あらすじと英語・翻訳・文化的背景メモ
以下、ページ番号は、kindle 版クリスティー文庫 (全 362 ページ) に基づく。ネタバレあり。
1 朝食の席でのシェパード医師 Dr. Sheppard at the Breakfast Table
[金曜朝]
Ferrars 夫人が亡くなった翌日、私 (Dr. Sheppard) は、夫人の死を確かめてから、自宅で遅い朝食を取った。
姉の Caroline がいろいろ聞いてくる。私は、夫人の死因は睡眠薬の過剰摂取による事故だったと説明するが、
Caroline は自殺だろうと言う。夫を毒殺したことの良心の呵責に耐えられなかったのだろうと、根拠も無く主張した。
- veronal (p.12)
- barbital の商品名。1903 年から 1950 年代までよく睡眠薬として使われたが、
過剰摂取で死ぬこともあったので、使われなくなった。
- She took it on purpose (p.12)
- 「覚悟のうえで飲んだのよ。」(羽田訳)は、上手い訳だと思う。it は veronal のこと。
- You're a precious old humbug (p.15)
- 「まったく一筋縄ではいかない人ね。」(羽田訳)も、上手い訳だと思う。humbug は古風な言葉で、
a person who is not sincere or honest (OALD)。
2 キングズ・アボット村の人々 Who's Who in King's Abbot
[金曜午前]
Roger Ackroyd は、King's Abbot 村の中心人物と言える人だ。妻は若くして亡くなり、妻の連れ子の
Ralph Paton を育ててきた。Roger Ackroyd は Ferrars 夫人と親しくしていた。
私は、午前中、往診に回っている時に Roger Ackroyd に出会った。話があると言うので、夜に会うことにした。
家での午前中の診察の最後の患者は、Mr. Ackroyd の家政婦の Miss Russell だった。彼女は薬物に関する質問を
してきたが、なぜそんなことを聞きたいのかよくわからなかった。
- curare (p.25)
-
南米原住民が使っている矢毒の総称。シャーロック・ホームズの「
サセックスの吸血鬼」にも1回出てくる。
3 カボチャを栽培する男 The Man Who Grew Vegetable Marrows
[金曜午後]
Caroline によれば、昨晩、Ralph Paton が誰か女性と一緒にいたという。Caroline の推測では、それは Roger Ackroyd の
姪の Flora Ackroyd ではないかということだ。
隣のからまつ荘に Mr. Porrott なる人物(実は Poirot)が引っ越してきた。彼は理容師だろうと私は推測する。
庭に出たところ、Mr. Porrott に出くわしたので、少し話をする。彼は a vegetable marrow をくれた。
彼は Roger Ackroyd の知り合いらしかった。
家に戻ると、Caroline が村から帰ってきたところだった。彼女は Ralph Paton が誰か女性と話しているのを聞いたと言う。
女性が誰だかはわからなかったが、話の内容からすると Flora Ackroyd ではなさそうだった。
私は、Ralph Paton に会いに、村の宿屋の the Three Boars を訪ねた。Ralph は何か困りごとを抱えていそうだったが、
他人に助けを求めるわけにはいかないのだと言う。
- vegetable marrow (p.28, 30 など)
-
ペポカボチャ (Cucurbita pepo) の園芸品種の一部で、食用のもの。これの未熟な実がズッキーニである。
ズッキーニよりも皮が硬くて味が薄いので、挽肉などを詰めた料理もよくある。
4 ファンリー・パークでの夕食 Dinner at Fernly
[金曜夜]
I 私が Fernly Park (Roger Ackroyd の屋敷)に行くと、応接室 (the drawing room) に通された。
私が応接室に入ろうとしたところ、Miss Russel が慌てた様子で応接室から出て行った。
そのうち Flora Ackroyd が入って来て、Ralph Paton と婚約したと言う。すると、Mrs. Ackroyd
(Roger Ackroyd の亡き弟 Cecil の妻で、Flora の母)が入って来て、いろいろ話をする。
それから Hector Blunt 少佐(Roger Ackroyd の旧友で狩猟家)が入って来る。
やがて夕食が始まるが、場は盛り上がらなかった。
II 食後、Roger Ackroyd は私を自分の書斎 (study) に連れて行った。
昨晩 Ferrars 夫人が夫を毒殺したことを自分に告白したと言う。さらに、Ferrars 夫人は
何者かに強請(ゆす)られていたらしい。結局、彼女は追い詰められて自殺したのだった。
Roger Ackroyd はショックを受けて、これからどうしたものかと私に相談してきた。
話をしているとき、執事の Parker が郵便物を持ってやって来た。その中に Ferrars 夫人からのものがあった。
Roger Ackroyd はその手紙は自分一人で読むと言ったので、私は部屋から出た。9 時 10 分前だった。
屋敷の門を出たのが 9 時だった。見知らぬ男に道を聞かれた。9 時 10 分に帰宅した。
10 時 15 分過ぎ、Parker から電話があり、Roger Ackroyd が殺されたと伝えられる。
- On Raymond's appearance Parker had withdrawn, so I was alone in the hall. (p.43)
- 羽田訳では「レイモンドが現れると、パーカーが奥へひっこんだので、わたしは玄関ホールに一人きりになった。」
とあったので、なぜ Raymond が現れたのに一人きりになったのか不思議だった。Parker had withdrawn
が過去完了であることに注意すると、ここはそうではなくて、この前に Raymond が去りかける描写があった上で、
「Parker は Raymond が現れた時に既に引っ込んでいたので、私は玄関ホールに一人きりになった。」(拙訳)ということであった。
- The Mill on the Floss (p.46)
- George Eliot が書いた
小説で、1860 年に出版された。『アクロイド殺し』の出版が 1926 年だから、当時からするとちょっと古めの小説。
因みに今 (2024 年) から 66 年前 (1958 年) に出版された小説と言えば、大江健三郎『芽むしり仔撃ち』とか Truman Capote
"Breakfast at Tiffany's" などがある。
- Timbuktu (p.49)
- アフリカのマリ帝国、ソンガイ帝国の都市で、かつてヨーロッパ人からは世界の果ての黄金郷とイメージされた場所らしい。
- Blunt relapsed into his usual taciturnity (p.51)
- 「ブラントはまたいつものように寡黙になっていた。」(羽田訳)。単に relapse と taciturnity という私が知らなかった単語が
続けて2つ出てきたのでメモしておく。
5 殺人 Murder
[金曜夜]
私は車で Fernly Park に行った。執事の Parker は電話について何も知らないようだった。
念のため Roger Ackroyd の書斎に行ってみると、内側から鍵がかかっていて、呼んでも返事が無い。
そこで Parker と一緒にドアを破ると、Roger Ackroyd が刺殺されていた。
警察を呼び、秘書の Raymond と Blunt 少佐に知らせた。Raymond と Blunt がやって来て、
その後、Davis 警部 (inspector) と Jones 巡査 (police constable) が来た。
Davis 警部が調べると、窓から人の出入りがあったようだった。私は、9 時頃門のところで見知らぬ人を見たと言った。
9 時半過ぎには Parker が部屋の外から Roger Ackroyd と誰かの話し声を聞いていた。
10 時 15 分前には Flora Ackroyd が Roger Ackroyd に会っていた。
- I got out the car in next to no time (p.63)
- 「ただちに車を出して、」(羽田訳)。in next to no time, in no time, in less than no time などは
「すぐに、即座に」という意味の熟語(ジーニアス英和大電子版)。
- 「動詞+副詞のin」の熟語
- look in ちょっとのぞく(ジーニアス英和大電子版)。I think I'll just look in and see him for a minute. (p.65)
ちょっとのぞいて、彼の顔を見ていこう(羽田訳)。
- lock in (うっかり、故意に)閉じ込める(ジーニアス英和大電子版)。Mr. Ackroyd must have locked himself in
and possibly just dropped off to sleep. (p.65) アクロイドさまがご自分で鍵を締めて、眠りこんでしまわれたに
ちがいありません(羽田訳)。
- break in (戸など)をぶち抜く(ジーニアス英和大電子版)。I'm going to break this door in -- or rather we are. (p.67)
わたしは、―いや、二人で、このドアを壊して中に入ろう(羽田訳)。
- draw in (空気・タバコの煙など)を吸い込む(ジーニアス英和大電子版)。I heard the butler
draw in his breath with a sharp hiss. (p.67) 執事がヒィーッと息を吸い込んで呑むのが聞こえた(拙訳)。
- get in (go in に比べると、苦労して)(中へ)入る(ジーニアス英和大電子版)。
How did the fellow get in? どうやって侵入したんだろう?(羽田訳)。
- put in (人が)言葉をさしはさむ(ジーニアス英和大電子版)。"Mr. Ackroyd was certainly alive at half-past nine," put in Raymond (p.73)
「アクロイドさんは、九時半過ぎにはまちがいなく生きていらっしゃいましたよ」レイモンドが口をはさんだ(羽田訳)。
- take in …にひと目で気づく、…を見て取る(ジーニアス英和大電子版)。The inspector took in the position at a glance. (p.78)
警部はひと目で位置を把握した(羽田訳)。
- go in 中に入る(ジーニアス英和大電子版)。I went in and said, 'Goodnight, Uncle' (p.80)
部屋に入っていって、こういいました。"おやすみなさい、伯父さま" (羽田訳)。
6 チュニジアの短剣 The Tunisian Dagger
[金曜夜]
私は、Ferrars 夫人が脅迫されていた件に関する話を Davis 警部にした。警部は Parker を疑い始めた。
凶器の短剣はチュニジアのもので、Blunt 少佐が Roger Ackroyd に贈ったものだった。
応接室の silver table の中にあったものなので、誰でも手にすることができた。
家に帰って、警察は Parker を疑っていると言うと、Caroline はそんなことはありえないと一笑に付した。
- You identify it positively? (p.89)
- 「この短剣はまさにあなたが贈ったものだと断言できますか。」(拙訳)。identify を一語で適切に
表現する日本語が無いから、前後関係を補って訳すしかないところ。
7 隣人の職業を知る I Learn My Neighbour's Profession
[土曜朝]
翌朝、Flora Ackroyd がやって来て、一緒にからまつ荘に行って Hercule Poirot に捜査を依頼してくれるように
頼まれた。そこで私は初めて隣人が私立探偵だったのだと知った。Flora は、Ralph Paton が容疑者の一人になっている
ことを知って、疑いを晴らしたかったのだ。しかも、Ralph は昨晩 9 時頃外出して、それきり戻っていないという。
Ralph を疑っているのは Raglan 警部だという。
私たちは Poirot に捜査を依頼し、Poirot はそれを引き受けた。私が事件の説明をした後、3人で地元警察に行った。
Melrose 署長、Davis 警部、Raglan 警部がいた。彼らは嫌な顔をしたが、事件が解決しても自分の名前を
出さないでくれと Poirot が言ったので、少し安心したようだった。皆は連れ立って殺害現場を調べに行った。
前の晩私にかかってきた電話は、King's Abbot 駅の公衆電話からかけられたものだったことがわかった。
- his uncle's death (p.102)
- ここでなぜか Dr. Sheppard は、Roger Ackroyd のことを Ralph Paton の「おじ uncle」と言っている。本当は義父なのに、
うっかりミスだろうか。OED によると、「母親の男友達もしくはパートナー」という意味もあるにはあるようだが、
1961 年以降に使用例があるということなので、これではなかろう。
8 ラグラン警部の自信 Inspector Raglan Is Confident
[土曜午前]
私が昨晩門の外で見た見知らぬ男は、他の誰も見ていなかった。
Raglan 警部が Ralph Paton が犯人だと推理した道筋は以下の通りだった。
Flora Ackroyd は 9 時 45 分に Roger Ackroyd が生きているのを見ており、
Dr. Sheppard は 10 時半過ぎの時点で、死後 30 分以上経っていると言っている。そこで、犯罪が起きたのは、
9 時 45 分から 10 時の間だ。屋敷にいた人は、使用人も含めて、その時間帯に犯行を行えなかったことが分かっている。
一方、Ralph Paton が 9 時 25 分頃、門から屋敷に向かったことが目撃されており、窓と小道に足跡もある。
私は庭の東屋 (summerhouse) で Poirot と二人きりになった。Poirot は、白い木綿の切れ端と鳥の羽根(もしくは羽軸)を
拾った。私にはそれに何の意味があるのかわからなかった。
- stiff white cambric (pp,128-129)
- 「白い木綿」(羽田訳)。正確に言えば木綿と言っているわけではない。stiff ということで、洗濯糊を効かせてある
ことを意味し、cambric で薄手の布であることを意味している。cambric は「薄地の白い亜麻布・綿布:ハンカチなどに用いる」
(プログレッシブ英和中)。
- quill (p.129)
- 「羽軸のついた羽根」(羽田訳)。quill は、鳥の羽根 (feather) のうち、中空の羽軸に重点を置いている単語だ。そこで、羽ペンのことも quill と言う。
本小説では別の用途で使われているが、中空であることが重要である。
9 金魚の池 The Goldfish Pond
[土曜午前]
私と Poirot は、庭の少し高いところにあるベンチに腰掛けた。下の金魚池のほとりに
Flora Ackroyd と Hector Blunt が現れた。Blunt は Flora に好意を抱いているようだった。
Flora は、Roger Ackroyd が自分に二万ポンド遺しておいてくれたと知って、浮き浮きしている。
Poirot は、Blunt が昨晩 9 時半過ぎにテラスで Roger Ackroyd と何者かが話をするのを聞いていたことを聞き出す。
話の相手は秘書の Geoffrey Raymond だと思い込んでいたが、本当にそうであったかどうかははっきりしないようだ。
Flora は、昨晩応接室で Dr. Sheppard と silver table を見ていた時、凶器の短剣は無かったと言う。
Poirot は、池から金の結婚指輪を拾い上げた。そこには「From R., March 13th」と書かれていた。
- Methuselah (p.133)
-
メトセラ(メトシェラ)は、聖書の「創世記」に出てくる長寿の人物で、969 歳で死んだとされる。
10 雑用係のメイド The Parlour Maid
[土曜午後]
昼食前、Poirot は Hammond 弁護士から Roger Ackroyd の遺言書の内容を聞き出した。
そして、Blunt 少佐から Ashley Ferrars (Ferrars 夫人の夫)氏が亡くなった時にここにいたかどうかを聞き出すよう
私に依頼した。私がさりげなくそのように尋ねたところ No との答えが返ってきた。不審な点は無さそうだった。
昼食後、Hammond 弁護士が Mrs. Ackroyd に当座のお金があるかどうか尋ねたところ、秘書の Raymond が
Roger Ackroyd の寝室に現金が 100 ポンドあるはずだと言う。ところが、調べてみると、60 ポンドしかなかった。
Poirot と私と Raglan 警部は、家政婦の Miss Russell にメイドのことを聞きに行った。
雑用係のメイド (parlour maid) の Ursula Bourne が辞職するというので、呼んで話を聞いた。
Roger Ackroyd の書類を乱して叱られたので辞職すると言う。寝室には入っていないということだった。
次に、部屋係のメイド (house maid) の Elsie Dale を呼んで話を聞いた。不審な点は無かった。
Poirot と私が屋敷から帰る途中、Poirot は Ursula Bourne にはアリバイが無いと指摘した。
Poirot は、彼女の推薦状を書いた Marby 村の Mrs. Richard Folliott に会って、Ursula Bourne
のことを聞き出してくるよう、私に依頼した。
- parlourmaid (p.145)
-
Cambridge 辞書によれば、給仕をしたり来客対応をしたりするメイドのこと。
- embrasure of the window (p.145)
- embrasure とは、城壁の狭間のように、外側の方が狭くなる開口部のことを指す。したがって、この場合は
「出窓の引っ込んで陰になっている場所」(拙訳)ということだろう。
短編「クラブのキング」にも出てきた。
- housemaid (p.157)
-
Cambridge 辞書によれば、屋敷の掃除を担当するメイドのこと。
11 ポアロの訪問 Poirot Pays a Call
[日曜午後]
翌日午後、私は Poirot に言われた通りに、Marby 村の Mrs. Folliott を訪問した。
Ursula Bourne のことを聞いてみたが、彼女は頑なに何も答えなかった。
6 時頃家に帰ってみると、午後 Poirot が Caroline に会いに来ていたということだった。
Caroline は、Ralph Paton が誰かと会っていた話とか、Miss Russell が診察を受けに来た話とかを
Poirot にしたということだった。
- Poirot pays a call (p.166)
- pay a call は「訪問する」(ジーニアス英和大電子版)という意味のやや硬めの熟語。
- Bartolozzi (p.167)
- Francesco Bartolozzi (1727-1815) は、イタリア生まれの版画家で、
イギリスで活動した。
- Prince Paul of Mauretania (p.170)
- これは短編「クラブのキング」
に出てくる Prince Paul of Maurania のことを指している。国名が少し変わっているのが意図的なのか
うっかりなのかは不明である。
- I suppose you were ready to eat out of his hand? (p.172)
- 「姉さんはすっかり彼に手なずけられて尻尾を振っているというわけだ」(羽田訳)はなかなか上手い訳だ。
eat out of one's hand は「人の手から餌をもらう;人の言いなりになる」(ジーニアス英和大電子版)という意味。
12 テーブルを囲んで Round the Table
[月曜午後]
月曜日の検死審問後、私と Poirot は Raglan 警部と話をした。相変わらず、Ralph Paton の居場所がつかめていないようだ。
半時間後、Fernly Park の食堂で家族会議が開かれた。そこにいたのは、Mrs. Ackroyd、Flora、Blunt 少佐、
Raymond、Poirot、私だった。Poirot は、Flora に Ralph Paton がどこにいるのか教えてくれと頼んだが、
彼女は全く知らないと言う。しかし、Flora は、Ralph との婚約を明日発表すると言い出す。それに対し、
Poirot は発表を少なくとも2日延期するよう頼み、Flora はそれを受け容れる。最後に Poirot は、
必ず真実を突き止めると演説をぶち、ここにいる全員が何かを隠しているはずだと言うが、それに対する応答は無かった。
- shell shock (p.186)
- 今で言えば、戦争による PTSD (Post-Traumatic Stress Disorder)。
第一次世界大戦後には shell shock(直訳すれば「砲弾ショック」)と呼ばれていたようだ。羽田訳では、
「戦争神経症」の訳語が採用されているが、それと直接対応する war neurosis という単語も存在する。
そのほかにも同じような意味で、combat disorder、combat fatigure、battle fatigue、soldier's heart といった
単語がある。
- この小説とは関係ないけど、今朝ちょうど
戦争による PTSD と家庭内暴力の関係に関する記事を読んだ。戦争の傷は、戦争が終わっても長く癒えることが無い。
13 ガチョウの羽根 The Goose Quill
[月曜夜]
その夜、私は Poirot の家で彼と話をした。Poirot の推理によれば、私が当日 9 時に屋敷を出たところで会った
見知らぬ男は、アメリカかカナダ出身のヘロイン常習者だということだ。Poirot が東屋で拾った中空の羽軸は、
ヘロイン粉末を入れるためのものだった。Poirot はさらに、Ralph Paton に Roger Ackroyd を殺す動機が3つも
あることが、彼が無実だと信じる理由だと言った。3つとは (1) Ferrars 夫人を脅迫していたのが Ralph だった
かもしれないこと (2) Ralph には継父の耳には入れてはいけない秘密があったらしいこと (3) Roger が死ねば
Ralph は莫大な遺産を受け取ること、である。
- heroin 'snow' (p.195)
- snow は、粉末コカインもしくはヘロインの俗語(ジーニアス英和大電子版)。いわゆる「白い粉」である。
この後、Dr. Sheppard が diamorphine hydrochloride(塩酸ジアセチルモルヒネ)と言い換えている。
正確に言えば、モルヒネをアセチル化した diamorphine(ジアセチルモルヒネ)がヘロインのことで、
それを塩酸化したものが
塩酸ジアセチルモルヒネ(ヘロイン塩酸塩)である。なお、塩酸塩化は、化合物を
安定にして水溶性を高めるための常套手段らしい。もともとヘロインは、鎮咳薬として
モルヒネをアセチル化することで
中毒性を下げようとして開発されたものだが、依存性、中毒性が極めて高いことがわかったもののようである。
- アメリカでは、歴史上たびたびオピオイド等の薬物の乱用が社会問題化している。
本小説で出てくる中毒者がカナダに行っていたという設定である(ことが後で明かされる)のもそうした背景があるのだろう。
本小説が出版された1920 年代にもアメリカではヘロイン中毒が社会問題化し、1924 年には
ヘロインの製造が事実上禁止された。
14 セシル・アクロイド夫人 Mrs. Ackroyd
[火曜午前]
火曜朝、Mrs. Ackroyd から往診の依頼があったので、すぐに行った。実際は、今まで隠していたことを
言うから Poirot に伝えてほしいということだった。一つは、夫人は借金をしたくて、その返済対策のために
Roger の遺書を盗み見ようとして、金曜午後 Roger の書斎に行ったものの、メイドの Ursula Bourne が
入って来て失敗したことだった。二つ目は、金曜夜、応接室の silver table を開け放したまま
こっそり出て行ったことでだった。夫人は、テーブルの中の銀器をくすねようとしていた。ところが、
テラスから Miss Russel が入ってきそうになったので、慌てて部屋を出たのだった。
家に帰ると、Caroline が Poirot から Ralph Paton がホテルではいていた boots の色を調べてくれるように
頼まれたという。Caroline は自分の情報網を使って、それを黒だと突き止めた。
- Punch (p.210)
- Punch
は、イギリスの風刺週刊誌。1841 年創刊、1992 年廃刊。1996 年に復活したが、2002 年再び廃刊。
15 ジェフリー・レイモンド Geoffrey Raymond
[火曜午後]
午後、私は隣家に Poirot を訪ねた。Mrs. Ackroyd から聞いた話と Caroline からの情報を伝えた。
その後、Geoffrey Raymond が入って来て、借金があることを告白した。だから、遺産が 500 ポンド入って
助かったと。ただし、Roger 殺害推定時刻には、彼は Blunt 少佐とともにビリヤード室にいた。
その後 Poirot が Fernly Park で少し実験をすると言うので、私もついて行ってみた。
Flora が Roger の部屋から出たとき、執事の Parker に出くわした場面の再現だ。
その実験の意味は、私にはわからなかった。
- As I say, it's nothing of consequence -- just this. I was in debt -- badly,
and that legacy came in the nick of time. (p.222)
- 「今いったようにたいしたことじゃありません―ただ、借金をしてるんです―かなりの額の。
そこに、折よく遺産が入ってきた。」(羽田訳)。of consequence は「重要な」、
in the nick of time は「間に合って、ちょうどよい時に」(ジーニアス英和大電子版)という意味の熟語。
有能な秘書らしく、簡潔に言いたいことを述べている。
16 麻雀の夕べ An Evening at Mah Jong
[火曜夜]
その夜、Miss Gannett、Carter 大佐、Caroline と私 (Dr. James Sheppard) の4人で麻雀をした。
事件についてもいろいろ話をした。Caroline は、Ralph Paton は Cranchester にいるんじゃないかと言う。
Miss Gannett は、今日午後 Poirot が Cranchester から車で帰ってくるのを見たと言う。
私は、Poirot が池で拾った結婚指輪の話をした。皆で R の文字が何の略か当て推量をした。
Ralph 説、Roger 説、Raymond 説が出た。
寝る前、Caroline は私に、Flora Ackroyd は Ralph Paton を全く愛していない、と言った。
- 麻雀 [麻将, mahjong] (p.229)
-
麻雀は 20 世紀初頭に欧米に広まったようなので、本小説が書かれた頃には新奇なゲームであったと
思われる。
- The colonel gave me the look which might be tabulated "one man of the world to another" (p.230)
- 「大佐は「お互い、世情に通じてますからな」という目つきでわたしを見た。」(羽田訳)。
man of the world は「世慣れた人、世事に通じた人」(リーダーズ英和電子版)という意味。
tabulate (v.t.) にはどんな辞書を見ても基本的には「表にする」という意味しかないので、
ここでは比喩的に使われているとしか思えないが、日本語で言えば「~と顔に書いてあった」というくらいのことだろうか。
「大佐の顔には、「お互い世慣れていますからね」と書いてあった。」(拙訳)
17 パーカー Parker
[水曜昼]
翌日 11 時に Mrs. Ferrars と Roger Ackroyd の合同葬儀が行われた。
正午、Poirot がからまつ荘で Parker を尋問した。私も同席した。Poirot は、Parker が
前の主人の Ellerby 少佐を強請っていたと言い当て、Parker を震え上がらせた。
Parker は、金曜日、脅迫という言葉を聞いて Roger Ackroyd の書斎の前で立ち聞きをしようとしたことを
白状した。でも邪魔が入って、あまり立ち聞きできなかったと言った。
その後、Poirot と私は Hammond 弁護士を訪ねた。Hammond 弁護士は Mrs. Ferrars の顧問弁護士でも
あったので、Poirot は彼に Mrs. Ferrars のお金の流れについて尋ねた。彼女は2万ポンドの有価証券を
売却したが使途は不明ということだったので、脅迫の件はやはり本当らしかった。ただし、脅迫したのは
Parker ではないことがはっきりした。Parker の通帳にはそんなにお金は入っていなかった。
その後、私は Poirot を家での昼食に誘った。Caroline は、殺害のチャンスがあったのは Ralph Paton
と Flora Ackroyd だと推理できるが、Ralph が犯人だとは信じられないと言った。
- All my excuses for having deranged you. (p.253)
- 「錯乱させて、申し訳ありませんでした」(羽田訳)と Poirot が言って、Dr. Sheppard が
deranged ではなくて disturbed が正しい英語だと訂正する。Poirot の言葉は、
フランス語の Excusez-moi de vous avoir dérangé. の直訳である。つまり、
フランス訛りの英語なのだが、和訳でそれを分からせるのは難しい。
18 チャールズ・ケント Charles Kent
[水曜午後]
事件の日の 9 時に私が会った見知らぬ人物が Liverpool で捕まったというので、
Poirot、Raglan 警部と私は Liverpool に向かった。会ってみると、麻薬の常習でやつれた若者だった。
彼は、確かに Fernly Park には行ったが、9 時 45 分には "the Dog and Whistle" という酒場にいたと言う。
彼の名前は Charles Kent と言い、Kent 州出身ということだった。
- you little foreign cock duck (p.265)
- 「ちびの外人野郎」(羽田訳)。cock duck の文字通りの意味は「雄のアヒル」。イギリスの俗語では、
cock も duck も親しみを持った呼びかけに使うこともあるようだ。とはいえ、you little foreign が
付いているところを見ると、悪態ではあるのだろう。ただし、この表現がユーモラスだと書いてあるネット記事もあるところを見ると、たぶん、
これは正統的な悪態ではないのだろう。
19 フローラ・アクロイド Flora Ackroyd
[木曜朝]
私は Raglan 警部から Charles Kent のアリバイの裏が取れたと聞かされた。警部が Poirot にもそのことを話すと、
まだ完全にアリバイが証明されたわけではない、と Poirot は言った。Poirot は、Flora Ackroyd の証言を疑っていた。
そこで、Raglan 警部、Poirot と私は、Fernly Park に行って Flora に話を聞くことにした。そこには
Blunt 少佐もいた。Poirot が端的に "You took the money, did you not?" と聞くと、Flora はそうだと
告白した。彼女は良心の呵責に苦しんでいたのだった。彼女はお金に困っていて、Roger の寝室からお金を盗み、
階段を降りたところで Parker が来るのに気付いて、Roger の書斎から出てきたところだというふりをしたのだった。
告白の後、Flora は、部屋を飛び出す。これで、Roger の殺害時刻が 9 時 45 分以前であった可能性が出てきた。
Poirot は、Flora と Blunt 少佐が相思相愛であるにもかかわらずお互いに言えていないことに気付き、Blunt 少佐に告白を促す。
- Like one of those Danish plays (p.282)
- これは Hamlet のことだろう。
- the fool in love (p.283)
- 「恋に落ちた愚か者」(羽田訳)。この言い回しはよくあるものらしく、google 検索をすると
"the fool in love" で 199,000 件、"fool in love" で 816,000 件引っかかる。
20 ミス・ラッセル Miss Russell
[木曜午前]
私は、家に帰って診察を終えると、趣味の機械いじりをするのに作業場 (workshop) に行った。
すると、Poirot がやって来た。彼は、Miss Russell を診察室に呼んだと言う。
それから、明日の朝刊に Ralph Paton が Liverpool で捕まったというフェイク記事を出すと言う。
Miss Russell が来たので、Poirot と私は診察室に行った。Poirot は、Roger Ackroyd が 9 時 45 分よりも
前に殺されていた可能性があると言い、Charles Kent も容疑者となりうると説明した。
すると、Miss Russell は激しく動揺し、本当のことを話した。Charles Kent は自分の息子で、
金曜日には自分に会いに来たのだと言った。応接室で Dr. Sheppard に会ったのは、東屋にメモ書きを置いて
戻ってきたところだったから。Charles には 9 時 10 分に会いに行き、お金を渡した。Charles は 9 時 20 分
から 25 分の間に帰り、自分は 9 時半に屋敷に戻ったということだった。
- I am rather proud of the homemade wireless set I turned out. (p.285)
- 「自分で作ったラジオはわたしの自慢である」(羽田訳)。ラジオのことをイギリスでは昔 wireless と言ったらしい。
turn out は「(物)を生産する、作り出す」(ジーニアス英和大電子版)。
- "Decidedly," said Poirot, "you should be an inventor by trade, not a doctor." (p.289)
- 「まちがいなく、あなたは医者ではなく発明家を職業にするべきでしたね」(羽田訳)。
trade は、この場合「(主に手を使う)職業、仕事」(ジーニアス英和大電子版)。
21 新聞の記事 The Paragraph in the Paper
[木曜午後]
Caroline の話だと、今朝早く Poirot の家(からまつ荘)に誰か男が入って行ったという。
Poirot がやってきて、自分の家で会合を開きたいから、Mrs. Ackroyd、Flora、Blunt 少佐、Raymond を
呼んできてほしいと私に頼んだ。Mrs. Ackroyd に言いに行くと、彼女はひとしきり Flora と Blunt 少佐が
婚約して良かったという話をした。そして、Mrs. Ackroyd が会合のことを皆に伝えることになった。
私と Poirot が私の家に戻ると Ursula Bourne が来ていた。彼女は泣いていた。Poirot は、
彼女が Ralph Paton の妻だと言い当てた。
- Crippen (p.299)
- Dr. Crippen は、妻を殺して北米大陸に逃げようとしたが、
無線電信のおかげで捕まったということで有名らしい。事件が起きたのは 1910 年前半だから、
Christie が 19 歳だったころということで、記憶に残っていたのだろう。
22 アーシュラの話 Ursula' Story
[木曜午後]
Ursula は、Ralph Paton が捕まったという新聞記事を見て Poirot に助けを求めたのだった。
Ursula は、Poirot、私、Caroline の前で本当のことを語り始める。Ursula は、
良家 (gentlefolk) だったが貧しい7人家族で育った。私が日曜に会いに行った Mrs. Folliott は Ursula の姉だった。
Ursula は、Fernly Park のメイドになって、Ralph Paton と恋愛関係になり、やがて秘密裏に結婚した。
Ralph は借金で首が回らなかったので、Roger が言ってきた Flora との結婚話を受け入れたふりをした。
Roger が婚約発表を決めたので、Ursula は Ralph を呼び出して森で詰問した。金曜日に Caroline が
立ち聞きしたのはこの話だった。金曜その後、Ursula は Roger Ackroyd に真実を話し、仕事を辞めることになった。
その夜 9 時半過ぎ、Ursula と Ralph は東屋で会って喧嘩をし、10 分くらいで別れた。
- As for that husband of yours, I don't think much of him, and I tell you so candidly.
Running away and leaving you to face the music. (p.316)
- Caroline が Ursula を励ます言葉。「ご主人のことは、はっきりいわせてもらうと、
たいした男じゃないわね。逃げ出して、あなたにだけ辛い目にあわせるなんて」(羽田訳)。
candid は「率直な、遠慮のない」(ジーニアス英和大電子版)。語源はラテン語の candidum(白い、純粋な、率直な)で、さらにその元は
candere(光る)である。したがって、candle(ろうそく)やバーンスタインのオペレッタ『Candide』ともつながりがある言葉である。
think much [highly] of sth/sb は「~を重んじる、高く評価する」(ジーニアス英和大電子版)。
face the music は「招いた結果をいさぎよく受けとめる、困難に立ち向う、非難をまともに受けとめる」(プログレッシブ英和中)。
23 ポアロの小さな集まり Poirot's Little Reunion
[木曜午後~夜]
私は Poirot に今書いている手記の 20 章分を見せた。読み終わった後、彼は「感心しました
―先生の謙虚さには!」と感想を述べた。
夜 9 時になって、からまつ荘に Poirot、私、Ursula、Mrs. Ackroyd、Flora Ackroyd、Blunt 少佐、
Geoffrey Raymond が集まった。Poirot が真相を話し始める。まず、あの夜、東屋で会っていた2組の男女が
いたことを明らかにする。次に Poirot は、9 時半に Roger Ackroyd と一緒にいた人がいたのか、と問う。
そのとき Raymond が耳にしていた言葉は、口述筆記をさせているような調子だっと Poirot は指摘する。
さらに Poirot は、前の週に Roger が dictaphone(録音機)を買ったことを指摘する。そこで、
Raymond は、Roger は 9 時半には dictaphone に向かって話していたのだと納得した。
Poirot は、Ralph Paton を部屋に迎え入れる。
- They're getting to look blacker and blacker against Ralph Paton (p.320)
- 「ますます、ラルフ・ペイトンに不利になってきましたね」(羽田訳)。they は things(ものごと)を受けている。
不利になるということを言うのに getting blaker という表現を使うのだなと知ったのでメモした。
24 ラルフ・ペイトンの話 Ralph Paton's Story
[木曜夜]
Poirot は次の事実を明かした。Dr. Sheppard (私) は金曜の晩に Ralph Paton を精神障碍者のための
療養所に匿った。Poirot は昨日の朝、彼を自宅に連れ戻したのだった。
Poirot は、殺人犯はここにおり、明日朝、真相を Raglan 警部に伝えると宣言する。
- do a bunk (p.338)
- 「((英略式))(疑いをかけられて)ずらかる、逃亡する」(ジーニアス英和大電子版)。
25 すべての真相 The Whole Truth
[木曜夜]
他の人々が帰って、私は Poirot と二人きりになった。Poirot が推理の道筋を説明した。
その結論として、Poirot は殺人犯を指摘する。
- crepe rubber (p.349)
- 靴底によく使われる、皺のよったゴム。
26 そして真実があるだけ And Nothing but the Truth
[木曜夜]
Poirot は、Roger Ackroyd は 9 時 10 分前よりも前に殺害され、9 時 10 分前と 9 時の間に
窓枠に足跡が残されたという推理を述べた。そして私が受けた電話は、私が患者にかけさせたもので、
電話の話の内容は Roger とは何の関係もないものだったという証拠を突き付けた。Poirot は私に
手記を完成することを勧め、私は帰ることになった。
- reticence (p.355)
- 「思っていることや考えていることを自由に口にしたがらないこと、沈黙を保つこと、
寡黙であったり控えめに話す性質もしくは状態、そうした事例」(OED)。rétəsəns と発音する。
フランス語にも réticence という語があり、この場面にはよりふさわしい「わざと言わずに
おくこと」(クラウン仏和)という意味がある。したがって、Poirot は「これまでのような
控えめな表現はなさらないように」(羽田訳)というよりも直接的に「これまでのように
わざと隠したりはなさらずに」(拙訳)と言っているつもりかもしれない。この語は、
「23 ポアロの小さな集まり」で、Poirot が Dr. Sheppard の手記を読んだ後の感想として
"I congratulate you — on your modesty! And on your reticence" と言ったところでも
用いられており、英語の「控えめ」とフランス語の「故意の沈黙」とのダブルミーニングだと
とらえるのも面白い。
27 弁明 Apologia
[金曜朝]
私は夜通しかけて手記を書き終えた。自分に対してももはや同情はない。ヴェロナールを使おう。
- I hadn't reckoned with the trained-servant complex (p.359)
- 「わたしは訓練された使用人の職業意識を考慮に入れていなかった」(羽田訳)。
reckon with は「~を(手ごわいものとして)考慮に入れる」(ジーニアス英和大電子版)。
complex は「感情複合体《互いの関連した情緒を伴う無意識的な観念の集合》」(ジーニアス英和大電子版)。
日本語で日常的に使う「コンプレックス」は、complex のうち
「劣等コンプレックス(アドラーの用語)」のこと。