題名からすると楽しげな小説かと思うと、さにあらず。序文によると、作者の義兄が、最近の作品は
洗練され過ぎているから「思いきり兇暴な殺人」をリクエストしたいと言ってきたので、それに応えたものらしい。
クリスマスなのに、最初から不穏な空気が漂う小説となっている。とはいえ、クリスマスらしく、
トリックにはおもちゃが使われているし、事件が解決した後は、明るい未来を予感させるエンディングとなっている。
それで、最後のところは楽しいクリスマスストーリーになっている。クリスティーの黄金期の腕が発揮されている。
真相究明の方は、登場人物のうちの3名が自らの出自を欺き、他の数名が小さな嘘をいろいろついているせいで、
解決困難な状態になっている。Poirot は、得意の心理的・遺伝的な分析を駆使して見事に真相に到達する。
真相がわかってみると、最初からいろいろなところに伏線が埋め込まれていたことが分かり、Christie らしい
叙述の繊細さが分かる。
3つの組が意識的に使われていると見られるところがあるのも興味深い。引用がある『マクベス』にも
3人の魔女が出てくる。
- Simeon の既婚の息子とその妻の夫婦が3組。
- Simeon の独身の息子が3人。彼らが誰であるかは Poirot が真相を暴くまでわからない。クリスマスの物語であることと
遠くからやって来ることから、東方の三博士を強く連想させる。
- three nymphs 3人のニンフ像。三美神はよく西洋美術の題材になっている。本小説では Stephen は最初
三体あると思ったが、昼間ちゃんと見直すと二体だったということが謎を解くカギの一つとなっている。
ディケンズ『クリスマス・キャロル』との関係
紙の文庫版巻末解説(霞 流一)で指摘されている通り、
ディケンズの『クリスマス・キャロル』と重ね合わせて読むという読み方も面白い。
意地悪な Simeon Lee 老人が『クリスマス・キャロル』の Scrooge 爺さんを彷彿とさせるというわけである。
そう言われて実際『クリスマス・キャロル』を読んでみると、解説が指摘している以外でも著者が『クリスマス・キャロル』を
意識していたと思われる節がある。そう考えると、本小説は「Hercule Poirot の『クリスマス・キャロル』」と読むことができる。
『クリスマス・キャロル』と本作品で対比できそうな点を以下にまとめておく。
- 全体の話の流れの類似性。『クリスマス・キャロル』は、ひねくれ者で守銭奴の Scrooge の叙述からから始まり、
改心した Scrooge による明るい未来への期待で終わる。本小説は、ひねくれ者で大金持ちの Simeon Lee が引き起こす
Lee 一家の不穏な空気の叙述からから始まり、事件解決による明るい未来への期待で終わる。
- Scrooge の下の名前は Ebenezer で、Stephen Farr の父親の名前も Ebenezer である。
- Ebenezer Scrooge と一緒に仕事をしていたのは Jacob Marley だが、「創世記」において
Simeon は Jacob の子である。
- Scrooge はクリスマス・イブに募金を求めに来た人を追い返すが、Simeon Lee はクリスマス・イブに
寄付集めということで来た Sugden 警視を迎え入れる。
- 謎解きの場面で Poirot が亡霊 (ghost、村上訳では「幽霊」) を見たと言っている場面がある。
曰く The very first night I was here -- the night of the murder -- I saw a ghost. It was the ghost of the dead man. (第 6 部 7)。
この故人を思わせる人=故 Simeon に似た人は Harry Lee を指している。
一方、『クリスマス・キャロル』にも Jacob Marley の亡霊 (Marley's ghost) が出てくる。
本小説の舞台の屋敷の名前 Gorston Hall も ghost に通じるのかもしれない。なお、霞は、故 Simeon に似た人3人が
『クリスマス・キャロル』の精霊 (spirits) 3人に対応すると見ているが、その対応はあまり良くないと思う。
- Harry を亡霊 (ghost) に見立てるとして、Poirot がそれを見たのは 12 月 24 日のクリスマス・イブで、
Scrooge が Marley's ghost を見たのと同じ日である。Scrooge は、それから毎晩一人ずつの精霊 (spirits) と会って改心する。
『クリスマス・キャロル』では、実際は一晩のうちに亡霊と精霊たちに会って、Scrooge はクリスマスには改心している
ことになっているのだが、もし本当に一晩に一人ずつ会っていたとすると、改心しているのは 28 日である。
これは本小説の終わりまでの時間経過と一緒である。
- 上記のような日程的な対応を付けるとすれば、25 日は過去の精霊、26 日は現在の精霊、27 日は未来の精霊と会う日である。
本作品では日ごとにそれほどの対比があるわけではないが、あえて言えば、それぞれの日に Simeon の過去、現在、未来と
対応することが書かれていると言えなくもない。25 日は、Sugden 警視が Simeon Lee の「過去」に関して重要な発言をしている。
He had a bad reputation with women (女の問題では評判が良くありませんでした [村上訳])以下と
he was proud, too, proud as Lucifer(彼はそういう自分に誇りを持っていました、魔王のごとき誇りを [村上訳])である。
真相がわかってから読むと、これが伏線として重要だということが分かる。26 日の「現在」は、はっきりしないが、
24 日午後に Simeon が Magdalene に言った当てこすりの意味が分かったことだろうか。
27 日の「未来」は、Simeon の遺言書と対応していると解釈できる。
- 『クリスマス・キャロル』第1節には Saint Dunstan が悪魔の鼻を「やっとこ」のようなものでひねるという伝説への
言及がある。これは、本小説の第3部 7 で述べられている推理で、犯人が Simon Lee の部屋の鍵を内から挿したまま
外からやっとこ (pliers) のようなもので回して閉めたということを連想させる。
登場人物のまとめ
Gorston Hall に集う Lee 家の人々
登場人物が多過ぎて覚えきれないので表にまとめておく。
名前 | 人となり |
Simeon Lee | Gorston Hall の主の老人。大金持ち。 |
Alfred Lee | Simeon の息子。Gorston Hall に住んでいる。中年でがっしりしている。穏やかな話しぶり。 |
Lydia Lee | Alfred の妻。痩せていて精力的。 |
George Lee | Alfred の弟。国会議員。41 歳で肥満気味。 |
Magdalene Lee | George の若い妻(20歳年下)。痩せ型でプラチナブロンドの髪。 |
David Lee | Alfred の弟。画家。青い目。華奢で神経質。 |
Hilda Lee | David の妻。ずんぐりした中年女。 |
Harry Lee | Alfred の弟。放蕩息子。大男。 |
Miss Pilar Estravados | Alfred の妹の亡き Jennifer の娘。スペインから来た。黒髪で、瞳も黒い。 |
Stephen Farr | 40 歳の男。老 Simeon の友人 Ebenezer Farr の息子。南アフリカからやってきた。肌は日焼けしていて、肩幅が広い。 |
Edward Tressilian | 執事 (butler)。 |
Sydney Horbury | Simeon の付添従僕 (valet attendant)。色黒。1年くらい前から雇われている。 |
Walter Champion | 給仕 (footman)。 |
Emily Reeves | 料理人 (cook)。 |
Queenie Jones | 台所女中 (kitchenmaid)。 |
Gladys Spent | 女中頭 (head housemaid)。 |
Grace Best | 次席女中 (second housemaid)。 |
Beatrice Moscombe | 第三女中 (third housemaid)。 |
Joan Kench | betweenmaid (村上訳では「女中見習い」。リーダーズ英和電子版では「料理人と家事担当の両方を手伝う女中」。)。最近雇われた。 |
Superintendent Sugden | 警視。大柄でハンサム。 |
あらすじと英語・翻訳・文化的背景メモ
以下、ページ番号は、kindle 版クリスティー文庫 (全 376 ページ) に基づく。ネタバレあり。
第1部 12 月 22 日
1 南アフリカからやってきた Stephen Farr 登場。列車に乗る。彼はラテン系の娘に目を留める。
2 Stephen が娘に声を掛ける。娘の名は Pilar Estravados で、スペインから来ていた。彼女は親戚を訪ねて
Gorston Hall に行く途中だった。
3 Gorston Hall の客間では Alfred Lee が妻の Lydia になじられていた。Lydia は、Alfred が父親に
頭が上がらないのが気に入らなかった。Lydia は義父が嫌いだった。ひとしきり言い終わると、Lydia は庭に出て
箱庭作りを始めた。
4 David が父親からの招待状を前にして妻の Hilda と話している。David は父親を嫌悪しており、
亡き母親にしきりに同情している。David は Gorston Hall に行くのをためらっているが、Hilda に
過去との訣別のためにも行くように励まされる。
5 George は妻の Magdalene と Gorston Hall に行くことにする。
6 Simeon Lee が自分の書斎で Alfred と Lydia に対してクリスマスには息子夫婦全員と孫娘を呼んでいると告げる。
さらに孫娘の Pilar には Gorston Hall で暮らさせると言う。
- raw-hide suitcase (p.11)
- raw-hide は日本語では「生皮(きかわ)」と言い、鞣(なめ)していない皮のことだそうである。
スーツケースだとこんな外観になるようである。
- I want you to go and lay the bogy once and for all (p.44)
- Hilda が、過去の苦い思い出に別れを告げるために実家に行くよう David を励ましている言葉。
「そしてお帰りになって、化け物もこれきりにしてほしいですわ」(村上訳)。
bogy は bogey とも綴り、
「お化け」とか「こわいもの、人を悩ませるもの」とかいった意味(ジーニアス英和大電子版)。
- wash-leather bag (p.60)
- wash-leather は、カモシカの革に似せて作った山羊革のことで「セーム革、もみ革」
と『ジーニアス英和大電子版』には書いてあったが、辞書によって微妙に違う定義になっていて正確なところが
よくわからない。それを踏まえて、村上訳ではやや漠然と「柔皮の袋」としてあるのかもしれない。
バッグだとこんな外観になるようである。
第2部 12 月 23 日
1 Harry が 20 年ぶりに帰ってきた。客間には、すでに Pilar がいた。Harry と Pilar は初対面だった。
Lydia が入ってきた。Lydia と Harry も初対面だ。Alfred が入ってきた。Harry と Alfred は睨み合った。
2 Simeon が孫の Pilar に向かって、亡き妻 Adelaide や息子たちに対する不満を言っている。
Harry のような悪党が自分に一番似ていて良いと言う。Simeon は南アフリカにいたこともあると言う。
その時に手に入れたダイヤモンドの原石を懐かしげに Pilar に見せる。
3 David は、昔母親がよくいた部屋で母親を懐かしみ、Hilda にピアノを弾いて聞かせる。
4 Stephen Farr が Gorston Hall にやって来る。
5 Simeon Lee は Stephen の来訪を喜び、Stephen にここでクリスマスを過ごすように誘う。
- a little screen of papier-mâché (p.70)
- papier-mâché は、
張り子用に使われる紙。papier は、フランス語で「紙」、mâcher は、フランス語で「噛む、咀嚼する」だから、
papier-mâché は直訳すると「噛まれた紙」である。日本語では「「混凝紙(こんくりがみ)」(「混凝」はコンクリートの意味)というのだそうだ。
a little screen of papier-mâché は「紙でつくった小さな熱よけ用の衝立」(村上訳)と訳されているが、「衝立」のように自立するものではなく
写真のような手持ち用の品である。
第3部 12 月 24 日
1 Simeon は Harry にこれからこの屋敷で暮らすように言う。Alfred はそれを聞いて蒼くなる。
2 Simeon が Charlton に遺書の書き換えを依頼する電話をしている時に、息子たち夫婦7名が入って来る。
Simeon は彼らを不快にさせるようなことばかり言うので、皆が不快になって退室する。
3 Sugden 警視が寄付金集めにやって来たので、Tressilian は老 Simeon の部屋に通す。Horbury は映画を見に出かける。
その後、皆が夕食を取る。食事が終わってしばらくしてから、階上で騒音と絶叫が聞こえた。皆が Simeon の部屋に行ってみると、
部屋の鍵が閉まっていた。ドアを破って中に入ると、Simeon Lee が血まみれで死んでいた。
4 Sugden 警視がやって来て、殺人現場を見る。Pilar が拾った何か小さなものを Sugden 警視が回収する。
5 Middleshire の警察本部長の Johnson 大佐と Hercule Poirot が暖炉の前で話をしている。
そこに Sugden 警視から Simeon Lee 殺害の連絡が入る。そこで二人は現場に向かう。
6~17 Johnson 大佐、Sugden 警視、Hercule Poirot が Gorston Hall の人々に事件について一人一人話を聞く場面である。
その日の夕方から夜の人々の行動でわかったことを以下、表にまとめておく。
人物 | 夕食前 | 夕食後、騒音と絶叫が聞こえたとき |
Sugden 警視 |
午後 5 時頃 Simeon Lee から電話を受けて、8 時に Gorston Hall を訪ねる。
名目は寄付金集めだったが、実際は Simeon にダイヤモンド原石の盗難の件を相談された。
9 時 15 分にもう一度来てくれと言われる。 |
9 時 15 分に戻って来てみると、騒音と絶叫が聞こえた。すると、Simeon が殺されていた。 |
Alfred Lee |
最後に Simeon と会ったのは、お茶の後。 |
Harry と食堂 (dining room) にいた。 |
Lydia Lee |
お茶の前に兄弟夫婦と一緒に Simeon と会う。 |
客間 (drawing room) にいた。 |
George Lee |
お茶の前に兄弟夫婦と一緒に Simeon と会う。そのとき、Simeon に手当を減らすと言われて狼狽する。 |
書斎 (study) で保守党の agent に電話をかけ終えたところだった。[翌日、Sugden 警視の捜査で、
電話をかけ終えてから騒音まで 10 分あったことがわかる。] |
Magdalene Lee |
お茶の前に兄弟夫婦と一緒に Simeon と会う。 |
書斎 (study) 電話をかけていた。[翌日、Sugden 警視の捜査で、Magdalene は電話をかけていないことが分かる。] |
David Lee |
お茶の前に兄弟夫婦と一緒に Simeon と会う。そのとき、Simeon が母親のことを悪く言ったので腹を立てる。 |
音楽室 (music room) でピアノで葬送行進曲を弾いていた。そこには Hilda もいた。 |
Hilda Lee |
お茶の前に兄弟夫婦と一緒に Simeon と会う。 |
夫と一緒に音楽室 (music room) にいた。 |
Harry Lee |
最後に Simeon と会ったのは、お茶の後、6 時ちょっと過ぎ。 |
Alfred と食堂 (dining room) にいた。 |
Pilar Estravados |
お茶の前に Lee 家兄弟夫婦と一緒に Simeon と会う。 |
2階の自分の部屋にいた。 |
Stephen Farr |
最後に Simeon と会ったのは、午前中。 |
舞踏室 (ballroom) のようなところでレコードをかけていた。 |
Sydney Horbury |
7 時半ごろ Simeon Lee の寝床の支度をする。8 時前に外出。その直前にコーヒー茶碗を割る。the Superb という映画館に映画を見に行く。 |
Doris Buckle という娘と映画鑑賞中。 |
- stir up a hornet's nest (p.87)
- 直訳は「スズメバチの巣をつつく」で、「大騒ぎや大混乱を起こす」という意味の成句。
- Hock or claret? (p.99)
- hock は
ドイツの白ワインで、とくにライン地方産のものを指すことがある。
claret は
ボルドーの赤ワインである。いずれもイギリス英語。
- port (p.101)
- port wine は
ポルトガルのポルト港から出荷される酒精強化ワイン。赤は食後酒として飲まれる。
- The mills of God grind slowly (p.105)
- The mills of God grind slowly (神の碾き臼はゆっくり回る)
という言い回しは古代ギリシャからあるようだ。weblio では「天網恢恢疎にして漏らさず」と訳されている。
比較的よく引用されるこれの変形バージョンとして Friedrich von Logau 作、Henry Wadsworth Longfellow 訳の
Though the mills of God grind slowly; Yet they grind exceeding small;
Though with patience He stands waiting, With exactness grinds He all.
がある。
- Who would have thought the old man to have had so much blood in him? (p.105)
- これは Macbeth 第5幕第1場からの引用。狂気のマクベス夫人の言葉。坪内逍遥訳 では「誰れだって、老人に如是(こんな)に澤山血があらうとは、思ひがけてやしない。」
- tantalus (p.108)
- 酒瓶台(村上訳)。
写真のような品物のようだ。
- Cartwright case (p.109)
- ポアロものの『
三幕の殺人』を指す。
- There is at Christmas time a great deal of hypocrisy, honourable hypocrisy,
hypocrisy undertaken pour le bon motif, c'est entendu, but nevertheless hypocrisy! (p.112)
- 「クリスマスの期間にはたくさんの偽善が―なるほど、それはよき動機からくわだてられた偽善、
尊敬すべき偽善かもしれないが―とにかく多くの偽善が行われるものです」(村上訳)。Poirot の名言である。
ただしフランス語混じりの変な英語になっている。pour le bon motif は「良い動機からの」、c'est entendu は
「なるほど~ではあるが」。
- Death of Sir Bartholomew Strange. Poisoning case. Nicotine. (p.116)
- これもポアロものの『
三幕の殺人』を指す。
- the good old parable (p.153)
- 聖書『ルカによる福音書』第15章にある放蕩息子の話のこと。
- the egg of the English curate (p.200)
- 村上訳注によれば「玉石混淆のもの」。ジーニアス英和大電子版によると、元は Punch 誌 (1895) の漫画で、
bishop から朝食で腐った卵を出された curate が parts of the egg are excellent と答えたところからできた成句。
というわけで、この場合は、いろいろな種類の嘘と本当が混ざっているということのようだ。
第4部 12 月 25 日
1 Magdalene が Poirot のところにやって来て、Pilar が殺人現場の床で何かを拾い上げていたと言う。
それは、Sugden 警視に取り上げられたのだという。
2 Sugden 警視が Poirot に裏付け捜査の報告をする。George が電話をかけていたのは、階上の絶叫や騒音を
聞く 10 分前だったことがわかり、Magdalene は電話をしていなかったことがわかる。
Sugden 警視は Poirot に Pilar が拾い上げたという小物も見せる。Sugden 警視は、これまでにわかったことから、
George 夫妻が怪しいと思っているようだ。Poirot は他のいろいろな可能性を示唆する。
3 Hilda が Poirot のところにやってきて、夫の David には精神的なトラウマがあるのだと説明する。
4 Lydia が Poirot のところにやってきて、夫の Alfred が Poirot に何か話したがっていると言う。
Poirot は、Lydia が作っている箱庭の小石に盗まれたダイヤモンド原石が混ざっていることに気付いた。
- spongebag (p.231)
- 洗面用具を入れる携帯用の袋。
- proud as Lucifer (p.247)
- 「魔王のように傲慢な」(ジーニアス英和大電子版)
第5部 12 月 26 日
1 Johnson 大佐、Sugden 警視、Hercule Poirot が事件について話し合っている。
Magdalene は、結婚前 Jones 海軍中佐と同棲していたことが分かる。
2 George Lee 夫妻に 24 日 9 時頃の行動を改めて問い質す。George は、電話をかけ終わってからの 10 分間、
もう一本電話をかけようか迷っていたという。Magdalene は、ある人に電話をかけたかったが、George に知られたく
なかったので、階段の後ろで George が書斎から出てくるのを待っていたという。
3 Poirot が客間で Lydia に声をかける。Poirot は Alfred から事件の徹底究明を依頼されたが、
それでよろしいかと Lydia に確認する。Lydia はそれを承認する。
4 音楽室で Pilar と Stephen Farr が話をしている。彼らが舞踏室に行く途中、Poirot に会う。
Poirot は Pilar にパスポートを Sugden 警視に渡すように言う。Pilar は、部屋にパスポートを取りに行くが、
窓から落としたということで今度は庭に出る。Poirot は Stephen を連れて Simeon の部屋に行き、そこで
叫び声を上げる実験をする。Pilar の部屋からは叫び声が聞こえないことを Sugden 警視が確認した。
5 Alfred が Poirot に事件究明を依頼する。Poirot は、Simeon の若い頃の肖像を自分の寝室にかけることを Alfred に依頼する。
Poirot は Alfred から Jennifer の夫 Juan Estravados の死の真相も聞き出す。Juan は、カフェで女を巡って喧嘩をして
相手の男を刺殺し、捕まって獄中で死んだことがわかる。
- All cats are grey in the dark (p.289)
- 16 世紀から用例のある諺で、状況によっては人や物を互いに区別する性質が重要でなくなるということ (OED 電子版)。
今の場面では、暗いところでは、廊下の alcove にある nymph 像が異様に見えないということを言っている。
第6部 12 月 27 日
1 検屍審問の後、Lee 一家は弁護士の Charlton 氏から遺書の内容を聞いた。Alfred が半分を相続し、
残り半分が残りの子供たちに分配されるというものだった。Pilar には何も遺されないということだった。
Lydia、Hilda、Harry は Pilar が Jennifer の分を受け取るべきだと主張した。George と Magdalene は
これに猛反対した。Alfred と David は妻に同調した。結局、George 以外の3人で Pilar の分は何とかする
ことになった。Magdalene が Poirot が買った紙包みの中身をこっそり覗く。それは、付け髭だった。
2 Stephen と Pilar が楽しげに話をしている。二人は風船遊びを始める。そこに Poirot がやって来る。
Pilar が何気なく言った「So that was what I picked up in Grandfather's room. He, too, had had a balloon,
only his was a pink one.」が Poirot が事件を解く一つのヒントになる。
3 Tressilian が Poirot に砲弾が一つ無くなっていると言う。Pilar は Alfred から遺産の受け取りについての
説明を受けるが、Pilar はなぜかそれを嫌がる。Sugden 警視が Poirot に電報を見せる。そこには、Ebenezer Farr
の一人息子は2年前に死んだと書かれていた。
4 Pilar は、遺産を受け取ることなしに屋敷からすぐに出て行くと言って客間から出る。ちょっとして、
悲鳴が聞こえた。部屋に入ろうとしたところ、砲弾が落ちてきたという。Pilar は、すんでのところで助かっていた。
Poirot は改めて Pilar に 24 日絶叫が聞こえた時にどこにいたのか問い質し、彼女が Simeon の部屋の近くにいたことを
明らかにする。
5 Stephen の本当の苗字は Grant で、Ebenezer Farr の息子ではないことが分かる。Pilar も本当は Pilar ではなく、
Pilar の知り合いに過ぎないことが分かる。そこで、Sugden 警視は Pilar が犯人だろうと言う。Poirot はそれに反対し、
Lee 兄弟とその妻たちの全員に犯人たりうる要素があると論じる。
6 Poirot は Simeon Lee の心理分析から始めて、事件の異常な点を指摘した後、これは
血の犯罪 (crime of blood) だと喝破する。24 日絶叫が聞こえたとき Simeon の部屋の前にいたのは Hilda だったと分かる。
7 Poirot が皆の前で真犯人を明かす。
- Yule log (p.317)
- 村上訳注の通り「クリスマス前夜に炉にたく大薪」のことだが、村上訳には2つ問題がある。
一つは、「ログ」が「ロック」になってしまっていることと、もう一つは、ここは食べ物の話をしているので、
ここで指しているのは薪ではなく、薪を模した
菓子の方である
ということが書かれていないことだ。菓子の方は、日本ではフランス語の bûche de Noël(直訳は
「クリスマスの薪」)として知られている。なお、Yule は、ゲルマン系の冬の祭りで、クリスマスに取り込まれてしまっているもの
のことのようである。
- I stabbed -- no stubbed -- the toe (p.320)
- 「つま先を刺したんで―いや、ぶつけたんです」(村上訳)。日本語だと分からなくなるが、
stab と stub が似た音の語であることがポイント。Poirot はそれを言い間違えたのである。
- She has too much irony in her nature. (p.348)
- 村上訳では「その上彼女の性質には偽装が多すぎます。」となっているが、「彼女の本質は、第一印象とは
だいぶん違います。」(拙訳)というくらいの方が良さそう。
- sodium citrate (p.361)
- クエン酸ナトリウム。クエン酸ナトリウムが血液の抗凝固剤になるのは有名な話らしい。ここでは、犯人が
殺害時刻を偽装するために用いている。
- dying pigs (p.362)
- 20 世紀初めには
ポピュラーなおもちゃだったらしい。ブタの形をしたゴム風船で、縮むときに瀕死の豚の鳴き声のような音を出す。
第7部 12 月 28 日
1 Pilar の本当の名前は Conchita Lopez であることがわかる。彼女は Stephen と結婚して南アフリカに行くことにする。
2 Harry はハワイに行くことにする。
3 Alfred と Lydia は Gorston Hall を売ることにする。
4 George と Magdalene が屋敷を去る。
5 Alfred と Lydia が仲睦まじく話している。
6 Johnson 大佐と Poirot が会話をする。
Suchet テレビドラマ版のあらすじとメモ
Suchet 版は第42話「ポワロのクリスマス (Hercule Poirot's Christmas)」(脚本 Clive Exton)。
話の大筋は原作に忠実である。以下、ネタバレしつつ原作との違いをまとめておく。
- 動機の強化。原作では、犯人は Simeon Lee の非嫡出子で、母を捨てた Simeon を恨んでいたということ以上には
動機が詳しく述べられていない。Suchet 版では、冒頭に 40 年前の出来事を置き、途中でときどき
犯人の母親である Stella de Zuigder (ステラ・ド・ザイフデル)を登場させることで、動機をはっきりさせている。
- 40 年前の 1896 年、Simeon は、南アフリカでダイヤモンドの採掘のパートナーであった Gerrit (ゲリット) を殺す。
そのとき、Simeon は Gerrit に肩を撃たれ、死にそうになるが、Stella に助けられる。
にもかかわらず、Simeon は、Stella とお腹の中の子供を残し、金を盗って去る。
- Poirot による犯人明かしは、Stella と犯人、Lee 一家、Japp 警部の前で行われる。
犯人が母親の Stella に別れを告げるとき、Stella は、We did well, Harold と息子に声をかける。
これで、母親が息子に憎しみを植え付けていたことが分かる。
原作では母親は出て来ないので、犯人は自ら I'm glad I did it! と言う。
- 登場人物の変更。いつものように、Japp 警部を登場させることと、長編なので登場人物を減らすことが行われている。
- 原作の Johnson 大佐の代わりに Japp 警部を登場させている。原作では、Johnson 大佐が Poirot を事件に巻き込むのだが、
Suchet 版では Poirot が Japp 警部を事件に巻き込む。最後に Poirot と Japp 警部がクリスマスプレゼントを
贈り合うというおめでたい展開にしてある。
- 原作の David と Hilda の夫婦が出て来ない。彼らの役割の一部は Alfred と Lydia の夫婦が担っている。騒音と
絶叫が聞こえた時、Simeon の部屋の前にいたのは、原作では Hilda だが、ドラマ版では Lydia。
- 原作の Stephen Farr が出て来ない。彼の役割の一部は Harry が担っている。最初に Pilar と同じ列車に乗っているのは、
原作では Stephen だが、テレビドラマ版では Harry。ドラマ版では、最後に Conchita Lopez と Harry は
一緒にパリに行くことになっている。原作では、Conchita は Stephen と南アフリカに行き、Harry はハワイに行く。
- Poirot 登場のタイミングと事件の日の前倒し。いつものドラマ版のように、Poirot を事件が起きる前から関係者に会わせている。
さらに、原作では Simeon 殺害事件をクリスマス・イブに持ってきているのに対して、テレビドラマ版では、事件解決をクリスマスの日に合わせている。
- 原作では、Poirot は Simeon 殺害の知らせを聞いてから事件にかかわりを持つのだが、テレビドラマ版では、
Simeon が Poirot に前もって命を狙われていると相談するという形で事件に関わり始める。
- 原作では、12 月 22 日に Pilar が列車で Gorston Hall に向かい、Harry は翌 23 日に現れ、Poirot は
さらにその翌日の 24 日に現れる。テレビドラマ版では、22 日に Pilar、Harry、Poirot を同じ列車に乗せ、
一緒に Gorston Hall に行かせている。
- さらにその勢いで Simeon 殺害事件もテレビドラマ版では、22 日に起こしている。原作では、24 日。
- 関係者への第1回の尋問が行われるのは、原作では事件当日の 24 日夜だが、ドラマ版では、事件の翌日の 23 日から翌 24 日にかけて。
原作は確かに 24 日夜にいろいろなことが詰め込まれ過ぎている感じがするから、この改変は首肯できる。
- 弁護士が Lee 一家に Simeon の遺書の話をするは、原作では 27 日、ドラマ版では、24 日。
- Poirot が真相を明かすのは、原作では 27 日、ドラマ版では、25 日。ドラマ版は、クリスマスに合わせたのだろう。
- ダイヤモンドの原石に関して。
- 原作では Simeon 老は、ダイヤモンドの原石をだいぶん前から自室の金庫に置いているが、ドラマ版では、21 日に
運び込まれる。
- ドラマ版では、ダイヤモンドの原石の箱が Magdalene の旅行鞄から見つかる。原作では、入れ物の袋は金庫の中にあった。
- 原石は Lydia の箱庭で見つかる。ただし、原作では「死海」の箱庭なのに対して、テレビドラマ版では「日本庭園」の箱庭である。
「死海」の箱庭というのが作りづらかったのではなかろうか。
- Pilar (Conchita Lopez) が殺されかける事件に関して。原作では、砲弾が部屋のドアから落ちる仕掛けで殺されかけるが、
仕掛けが失敗する。ドラマ版では、この仕掛けが実際は難しかったのか、犯人が直接 Pilar を杖のようなもので殴打して
怪我を負わせる。