『放浪記』は、森光子の舞台が有名ということくらいしか知らなかったが、解説を聞いて、 粗削りだが若い女性作家の本音があふれた魅力的な作品らしいということがわかった。
ひとつだけ気になる解説がある。著者は、関東大震災の記述があっさりしているのが林芙美子のタフネスを示していると書いているが、 これはちょっと違うと思う。芙美子は、地震の直後、根津から十二社(現在の西新宿の高層ビル街の西、当時は東京市の外の淀橋町)に 向かっているということだが、だいたいまっすぐ歩いて行っているとすると、ほとんど震度5程度で 火災で焼失しなかった場所を通っていると思われる (参考:武村雅之『関東大震災』)。 すると、建物の全潰率もせいぜい 1% のところなので、少なくとも当日はそれほど大きな被害を見ていないはずなのである。 でまあ、わざわざ被害の大きなところを見に行かなかったとすれば、あっさり書かれているのも当然である。 関東大震災で揺れが大きかったのは、小田原~三浦半島~房総半島の一帯で、東京の被害は主に大火災によるものである。 ただし、東京でも下町の低地の揺れは大きかった(震度6~7)。