中級フランス語 冠詞の謎を解く

著者小田 涼
発行所白水社
刊行2019/04/30
入手九大生協で購入
読了2023/05/20

Paquette による英語の冠詞の使い方の詳しい本を読んだので、 ついでにフランス語も知っておこうと思って読んでみた。フランス語には英語には無い不定冠詞の複数形と 部分冠詞があること以外は英語と同じというのなら話は簡単なのだが、そうではないところが難しい。 名詞が具体的な人や物を指す場合は、不定冠詞の複数形と部分冠詞以外は英語と同じなので、あまり問題は無い。 問題はより抽象性のある表現の場合で、これがフランス語と英語でかなり違うところがある。 本書を読むことで、フランス語と英語の違いがだいぶんわかり、英語の冠詞の理解も深まった気がする。

本書も Paquette 本も冠詞の「すべて」を網羅したものではない。 Paquette 本は科学論文に特化しているし、本書も説明に値する冠詞の使い方が扱われていて、細かい規則のようなものは 分厚い文法書を見てくださいという立場である。著者が以前に出版している専門書の目次を見ると、そこで扱われている内容の大事なところを 一般向けに書き直してある部分が多いように見受けられる。題材は文学や新聞などから取られている。いわゆる純文学だけではなく、 George Simenon の Maigret 警視ものから多く例が取られているのもおもしろい。Maigret 警視ものは文も比較的わかりやすくて良い。

冠詞の使い方の英仏の違いで最も目立つのは、複数可算名詞もしくは不可算名詞による総称である。 Paquette 本の言い方では「開いたカテゴリー」である。 その場合、英語では冠詞を付けないが、フランス語では定冠詞を付ける。たとえば、I like dogs. に対して J'aime les chiens. である。そうなる理由も、不定冠詞複数 des と部分冠詞 du の語源の説明 (p.83) でわかった気がした。 これらはもともと「部分を表す de」と「全体を表す定冠詞 les, le」が 合成されたものからできている。 そこで、フランス語の不定冠詞複数と部分冠詞は、部分であることが強調される。 すなわち、当該言明に当てはまる部分と当てはまらない部分があるということである。 だから、それらは総称には相応しくなくて、全体を表す定冠詞を付けるのが相応しいということになる。

「定冠詞+単数可算名詞」の型の総称は、英語にもフランス語にもあり、使い方もほぼ同じだと思うのだが、 著者(小田)と Paquette でとらえ方が少し違うのが面白い。著者は、多様性・個別性を捨象し、本質的な性質を 述べるときに用い、名詞は不可算として捉えられているという。一方 Paquette は、この総称は名詞の本質的な性質を表す 「理想形」であり、それは明確な形態を持っているので可算物として捉えているという。理想形は一つしかないので 単数形であると考える。著者も Paquette もこの型の総称が表現していることに関しては同じことを言っているのだが、 単数である理由について違うことを言っている。著者は、名詞が不可算のものととらえられているので単数形だとしているのに対して、 Paqutte は理想形というものは一つしかないので単数形だとしている。どちらだと思っても言語表現に違いが出るわけではないので、 どちらでも良いわけだが、2通りのとらえ方があるというところが興味深い。

そのほかにも英語とフランス語で細かい違いがありそうだが、どれが違ってどれが違わないのか、 なかなか見分けるのが難しいところである。

本書でけっこうページ数を割いて説明してあることは、前述の名詞あるいは事柄を定冠詞 le で受ける場合と 指示形容詞 ce で受ける場合の違いだ(9--14課)。これは私は知らなかったし、英語には無いことだ。 指示形容詞 ce で受けるのは英語では this/that と対応するのだと思っていたが、そうではないらしい。

本書で最初に出てくる「他の品詞を名詞にする働き」は、英語の冠詞には基本的には無い。フランス語には 複数不定冠詞と部分冠詞があるため、名詞には基本的に冠詞が付くのに対して、英語は名詞を無冠詞で使うことが 多いせいだと思う。だから、英語の場合、冠詞を付ければ名詞というわけにはいかないのだろう。 冠詞が他の品詞を名詞にする例の2番目として出てくるド・ゴールの 1961 年の演説の一部
Françaises, Français, tout est simple et clair. Le oui franc et massif, je vous le demande pour la France. (p.9)
英訳を見つけた。それは
Frenchwomen, Franchmen, it is all very clear and simple. I am asking of you a frank and massive "yes" for France.
となっており、これらを比較してみると面白い。英語とフランス語で冠詞の使い方で3つ違いがある。 (1) フランス語では oui に冠詞を付けただけで名詞化しているのに対して、 英語では yes をダブルクォーテーションで囲うことで名詞にしている。 (2) フランス語では oui に定冠詞が付いているのに、英語では "yes" に不定冠詞が付いている。 「率直で圧倒的な賛成票」をフランス語では総称的に捉えているのに対して、 英語では一人一人に一票を呼び掛けるようにしているためだと思う。フランス語では le oui を 文頭に出して、それを代名詞 le で受け直している構文になっていることも関係していると思う。 この構文は、フランス語では珍しくないが、英語ではあまり見ない。 (3) フランス語では国名 France に定冠詞 la を付けるが、英語では国名に冠詞は付けない( the United Kingdom のように普通名詞が含まれる国名は別)。 このように英語とフランス語とでは、細かいところで定冠詞の使い方がだいぶん違う。