国際色豊かな学生寮で起きる殺人事件である。最初は登場人物が多くて混乱するとともに、事件全体が
ひどくとりとめのないもののように見える。それが小説の終わりに向かってだんだん脈絡が見えてきて、最後に意外な(
ある意味で最初から疑われていたけど、だんだん疑いが晴れていっていた)人物が犯人だと分かる。
Suchet 版のテレビドラマとの違いにも注目しつつ読んでみた。
霜月蒼は酷評している
けど、私から見ると別に悪くはない。この手の最近の作品と比べて出来が悪いということらしいが、
この手の最近の作品を知らない私としては、まあどうでも良いことである。謎が最後に一気ではなく
徐々に解けていく感じになっているのをどう評価するかも評価の分かれ目である。霜月によると、
半分くらい読んだところで犯行の動機がわかってしまうのがつまらないという。私はそうも思わなかったけれど。
とはいえ、登場人物が多過ぎることもあって、全体的にやや散漫な感じになっているということはあると思う。
タイトルになっている Hickory Dickory Dock の歌がたいした役割を果たしていないのもマイナスポイントか。
以下、起こったことをある程度ネタバレでまとめてゆく。
- 学生寮で次々に奇妙な盗難事件が起きる。
- そのうちのいくつかは、シーリア・オースティンがコリン・マックナブの気を引くために起こしたものだということがわかる。
- シーリア・オースティンがモルヒネで殺される(第1の殺人)。
- シーリアが起こした盗難は、ヴァレリ・ホッブハウスが指南したものだとポアロが言い当てる (pp.217-219)。
- ついでに、ヴァレリがギャンブル狂で、パトリシア・レインの指輪のダイヤモンドをジルコンにすり替えたこともわかる (pp.219-221)。
- ニコレティス夫人が道路で倒れて死ぬ(第2の殺人、pp.221-223)。
- ナイジェル・チャプマンが Hickory Dickory Dock の歌を歌う (p.236)。
- ナイジェルがいたずらで盗んだモルヒネをパトリシアが危険だと思って重曹と入れ替えており、それが紛失していたことがわかる (pp.249-252)。
- ナイジェルは、父親のサー・アーサー・スタンリーと離縁して名前まで変えていたことが分かる (pp.254-257)。
- パトリシア・レインが頭を殴打され殺される(第3の殺人)。
- 重曹の瓶にはホウ酸が入っていたことが分かる (p.274)。
- ここから後、真犯人(殺人犯と麻薬密売犯)がわかる。
- 最後にポアロが Hickory Dickory Dock を口ずさむ。
学生寮の住人のまとめ
学生寮の住人の数が多くてこんがらがるので、pp.19-23 (2 章) でのハバード夫人による説明と
pp.46-49 (4 章) でのシーリアによる説明を中心にしてまとめておく。
Suchet 版だと少し役回りが違っているので、それもまとめておく。
名前 | 人物紹介 | Suchet 版 |
Miss Celia Austin |
St. Catherine's Hospital の薬剤師 (dispenser)。きれいな娘。Colin McNabb に恋をしている。何かに怯えている。
第一の犠牲者。 |
化学の学生。薬局でアルバイトをしている。 |
Mr Colin McNabb |
精神医学 (psychiatry) の大学院生。St. Catherine's Hospital の研究生。
体格が良く、肌は浅黒く、いつもパイプを吸っている。古いズボンを盗まれる。 |
心理学 (psycology) の学生。 |
Miss Patricia Lane |
考古学専攻。眼鏡をかけている。肌の色は中間色で勉強家タイプ。髪は鼠色で眼は青い。
指輪を盗まれるが、Valerie のスープ皿から出てくる。
5 章の終わりで Nigel Chapman に恋していることが分かる。 |
政治学専攻。 |
Mr Nigel Chapman |
中世史とイタリア語を勉強中。よく人の気に障ることを言う。 |
中世史と考古学専攻。 |
Miss Sally Finch |
フルブライト留学生のアメリカ人。赤毛。夜会靴の片方を盗まれ、寮を出たいと思っている。最後の方の
23 章 1 節になって Len Bateson に恋していることが分かる。 |
イギリス文学を研究しているふりをしている。
実は関税・間接税務局の捜査員。 |
Mr Leonard (Len) Bateson |
医学生。St. Catherine's Hospital に出入りしている。赤毛で体格が良い。親切だが短気。聴診器を盗まれる。 |
医学部。もうすぐ医師免許を得る。 |
Miss Velerie Hobhouse |
美容院勤務。背が高く、肌が浅黒い。利口で辛辣な皮肉をよく言う。絹のスカーフをズタズタにされる。 |
ファッションの勉強と製作。 |
Miss Jean Tomlinson |
St. Catherine's Hospital の理学療法士 (physiotherapist)。金髪で小柄。27 歳。近づきがたい容貌 (severe-looking)。 |
登場せず。 |
Miss Elizabeth Johnston |
ジャマイカから来た法学生。勉強家。ノートを緑色のインクで汚された。 |
登場せず。 |
Miss Geneviève Maricaud |
英語を勉強中。 |
登場せず。 |
Miss René Halle |
英語を勉強中。 |
登場せず。 |
Mr Akibombo |
西アフリカから来た学生。縮れ毛の黒人。 |
登場せず。 |
Mr Chandra Lai |
インド人。 |
登場せず。 |
Mr Gopal Ram |
インド人。欲が無く、いつもにこにこしている。 |
登場せず。 |
Miss Reinleer |
オランダ人。 |
登場せず。 |
Mr Ahmed Ali |
エジプト人。政治の話題が好き。 |
登場せず。 |
|
2人のトルコ人学生。まだ英語をほとんど話せない。 |
登場せず。 |
英語メモ
- p.278 the balloon goes up tomorrow
- シャープ警部の言葉である。高橋訳では「気球は明日あがるわけです」と直訳してあるが、これでは
意味が分からない。"the balloon goes up" は
第一次世界大戦のときにできた idiom で「事態が深刻になる、重大なことが起こる、作戦が始まる」と
いった意味のようである。今の文脈だと「明日、捜査が大きく進展するはずです。」とでも訳すべきである。
Suchet テレビドラマ版のあらすじとメモ
Suchet 版は第43話「ヒッコリー・ロードの殺人 (Hickory Dickory Dock)」(脚本 Anthony Horowitz)。
以下、ネタバレしつつ原作との違いなどをまとめておく。
まず登場人物の改変がある:
- 原作通りでは学生寮の住人が多すぎるためだろうと思うが、Suchet 版では主要な7名に減らしてある(上記)。
専攻や職業も少しずつ変えてある。その結果、全体的に引き締まった感じになっている。
- 寮の料理人のジェロニモとマリアは出てこない。
- Mrs Christina Nicoletis は原作では単なるアル中なのだが、Suchet 版では宝石店の従兄弟の Giorgios とともに
ダイヤの密輸に関与している。
- 原作の Sharpe 警部の代わりに Japp 警部が担当する。
- 関税・間接税務局の捜査員の John Casterman なる人物が出てくる。
その上で、ストーリーも細かく色々変えてある:
- 最も大きな改変は、最後に Poirot が皆の前で真相を明かし、
そこで犯人が逃げ出して大捕物になるといういつものドラマのパターンになるようにしてあるところである。
原作では、真相はいっぺんに明らかにならずに、最後の方で少しずつ明らかにされていく。
- 原作には3組の恋人たちがいるのだが、ドラマでは恋愛要素は抑制されている。
- 原作では麻薬の密輸が問題になるのに対して、ドラマ版はダイヤの密輸になっている。
それに関連して、密輸を追う関税・間接税務局が登場する。
全体的に言えば、Suchet 版は、原作の大枠を維持しつつもだいぶん話の展開を変えてある。
登場人物を減らして各々の事件との関係を明確化してわかりやすくしてある。
以下、Suchet 版のあらすじ。
原作は、Poirot と Miss Lemon の会話から始まるのだが、テレビドラマでは、それまでに起こったことが
映像で示される。
- 冒頭は Hickory Dickory Dock の歌を表す映像。振り子時計の振り子をネズミが降りてきて、さらに配管の上を走る。
ドラマでは、その後も時々振り子時計とネズミの映像が挿入される。
- 次に Celia が Patricia の指輪をくすねる場面。
- 次は Japp 警部が肉屋で買い物をする場面。奥さんが休暇中で、今一人暮らしらしい。Poirot が高級肉を薦めている。
Japp 警部が街角で新聞を買うと Sir Arthur Stanley が病気という記事が出ている。
- 船が港に着く。眉毛の濃い怪しげな男 (後で John Casterman だとわかる) が立っている。
Sally Finch と Leonard Bateson はアムステルダム旅行から帰ってきたところのようだ。
- Sally と Len が学生寮に着くと、居間には Patricia、Nigel、Celia がいる。寮に警察が来るという。
- 寮の管理人の Mrs Hubbard のところに Miss Lemon が来ている。警察は殺人事件の犯人を追っているらしい。
それとは別に、寮では最近いろいろなものの盗難が発生しているという。そのとき、寮のオーナーの Mrs Nicoletis が現れる。
- 夜、何者かが電球を取り外し、リュックを切り裂いている。Nigel らしい。それを Celia が目撃する。
- Mrs Nicoletis がダイヤを受け取って寮から外出する。
- Mrs Hubbard が警察を寮に迎え入れる。
- Mrs Christina Nicoletis がダイヤを Olympus 宝石店の Giorgios のところに持ち込む。
ここで、Poirot と Miss Lemon の会話の場面になり、原作の冒頭からの流れになる。
- 次に、Poirot は Miss Lemon とともに Mrs Hubbard に会って話を聞く。
- 寮で Poirot の講演会が行なわれることになる。
- 寮の居間では、Celia、Colin、Valerie、Patricia が不穏な会話をしている。
- Poirot と Miss Lemon が学生寮を訪れる。前に港にいた眉毛の濃い男が立っている。
- Poirot と学生たちとの夕食の場面。
- Poirot の講演会と学生たちとの話し合いの場面。
- Christina Nicoletis と Giorgios の不穏な会話。原作には無い。
- Celia が盗難の犯人は自分だと Poirot に言いに来る。Collin も一緒だ。原作では、Mrs Hubbard の部屋だが、
テレビドラマ版では Poirot の事務所で行なわれる。インタビューは、テレビドラマ版では比較的簡単に終わる。
- 原作にあった Patricia が Poirot を訪れる場面は無い。
このあたりから原作と違う展開になってくる。Celia が殺される点は同じだが、原作の Sharpe 警部による
長い聞き取り調査はドラマ版では Japp 警部、Poirot、Miss Lemon の三人による聞き取りに置き換えられているし、
Sharpe 警部が学生寮で聞き取りを行っているのに対し、三人はいろいろなところに行っている。
事件時の Sally の行動が原作とだいぶん違っているし、Mrs Nicoletis の殺され方も違う。
病院からモルヒネを盗んだのは、原作では Nigel なのに対して、ドラマ版では Colin になっている。
- ふたたび学生寮の前に眉毛の濃い男がいる。
- 学生寮の居間で Len、Celia、Valerie、Colin が話をする。Celia は皆に自分が盗んだことを話したようだ。
- Sally が Celia の部屋に入って、窓からベランダに出る。Len も Celia の部屋に入る。
Sally がベランダから出て非常階段を歩いているのを Patricia が目撃する。
- Celia がベッド脇にあった粉末を水に溶かして飲んで死ぬ。
- Japp 警部が学生寮に呼ばれる。Poirot と Miss Lemon も来ている。Mrs Nicoletis が怒っている。
- Japp 警部と Poirot は、現場を見てから Colin と Nigel に話を聞く。
- Japp 警部、Poirot、Miss Lemon は病院の薬局で無くなったモルヒネについて話を聞く。
- Japp 警部、Poirot、Miss Lemon の三人は Len の話も聞く。Celia の部屋には聴診器を探しに行ったという。
- Sir Arthur Stanley が病院に運ばれる。
- 三人(Japp 警部、Poirot、Miss Lemon)が病院の階段を上っていると、Patricia が Japp 警部が知っている男
(あとで Mr Endicott だとわかる)と話している。三人は Patricia の話を聞く。
Patricia は、Sally が非常階段の方に行っていたと言う。
- 三人は Sally の話も聞く。Sally は、ずっと部屋にいたと言い張る。
- Valerie がファッションの現場で実地研修しているところに三人が訪ねて、いくつか質問する。
- その夜は、Poirot が Japp 警部を自分の事務所兼アパートに泊める。
- 学生たちがパブで話をしている。酔った Mrs Nicoletis が割り込んできて警察にばらすと言う。
- 何者かが Mrs Nicoletis の部屋に入って行って、彼女を刺殺する。
- 三人(Japp 警部、Poirot、Miss Lemon)が学生寮に来る。
- 物陰で眉毛の濃い男と Sally が話をしている。Sally は何かが明るみに出ることを恐れている。
- 三人が Mrs Hubbard の話を聞いている。
- Len と Nigel が、モルヒネを持ってきたのは Colin だと Poirot と Japp 警部に告げる。ただし、それはトイレに流したという。
- Poirot と Japp 警部は Colin に話を聞く。Colin は Len の聴診器を盗んで医者のふりをして、病院の薬局からモルヒネを
取ってきたと言う。なお、このモルヒネを盗む役回りは、原作では Nigel である。誰かがモルヒネとホウ酸を入れ替え、トイレに
流したのはホウ酸だったのだろうという推理が出来た。
- Japp 警部はモルヒネの残りを探しに学生寮に向かう。
- Poirot はヒッコリー・ロードの鞄屋でリュックサックを買う。店員の一人が眉毛の濃い男だ。
- Colin の部屋でモルヒネが発見されて、Colin が逮捕される。
- Poirot と Japp 警部の朝食。新聞に Sir Stanley 危篤のニュースが出ている。Japp 警部は、10 年前に
Sir Stanley が妻を殺したという。でも確かな証拠が無かったので、事件にはならなかったという。
しかし Sir Stanley は Mr Endicott と何かの秘密を共有しているはずだとのこと。
- Patricia が Len に頼んで病床の Sir Stanley に会わせてもらう。Patricia は Sir Stanley の写真アルバムから
1枚の写真を抜き取る。
- Poirot が買ったリュックサックを事務所で切り裂く。
- Poirot が眉毛の濃い男に車に押し込まれ、関税・間接税務局 (Customs & Excise) に連れて行かれる。
そこには Sally がいた。男は John Casterman と名乗る。二人は、ダイヤの密輸の捜査をしているらしい。
ダイヤの運び屋を学生と見て探しているらしい。Poirot はリュックサックを秘密を教える。
Sally と Casterman は、Mrs Nicoletis の従兄弟の Giorgios がダイヤの買い手で、Mrs Nicoletis が密輸のリーダーだと言う。
- Poirot と Japp 警部が話をしている。夕食を摂ろうとしたところで Nigel がやってくる。Patricia が、
Colin の部屋にモルヒネを隠した人を知っているという。しかし、電話をしている最中に Patricia は殺される。
- Poirot は Patricia の部屋で Sir Stanley 一家の写真と赤毛を見つける。赤毛と言えば Len だ。
そこで Poirot と Japp 警部は Len に話を聞く。
- Sir Stanley はその日の午後亡くなっていた。
- その夜、Poirot は何かを調べている。翌朝、Poirot は事件は解決したと言う。
- 税務局が Giorgios を捕まえる。
- Poirot が学生たち、Mrs Hubbard、Miss Lemon、Mr Casterman の前で謎解きを始める。まず、指輪をスープに入れたのと、
Celia に入れ知恵したのは Valerie だとわかる。そして、ダイヤの密輸に Valerie が関わっていることを明かす。
そして、殺人者は Nigel だとわかる。
- Nigel が逃げ出して捕物になる。
- Sir Stanley の葬儀。Mr Endicott が Nigel は母親殺しもしていることを明かす。
- 最後は、Poirot と Japp 警部のユーモラスな会話。オチは、ネズミ捕り用のチーズ。