版)で Ligeia に変身する。 Ligeia は黒く大きな瞳に黒髪、Rowena は金髪碧眼の美人なので、金髪が黒髪に、碧い瞳が黒い瞳に一気にドラマチックに 変わらなければならない。それが最後の5行で一気に行われる。ここでも最後に一気にアクセルが踏まれる。 その演出は劇的な変化をスローモーションの映像で見るような感じである。

落とし穴と振り子 The Pit and the Pendulum

語り手が、異端審問で有罪になり、仕掛けある地下牢で刻一刻恐怖を味わわされながら死に近づいていって、 本当に殺されるとなった最後の一瞬にラサール将軍に助けられるという物語である。 悪夢を文学に昇華させたような造りである。

物語の舞台がトレドであることが最後に明かされる。スペインでは 15 世紀以降、異端審問が行われ、それが ナポレオンの支配の下で廃止されたことを背景にしているようだ。それは 1808 年のことだから、この小説が書かれた 1843 年の段階では、それほど遠い昔ではない。

地下牢の光源として登場する硫黄光 sulphurous light (lustre) が何かが気になったがはっきりとはわからなかった。

ウィリアム・ウィルソン William Wilson

イギリスの上流階級に生まれた William Wilson は長じるにしたがってだんだん悪党になってゆく。ところが、 自分と姿形がそっくりな人物(しかも名前も誕生日も同じ)が現れ、主人公決定的な悪事をしようとすると阻止するのである。 業を煮やした主人公は、最後にそのそっくり人間を刺す。

そっくりさんは、最初はとりあえず名前が同じで自分に従わない男として登場する。それがだんだん共通点が増えていって、 最後には瓜二つになるような描写になってゆく。瓜二つといっても、心は違う。主人公は、悪の道にだんだんのめり込んでいくのに、 そっくりさんは主人公の悪事を次々に邪魔する。

前半は寄宿学校の生活の描写で、そのクライマックスの場面の一部を丁寧に見てみる。主人公はそっくりさんに 何か悪いことをしようとして彼の部屋に夜忍び込むのだが、彼の顔を見た途端、思いとどまる。その顔を見た時の混乱が 文を重ねて表現される。

Were these -- these the lineaments of William Wilson? I saw, indeed, that they were his, but I shook as with a fit of the ague in fancying they were not. What was there about them to confound me in this manner? I gazed -- while my brain reeled with a multitude of incoherent thoughts.
[巽訳] さあ、はたして―ウィリアム・ウィルソンというのはこんな顔立ちだったろうか? まちがいない、たしかに彼自身だ。しかし、わたしはあたかも悪寒の発作に襲われたかのごとく、それでもこれは彼ではない、 と首を横に振る。いったいこの顔立ちのどこに、かくまでもわたしを混乱させるところがあるというのか? まじまじと見つめ直しているあいだ、脳裏には不条理な思いがつぎからつぎへとよぎっていく。
[拙訳] これがウィリアム・ウィルソンの目鼻立ちなのか? これは確かに彼の目鼻だった。でも、そうじゃないんじゃないかと無理に考えてみると、悪寒がして体が震えた。 この目鼻を見ると、どうしてこんなに混乱してしまうのだろう? 見つめていると、まとまらない考えが次々に浮かんできて頭がくらくらした。
[単語] lineament と言うとついつい地質学用語の線状構造を思い浮かべてしまうが、ここは「顔立ち、目鼻立ち」の意味である。 ague は「悪寒」。confound は「当惑させる、困惑させる」。reel は「よろめく、動揺する」。

ここは、頭の混乱の様子を、言い換えを続けて文を重ねながら盛り上げて行っている。巽氏の解説によると、 『ウィリアム・ウィルソン』の影響が 安部公房の『他人の顔』に現れているそうだが、こういう文の重ね方がそうなのかなと思う。

アッシャー家の崩壊 The Fall of the House of Usher

英語原文やら「100分de名著」の紹介を見ながら丁寧に読むとダークな映像が目に見えるような描写がなされていることが分かる。 物語は最初ゆったりとはじまり、最後のクライマックスに近づくにつれてだんだんと速さを増してゆく。 そして、最後に屋敷の崩壊とともに終わる。

最後のダッシュでつながれた長い一文を丁寧に見てゆく。

While I gazed, this fissure rapidly widened — there came a fierce breath of the whirlwind — the entire orb of the satellite burst at once upon my sight — my brain reeled as I saw the mighty walls rushing asunder — there was a long tumultuous shouting sound like the voice of a thousand waters — and the deep and dank tarn at my feet closed sullenly and silently over the fragments of the “House of Usher.”

屋敷が裂け目を境にして真っ二つに折れる。裂け目には、激しく風が舞い、そこから赤い月全体が見えるようになる (少し前に満月が血のように赤いという描写がある)。 the entire orb of the satellite burst at once upon my sight は巽訳では「月の全体像が一気に浮かび上がる」である。 reel は頭が動揺する、くらくらするという意味。 asunder はバラバラになるということ。というわけで、強固と思えた壁が脆くも崩壊するのを見て、「私」はくらくらした。 tumultuous は大騒ぎや大混乱を形容する語、tarn は山の中の小さな池、dank はじめじめして寒い、sullenly は陰気で不快な感じ。 つまり、風の音が激しい一方で、アッシャー家の屋敷は音もなく暗い池の中に崩壊してゆく。 dark and dank, sullenly and silently はどちらも頭韻 (alliteration) で文にリズムを与えている。

冷たい風が吹きすさぶ夜、赤い月に照らされつつ、屋敷がゆっくりばらばらに崩れ落ちてゆく映像が見えてくるような描写である。

同時に、like the voice of a thousand waters という直喩 (simile) を用いて音も入れている。とはいえ、 a thousand waters という言い方は決まり文句でもなさそうなので、直喩とも言い難いかもしれない。 漢字熟語の「千山万水」「万水千山」(山と川がたくさんあること)を英語で a thousand waters と訳している例もあるようである

「100分de名著」放送時のメモと放送テキストのサマリー

第1回 「ページの彼方」への旅―『アーサー・ゴードン・ピムの冒険』

エドガー・アラン・ポー

物語の進行と解説

物語の進行解説
  • 南極への冒険をしたアーサー・ゴードン・ピムの前に雑誌の編集長のポーが現れ、あなたの冒険を出版すべきだと言う。
  • 体験記の前半をポーが書き、小説という体裁で雑誌に掲載することになった。
  • ピムは、親友オーガスタスと海に乗り出す。猛烈な嵐に遭ったが、捕鯨船に救出される。
  • 懲りない二人は、別の捕鯨船で密航すると、その捕鯨船では一部乗組員による反乱が起こった。反乱グループにいた ダーク・ピーターズを仲間に引き入れ、船を奪還。オーガスタスは腕に傷を負った。
  • 一行は、ピム、オーガスタス、ピーターズ、反乱グループの一人のパーカーの4人になった。 4人は、またも嵐に遭って、船は水没寸前に。
  • 餓死寸前まで追い詰められたとき、巨大な船が現れたが、それは疫病に襲われて全滅した漂流船だった。
  • 前半はポーが書き、後半はピムが書くというのは、メタフィクションの先駆。
  • 主人公たちに次々に危機が訪れるのは、雑誌連載で読者をひきつけるための工夫。
  • 飢えと渇きに苦しんだ4人は、くじで一人を殺して食べることにした。パーカーが犠牲になることになった。 残った3人はパーカーを食べて、飢えと渇きをしのいだ。
  • 捕鯨船エセックス号事件 (1820 年) という人肉食が起こった事件があり、この場面はそれを題材にしている。
  • このカニバリズムは、大岡昇平『野火』にも影響を与えている。
  • 藤子・F・不二雄『カンビュセスの籤(くじ)』では、くじで選んだ人間を食べる人々が描かれている。
  • ピムとピーターズは、南洋航行船に救出される。オーガスタスは傷の悪化で既に亡くなっていた。
  • ツァラル島で、先住民の攻撃でクルーが全滅。ピムとピーターズは何とか逃れて南極に到達。
  • 南極は純白の世界だった。最後に、白い巨人が出現し、小説は突然終わる。ピム氏が突然亡くなって、原稿は行方不明になった。
  • 当時の人々は地球空洞説を信じていた。南極から北極に続く穴が地球に空いていて、ピムはそこを通って帰ってきたはずだ、 と当時の読者は想像することができた。
  • ポーは当時、飲酒癖を嫌った雑誌社主から編集者を首にされた。社主の名前はトマス・W・ホワイトだった。 だから最後に白い巨人が出てきたのではないかというのが一つの考え。
  • 「白」は、文学の可能性を示す余白かもしれない。ピムの続編を書いた作家もいる。ジュール・ヴェルヌは ピムの冒険の続編として『氷のスフィンクス』を書いた。

『アーサー・ゴードン・ピムの冒険』を選んだ理由

1つの作品で文学のジャンルがシフトしていっている。最初はただの冒険小説に見えるが、 幽霊船やカニバリズムはゴシック・ロマンス、地球空洞説はSF。

第2回 作家はジャンルを横断する―『アッシャー家の崩壊』

『アッシャー家の崩壊』

物語の進行と解説

物語の進行解説
  • ある秋、語り手はアッシャー家に招かれる。
  • 屋敷の窓は、人間の目のように虚ろ。ジグザグの裂け目が走っている。屋敷は廃墟のように陰鬱だった。
  • 屋敷の主のロデリックは神経疾患に苛まれている。ロデリックの最愛の妹マデラインは死にかけている。
  • 屋敷の形状と住んでいる人間の精神状態が密接に関わっている。当時人気だった心霊主義 (spiritualism) を反映している。
  • 美女の死は、人の心をつかむ最大のモチーフ。
  • 語り手は、ロデリックとともに絵を描いたり読書したりする。
  • ロデリックは『魔の宮殿』という詩を即興の弾き語りで歌う。華麗な宮殿が滅びる物語である。
  • ある晩、マデラインが亡くなる。柩を地下室に安置する。
  • ロデリックはマデラインと双子であることを明かす。二人は理性では測れない共感を覚えてきた。
  • ロデリックの様子がさらに重苦しくなってくる。
  • ポーにとって、詩は美、小説は真実。ここでは、詩と小説の融合が試みられている。
  • ポーの文学理論:効果の統一こそが重大。教訓などよりも effect が重要だとする。effect には cause and effect の結末という意味もある。 というわけで、結末が効果的になるように様々な伏線を張り巡らすことが重要、ということ。
  • 文学作品を読む時間は1時間だと想定されている。1時間なら読者の注意を引きつけられる。つまり、読者を観客のように考えている。
  • 一週間くらい経ったある夜更け、語り手は、ロデリックに伝奇小説『狂気の遭遇』を読み聞かせる。 すると、作中の架空の物音がアッシャー家の地下から響いてくる。
  • 小説の中で真鍮の盾が勢いよく落下した瞬間、轟音が響き渡る。すると、ロデリックは突然、 「ぼくらはマデラインを生きたまま墓に埋めてしまったんだよ!」と言い出す。
  • ロデリックは、マデラインが扉の外までやってきている、と言う。扉のところには血まみれのマデラインが立っていた。 マデラインは、ロデリックに襲いかかり、一瞬のうちに殺してしまう。
  • 語り手が屋敷から逃げ出すと、屋敷の裂け目が広がり、屋敷は沼に呑み込まれる。
  • ロデリックの言葉には繰り返しが多い。屋敷もそれを反復している。
  • 映像のカットバックの技術を先取りしている。2つのストーリーが融合していく。
  • ドビュッシーがオペラ『アッシャー家の崩壊』(ただし、未完)を書いている。

第3回 「狩るもの」と「狩られるもの」―『黒猫』

ホラー小説の起源。人間の本質的な悪と取り組んだ小説。

物語の進行と解説

物語の進行解説
  • 動物好きの男は、プルート―という黒猫を愛していた。
  • 男はやがて酒におぼれて、黒猫の片目を抉った。そして、木に吊るして殺した。
  • 黒猫を殺した日の夜、男の自宅が火事で全焼。焼け残った壁に、首にロープが付いた猫の姿がうかび上がった。
  • その後、男は、酒場の酒樽の上に黒猫を見つけ、それを拾ってくる。黒猫の片目は無く、胸に絞首台の模様が浮かんでいた。
  • モチーフの一つが、1692 年のセイラムの魔女狩り事件。ピューリタンは、ユートピア共同体で、異端者を許さなかった。
  • 黒猫は、魔女の化身という迷信があった。
  • 魔女狩りは、ピューリタンたちの土地争いとも関係し、競争相手を陥れるために用いられていた。
  • 主人公の男は、表面的には良い人だったが、裏に暗闇を持っていた。
  • 2番目の黒猫の胸の模様は、男の罪を告発している。
  • 人間は、やってはいけないことをしてしまう天邪鬼。
  • 男は黒猫を斧で殺そうとする。妻がそれを止めようとしたが、男は妻を殺してしまった。
  • 男は壁に妻の死体を塗りこめる。黒猫はいなくなった。男は幸福になった。
  • 警察が家宅捜索をしたが妻の死体は見つからない。男が皆の前で杖で壁を叩いた。すると、壁の中から叫び声が聞こえてきた。 壁は崩され、妻の屍とその上に黒猫が見つかった。
  • 「天邪鬼」は、無意識の中の原始的な衝動。フロイトの理論の先取りのようなもの。
  • ポーの人生も悪循環。酒やギャンブルに溺れた。実父は行方不明、実母は不倫疑惑。 そうしたところから、人間の内部に悪の原理が働いていることを見て取っていたのかもしれない。
  • 背景の一つに禁酒運動がある。元アル中が禁酒運動に走った。そういう逆転の構図がある。
  • 主人公の男にも、悪と善の二面性がある。

ポーの晩年の恋人

慶応義塾大学にポーの遺髪の一部がある。ポーが婚約者のセアラ・ヘレン・ホイットマンに贈った髪の毛の一部である。 ポーは、1848 年、禁酒を破ったことで、その婚約を破棄された。セアラ・ヘレン・ホイットマンは、ポーの髪の毛をブラウン大学に寄贈し、 その一部が慶応義塾大学に寄贈された。

第4回 ミステリはここから生まれた―『モルグ街の殺人』

世界初の推理小説。推理小説は、今の英語では detective fiction(story) と呼ばれるが、ポー自身は ratiocinative tales と呼んでおり、日本語で言えばまさに「推理小説」。

物語の進行と解説

物語の進行解説
  • 物語の舞台はパリ。探偵は、推理力の高い没落貴族のC・オーギュスト・デュパン。
  • 殺人事件が起こる。モルグ街のアパルトマンの4階で言い争う声が聞こえた。煙突の中から住人のレスパネー夫人の娘の死体が見つかる。 レスパネー夫人の遺体も裏庭で発見される。密室殺人だった。
  • デュパンによれば「真実というのはたえず表層に存在するものだ」。
  • デュパンは、安楽椅子探偵。
  • 『モルグ街の殺人』『マリー・ロジェの謎』『盗まれた手紙』がデュパン3部作。ポーは、名探偵のスターシステムを構築した。
  • 語り手と名探偵の二人組で事件を解決するという「バディもの」を発明。
  • デュパンのモデルは、フランソワ・ヴィドック。フランスの元犯罪者で、のちにパリ警察の密偵。
  • 事件の時に聞こえた2つの声に関していくつかの証言があった。一つはフランス語だったが、もう一方は外国語らしかったが証言がバラバラだった。
  • 警察は、被害者と接点のあった銀行家を逮捕。
  • デュパンは現場に行って、窓を固定していたかに見えていた釘が折れており、隠しバネにより窓が開閉されていたことを見出す。 つまり密室ではなかった。
  • デュパンは、さらに船乗りのリボンと奇妙な体毛を見つける。
  • 近代都市の匿名性を利用しているのがポイント。ポーは、『モルグ街の殺人』の1年前の 1840 年に『群衆の人』を書いている。 これは、ロンドンで男が老人をひたすら観察して追跡する物語。推理小説は、これに犯罪を付け加えたようなもの。
  • 江戸川乱歩『屋根裏の散歩者』という小説がある。他人のプライバシーを覗く男が主人公。これも都市文明の気持ち悪さを描いていて、 ポーの都市小説の発展形。
  • デュパンは、オランウータンが犯人だと推理。
  • フランス人の船乗りが、真相を告白し、デュパンの推理が正しかったことが分かる。
  • 警視総監は、デュパンに当てこすりを言うが、デュパンは受け流す。
  • ポーの時代は、オランウータンの存在が知られ始めたころで、ポーもオランウータンを見たことがなかったと思われる。 映画にするときはたいていゴリラに置き換えられている。
  • ポーは、いろいろな素材を組み合わせて新しいものを作った。