Y の悲劇

著者Ellery Queen (初出時は Barnaby Ross)
訳者中村 有希
シリーズ創元推理文庫 M ク-1-2, 104 45
発行所東京創元社
刊行2022/08/19、版:2023/12/08(再版)
原題The Tragedy of Y
原出版社The Viking Press
原著刊行1932
入手福岡九大新町の九大伊都蔦屋書店で購入
読了2024/09/21
参考 web pages 訳者 web page

『Y の悲劇』は日本で特に評価の高い推理小説である。Wikipedia には、『Yの悲劇』日本語ページはあるのに、英語ページは存在しない (2024 年 8 月現在)。 若い頃(たぶん中高生の頃)に読んだはずで、何となく犯人と大まかなトリックは覚えていたが、筋は忘れていた。特に、最後の落ちの 付け方は全く覚えていなかったので、今回読んでみて衝撃的だった。しかし、こういう犯人だと、 こういう悲劇として終わらせるしかなかったのかもしれない。この衝撃の結末を覚えていなかったということは、 若い頃の私は Thumm 警視並みに鈍感だったのかもしれない。

最新の訳で読んでみることにした。この訳は誤訳が少なく、分かりづらいところは結構言葉を補ってある親切な良い訳だと思った。 ただし、下で見るように、精査すると、やや上品すぎる所が散見される。

巻末解説は、『ロリータ』と詰将棋で高名な若島正氏が書いている。この解説のおかげで、本書が『不思議の国のアリス』から インスパイアされたテーマが、言葉の変調から生まれるナンセンスであること知った。言葉がねじ曲がって現実化される ことでナンセンスが生まれる。それが『不思議の国のアリス』のナンセンスであり、本書で描かれる犯罪におけるナンセンスである。

曜日と日付からすると、事件の年として想定されているのは、出版年の 1932 年のようである。

各幕ごとのあらすじと英語等のメモ

Prologue

Scene 1 The Morgue, February 2, 9:30 PM

ニューヨーク湾で York Hatter の死体が発見された。検死の結果、自殺と断定された。

chaplain (p.22)
Thumm 警視が登場する場面で、Inspector Thumm of the New York Police Department, Homicide Squad, was fitting chaplain to York Hatter's rude funerary rites. 「ニューヨーク警察殺人課の Thumm 警視は、 この York Hatter の殺風景な葬式に誠にお似合いの司祭であった。」(拙訳)という文中に出てくる。
この chaplain に冠詞が付いていないのは「ある組織で一人しかいない地位が補語になるときは、 通常無冠詞になる。」という規則による。
chaplain は、「chapel 付きの牧師」という意味で、「施設付きの牧師」とか「従軍牧師」とかいう 意味でも使われる(Progressive 英和中辞典)。
chaplain は Chaplin と同じ発音なので、綴りを間違える人が時々いるらしい。chaplain の2番目の a は、発音からすると 余計な綴りである。この不思議な綴りの起源はフランス語の対応する語 chapelain を見ると分かる。フランス語では -ain の綴りはよくある。
chapel の関連語に a cappella がある。もともとイタリア語で「教会風に」という意味であり、それが 「無伴奏で」という意味に転じた。私は子供の頃「アカペラ」は「赤ペラ」というもともと日本語だと思っていた。

Scene 2 The Hatter House, Sunday, April 10, 2:30 PM

Hatter 家の頭のおかしな面々が読者に紹介される。一家は暴君である老 Emily Hatter が支配していた。 York と Emily には3人の子がいる。詩人の Barbara、プレイボーイの Conrad と快楽主義者の Jill だ。 それと Emily には先夫との間に生まれた盲聾唖の子 Louisa Campion がいる。Conrad には妻 Martha と子供 Jackie と Billy がいる。

ある日、Louisa が飲むはずだったエッグノッグをやんちゃ坊主の Jackie が一口飲んで苦しみ始めた。 エッグノッグには毒(ストリキニーネ)が入っていた。Emily が Jackie を吐かせたので、大事には至らなかったが、 一家は大騒ぎになった。

Mad Hatters (p.33)
Hatter 一家のイカレぶりを見て、某記者が Hatter 一家をこう名付けた。本文に書いてある通り 『不思議の国のアリス』のイカレた帽子屋 (mad hatter) を踏まえている。
『不思議の国のアリス』の帽子屋 (hatter) は、慣用表現 mad as a hatter を元に作られた キャラクターである。この慣用表現の語源には諸説あるらしい(その1その2)。

Act I

Scene 1 The Hamlet, Sunday, April 17, 12:30 PM

Thumm 警視がハムレット荘に Drury Lane を訪ね、Hatter 家の殺人未遂事件の相談をする。 しかし、手掛かりが少なすぎて、Drury Lane といえども犯人の見当が付かない。

buttress (p.59)
「(n.) 控え壁。(v.t.) …を控え壁で支える」(ジーニアス英和大電子版)。 控え壁とは、主壁に対して直角方向に突き出した壁で、主壁を補強するためのもの。
Mermaid Tavern (p.66)
Wikipedia によると、エリザベス朝時代 (16 世紀) のロンドンで、文人たちが集ったとされる居酒屋。 本小説では Shakespeare も集ったことになっているが、Wikipedia によると、その伝説は怪しいとのこと。
本小説では、Mermaid Tavern を再現した居酒屋がハムレット荘を囲む村の中にあって、 そこで Drury Lane は Thumm 警視の相談相手をする。

Scene 2 Louisa's Bedroom, Sunday, June 5, 10 AM

Drury Lane のもとに Thumm 警視から Hatter 家で事件との報せが届く。Drury Lane が駆け付けてみると、 老 Emily Hatter が殺害されていた。Emily はマンドリンで殴られて死んだようだった。しかし、なぜ犯人はもっと重い 鈍器を使わなかったのか、なぜ犯人はもっと力強く殴らなかったのかが不思議だった。Emily は高齢で心臓が弱かったので、 死んでしまったが、そうでなければ死ななかっただろう。

ベッドカバーから空の注射器が見つかった。Emily の遺体に針で刺された跡は無く、Louisa のために置いてあった 梨に針の跡があった。そこで、犯人は Louisa を毒殺しようとしたが、注射器を使っているところを Emily に 見つかって、Emily を殺してしまったのではないかと考えられた。

タイトルの日付 (p.82)
中村訳では「六月五日 日曜日 午前五時十分」になっているが、「六月五日 日曜日 午前十時」の誤り。
Dromio (p.84)
Drury Lane が運転手に付けた綽名だが、シェイクスピアの『間違いの喜劇』に出てくる双子の召使いの名前から取られている。
a frieze of a cornice at the roof (p.84)
中村訳の「屋根の下の蛇腹は彫刻におおわれ」は訳としては間違っていないが、私にはイメージできなかったので ネット検索してみた。 Art History Glossary を見ると、cornice は、壁と屋根の間にある装飾的な建材(繰形、mouldings)で作られた部分のことで、 frieze は、帯状の装飾的な浮彫や絵画などのことである。浮き彫り付きの cornice の例を 「 British Mouldings」というサイトで見ることができる。
Art History Glossary には、ギリシャ・ローマ・新古典建築における cornice と frieze の意味も書かれている。 柱と屋根の間にある entablature という部分を3つに分けて、下から順に architrave, frieze, cornice という。 本小説では、この意味ではない。
Es ist eine alte Geschichte, doch bleibt sie immer neu (p.100)
検死官の Dr Leo Schilling が引用した Heinrich Heine の詩の一節。「よくある古い話だが、 常に新鮮でもある」(中村訳)。詩のタイトルは、Ein Jüngling liebt ein Mädchen (青年が娘を愛す)で、失恋を詠った詩である。
a hypodermic, a syringe (p.106)
いずれも「注射器」の意味で用いられている。「注射器」に対応する最も普通の語は syringe だと思うが、 空の注射器が最初に見つかった場面の地の文では It was an empty hypodermic. と hypodermic の方が用いられている。
hypodermic は、語源的には hypo + dermic(下+皮膚の)だから、もともと「皮下の」という意味の形容詞である。 a hypodermic syringe(皮下注射器)の syringe が略されて、a hypodermic と名詞として使われるようになった。
本小説では、a hypodemic と a syringe は同じ意味で使われているようである。ただし、単に a syringe と言うと 先に針が付いていないものの可能性があるので、a hypodermic と言った方が先に針が付いている医療用のものだということが はっきりする。

Scene 3 The Library, Sunday, June 5, 11:10 AM

Drury Lane は、Lousa に母親の Emily が殺されたことを告げた。すると、Louisa は失神した。

Hatter 家の図書室で、Thumm 警視、Bruno 地方検事 (District Attorney)、Drury Lane が関係者の事情聴取を行う。 順に

  1. Barbara Hatter。Barbara は、前の晩は 2 時に帰宅していた。
  2. 使用人の Arbuckle 夫妻。前の晩 2 時、夫の George は Barbara のために玄関の鍵を開けた。その後夫妻は寝た。
  3. メイドの Virginia。
  4. Jill Hatter、顧問弁護士 (family lawyer) の Chester Bigelow、Conrad の共同経営者の John Gormly。 Jill は、前の晩夜遊びをして 5 時に帰宅。
  5. 看護師の Miss Smith。前の晩、果物鉢に梨は2個しかなかったが、今朝3個になっていたと証言する。 Miss Smith の注射器は盗まれておらず、注射器はおそらく実験室にあったものだろうと推測される。
  6. 家庭教師の Edgar Perry。
  7. Conrad Hatter と妻の Martha。Conrad は、前の晩、午前 1 時半に帰宅。凶器のマンドリンは、そのとき 図書室にあったという。現場にあった足跡は Conrad の部屋にあった白い靴と一致した。Conrad は、 昨夏以来それを履いていないと言う。
であった。

cesspool (p.119)
「汚水溜め、汚水槽」(ジーニアス英和大電子版)。Barbara Hatter が Drury Lane に "Are you probing into the cesspool of our private lives, too?" という言葉を投げる。私が訳してみると、「あなたも 私たちの私生活の肥溜めをつつきにいらしたのかしら」となる。中村訳はもっと上品に「あなたまで、 我が家が生き恥をさらすさまを覗きにいらっしゃいましたの?」と訳しているが、これだと Lane が blush した理由が少し分かりづらいと思う。
off-color (p.142)
「((米)) きわどい、いかがわしい、下品な」(ジーニアス英和大電子版)。中村訳では、Thumm 警視の言った "Did you hear or see anything off order (中略) ?" の off-color を「異常な」と訳し、 Jill がびっくりして聞き返して "Off-color?" と言った off-color を「いかがわしい」と訳し分けているが、 どっちも「いかがわしい」と訳して良かったのではないかと思う。Thumm 警視は、わざと性的な意味にもとれる off-color を使って、おかしな点は無かったかと聞いているのだから、日本語で言えば「いかがわしいことを 見聞きしませんでしたかな?」と訳してかまわないと思う。で、Jill が驚いて「いかがわしいですって?」 と聞き返したということで良さそう。
OED によると、off-color は、もともとは着色しているために価値の低いダイヤモンドを形容するのに使われた言葉である。 それが「普通と色が違っていて価値が低い」ことを一般に言うようになり、さらに「不健康な、欠陥のある、 故障した」「趣味の悪い、不適切な、いかがわしい、淫らな」と拡張されたものだそうだ。

Scene 4 Louisa's Bedroom, Sunday, June 5, 12:50 AM

Louisa が警察に話しておきたいことがあると言うので、Thumm 警視、Bruno 地方検事、Drury Lane は Louisa の寝室に行く。 Louisa は、盲聾唖であったが、触覚と嗅覚は鋭敏だった。彼女によれば、犯人の肌はすべすべで柔らかかった。 そして、バニラの香りがした。

そこで、皆で家中バニラの香りがするものを探したが、無かった。台所のバニラ・エッセンスは3日前から ちょうど切らしていて、新しいのは届いたばかりで封も切っていなかった。

mutter, murmur (p.170)
英語には「呟く」という意味で、mutter, mumble, murmur という似たような単語があるが、 このうち mutter には不平不満や怒りがこもっている。日本語にすると「ぶつくさ呟く」という 感じであろう。murmur は、ごく小さな声で言うことで、場合によっては口だけ動かして声を出していない くらいのときもある。mumble は、発音が不明瞭で他の人に聞き取れないことに重点がある語。 [YouTube Tutor Nick P Lesson (84) The Difference Between Mutter , Grumble , Mumble & Murmur]
You bet your sweet life it helps (p.192)
「必ず役に立ちます」(中村訳)。You bet your (sweet) life ... は「必ず」という意味の成句である。 Louisa が自分の証言を役に立ててほしくて、必死で自分の証言は役に立つのかと聞いてきているのに、 「必ず」をたとえば certainly などと一語で表現するのではちょっとつれない。そういうときに you bet your sweet life の方が暖かい気がする。日本語にすると「必ず」の一語になってしまうのが ちょっと残念である。

Scene 5 The Laboratory, Sunday, June 5, 2:30 PM

Dr Schilling による分析の結果、梨に注射された毒は、塩化第二水銀だと分かった。

Thumm 警視、Bruno 地方検事、Drury Lane の3人は実験室を調べることにした。まず気付いたことは、人が最近 何度も実験室に入った痕跡があるにもかかわらず、入口の扉は何カ月も開けられていないように見えることだった。 犯人は、煙突から暖炉を通って侵入したのかもしれなかった。犯人の足跡はすべて注意深く踏み消されていた。 薬品棚には薬品がきれいに整理されて並んでいた。毒物も数多くあり、第一の殺人未遂で使われたストリキニーネも、 第二の殺人未遂で使われた塩化第二水銀もここから盗まれたもののようだった。第二の殺人未遂で使われた 注射器と注射針もこの部屋から盗まれたものだった。

bichloride of mercury (p.209)
Hg Cl2
中村訳では「塩化第二水銀」となっている。しかし、mercury bichloride もしくは mercury dichloride に直接対応する 日本語は「二塩化水銀」である。ネット検索してみると「二塩化水銀」より「塩化第二水銀」のほうが用例が多そうであるが、 「二塩化水銀」のほうが正式な命名規則に即している。
今では正式には第一、第二とはあまり言わないようになっている。英語で塩化第一水銀 (Hg2 Cl2) に対応する語は mercurous chloride、塩化第二水銀に対応する語は mercuric chloride である。
もう一つの正式な命名規則はストック方式と呼ばれるもので、酸化数を付して、「塩化水銀(I)」、「塩化水銀(II)」とするものである。 ネット検索をしてみるとこれが一番普通のようである。
塩化水銀(II)」は毒物である。「塩化水銀(I)」は劇物である。
塩化水銀(II)を水で薄めた昇汞水(しょうこうすい)は、小説が書かれた1930 年代までは梅毒の薬として使われていた。後に Act II Scenes 6, 8 で 見るように Hatter 家の不幸の原因は梅毒であった。York Hatter は薬剤師の資格を持っていたので、 自ら昇汞水(しょうこうすい)を飲んでいたのかもしれない。
what the deuce of it? (p.223)
「こんなものがどうだってんです?」中村訳
deuce には 同じ綴りの同音語が2つある。1つは、現代フランス語の deux (2) と同語源の語で、テニスなどで 勝つのに連続2ポイントが必要になった状態 deuce である。2つ目は、おそらくラテン語の deus (神) と似ている ことから来ていて devil と同様に使われる。ここでは後者である。
what the deuce は what の強調である。したがって、意味は What of it?「それがどうした?」と同じである。
ちょっと変えて What the deuce is it でネット検索をすると、シャーロック・ホームズ『緋色の研究』第1部第2章の Holmes の台詞 "What the deuce is it to me?" が引っかかってくるのが面白い。 Holmes の知識が偏っており地球が太陽の周りを回っていることさえ知らないのに Dr Watson が呆れて、 それぐらい知っていても良いだろうにと言うのに対して、「そんなものが、ぼくの役に立つかね?」(日暮訳) と Holmes が反論するときの台詞である。
He looks as much up in the air about this thing as I am. (p.227)
「あの様子じゃ、おれと同じくらい何もわかってないな」(中村訳)
up in the air は、通常は、「(物事、計画などが)決まっていない、宙ぶらりんの」という意味で用いられる成句である。 人に対しても「決心がついていない」という意味で用いられるようである。ここでは その意味である。
up in the air を人に対して用いるときは、「(1) (文字通り)空中高く (2) 腹を立てて、興奮して (3) 幸せで、有頂天になって (4) うろたえて」(ジーニアス英和大電子版)という意味もあるようである。 しかし、ここでは相応しくない。

Scene 6 The Hatter House, Monday, June 6, 2 AM

深夜、実験室が火事になった。放火に違いなかったが、建物は見張られていたのに、犯人がどこから 部屋に入ったのかわからなかった。死者は出なかったが、消防士が一人負傷した。Thumm 警視は Drury Lane に 電話をかける。

Turn in the fire alarm, Mosher! (p.235)
「モッシャー、消防を呼んでこい!」(中村訳)
ここの turn in は、辞書に載っている意味の中では「(1) ((主に米)) <レポートなどを>提出する、差し出す (2) ((略式)) <逃亡者・容疑者などを>(to 警察に)引き渡す、密告する」(Progressive 英和中事典)が 近いのだろう。
Safety Manual -- City of Pelham の中に、"Turn in the fire alarm, by calling 911, fire department, activating the wall mounted fire alarm and advising other employees of the situation." という文がある。ということで、turn in the fire alarm というのは、 消防署に連絡したり、火災警報を鳴らしたり、他の人に知らせたりすることで、 火災を知らせるべき人々に知らせることであることがわかる。
というわけで、中村訳や「モッシャー、火事の通報をして来い!」(拙訳)のようになる。

Act II

Scene 1 The Laboratory, Monday, June 6, 9:20 AM

実験室の暖炉は、Emily と Lousa の部屋の暖炉と背中合わせになっており、共通の煙突を使っていた。 つまり、2つの暖炉はつながっており、放火犯は隣の部屋の暖炉から実験室に入ることができた。 隣の部屋には、非常階段と張り出しを使って窓から入れば、見張りに見つかることはなかった。

Drury Lane は、放火の理由の見当が付かないことに当惑していた。

a divertissement, a ruse de guerre, a faint attack (p.257)
どれも、目くらまし (a blind) の言い換えで列挙されている。
divertissement は、フランス語の divertir(意味は「気を逸らす」、英語なら divert)の名詞形で、 「気晴らし、楽しみ、娯楽;嬉遊曲」(プチ・ロワイヤル仏和電子版)の意味。しかし、ここはその直前で to divert attention from something else と言っているので、divert を意識した訳語にしないといけなくて、 たとえば「注意逸らし」くらいだろうか。中村訳の「劇中劇」はちょっと違う気がする。
ruse de guerre はフランス語で、直訳すれば「戦争の策略」、だから「戦略」や「謀略」だろう。 中村訳は「戦略の一部分」だが、わざわざ「一部分」と加えなくても良い気がする。
a faint attack は、中村訳の「陽動作戦」で良いと思うが、今の時代、「フェイント攻撃」の方が通じる気がする。

Scene 2 The Garden, Monday, June 6, 4 PM

庭で Barbara Hatter と家庭教師の Edgar Perry が話しているところに Thumm 警視が声をかける。 Thumm 警視は、Perry の家庭教師の紹介状は偽物だろうと言うと、Perry は自分で書いたことを認める。 Barbara は、それは自分が唆したことだと言って Perry をかばう。

It's refreshing to talk to someone who doesn't lap your feet (p.266)
「おべっかを言わないかたとお話しするのは、とっても新鮮ですもの」(中村訳)
lap someone's feet は、文字通り訳せば「足を舐める」で、「卑屈に媚び諂(へつら)う」ことを言うようである。
英語の「舐める」には lick と lap があり、lick の方が普通で、lap は犬猫が水を飲むときによく使われるそうである。
lap / lick someone's feet は私の持っている辞書には上の意味では出て来ない。ただし、ネットの Urban Dictionary によると、Lick my feet は、王様や女王様が誰かに屈辱的服従を迫るときによく使われる 文句だそうである。
媚び諂うの意味でリーダーズ英和電子版に出ていたのは、lick someone's shoes / boots / spittle / ass である。「人に媚びる、おべっかを使う」の意味である。 日本語でも「靴を舐める/ケツを舐める」で比喩的表現として通じると思うが、元々西洋起源の言い回しだろうか?
試しに lap your feet をネット検索してみると、Waves lap your feet(波が足を洗う)というのが一番よく出てくる用例で、 lick your feet の方は、Dogs lick your feet(犬が足を舐める)が一番良く出てくる。

Scene 3 The Library, Tuesday, June 7, 1 PM

Emily Hatter の葬儀が行われ、その後、遺言の内容が発表された。遺言は Louisa の生活を 保障することに重点が置かれたものだったので、他の3人の子供たちは不満だった。 Conrad と Jill は、怒りを爆発させて大騒ぎした。

imbecile-fingered (p.281)
「呆けた顔で」(中村訳)
文字通り訳せば「痴愚の指で」である。ネット検索してもこの表現は『Yの悲劇』のこの部分でしか 見当たらないことから、熟語的表現ではなく、著者が作り出した表現のようである。指の動きが 精神薄弱者のように見えたということだろう。訳者の中村氏はそれでは通じないと思って「顔」に 変えたのだろう。

Scene 4 The Hamlet, Wednesday, June 8, 3 PM

Thumm 警視と Bruno 地方検事がハムレット荘に Drury Lane を訪ねる。まず、Thumm 警視が、Edgar Perry の 本名が Edgar Campion であることが分かったと報告する。すなわち、彼は Louisa の異母兄であった。Thumm は 彼を逮捕したという。

次に、Drury Lane は、Emily 殺害事件で犯人は Louisa を殺すつもりはなかったという推理を述べる。 毒が入っていた梨は傷んでおり、Louisa が傷んだ梨に手を付けないことは知っていたはずだと言う。 なぜなら、犯人は Hatter 家のことをよく知っているはずの人物だからだ。そして、犯人は 最初から Emily を殺害する目的でマンドリンを手に部屋に来たのだと言う。ただし、なぜ犯人が マンドリンを選んだのかは分からない。

There is no question in my mind but that the murder of Mrs Hatter was premediated (p.294)
「ハッタ―夫人の殺害は明らかに計画されたものでした。」(中村訳)
ここの but は辞書では接続詞になっている。doubt, question などの名詞の否定形、あるいは deny, doubt, question, wonder などの動詞の否定形または疑問文のあとで、「…ということ」と名詞節を導く。 ここの例のように but that の形の時と、but のみのときと that のみのときがある。 したがって、直訳調に訳せば、「ハッタ―夫人の殺害が予め企図されたものであることは、 私の中では疑問の余地がありません」のようになる。
meditate は、自動詞として使う (meditate on/upon something) ときは「瞑想する」という意味だが、 ここでのように他動詞として使う (meditate something) ときは「企てる、もくろむ」という意味になるようだ。
Not by a long shot. (p.304)
not by a long shot は「全く~でない」という意味の米国発祥の慣用句。イメージとしては、 標的までの距離が遠すぎて全く当たりそうにない、という感じのようだ。
それを踏まえると、中村訳の「そう決めつけられるか?」はやや上品すぎるかもしれない。 「そんなことは全然言えないんじゃないか?」くらいの方が良さそう。
同じ意味で、米国以外では not by a long chalk を使う。この場合の chalk は、 パブでゲームをしている時に黒板にチョークで得点表を書いているイメージだそうだ。 a chalk が1点で、a long chalk は 大きな点数ということになり、by a long chalk は大差が付いているという感じのようだ。

Scene 5 The Morgue, Thursday, June 9, 10:30 AM

Drury Lane は、死体保管所で、毒物学者の Dr Ingalls にペルーバルサムという軟膏やローションの材料に なる物質がバニラの香りがすることを教えてもらう。

Balsam of Peru (ペルーバルサム, p.319)
ペルーバルサムは、香料などの原料になり、バニラのような香りがするという。 ときに皮膚炎の原因 になることもあるらしい。
ペルーバルサムの原木 Myroxylon pereirae の属名 Myroxylon をネット検索すると、「バルサム属」 「バルサムノキ属」「ミロキシロン属」などとしてあり、日本語の名前は決まっていないのかもしれない。
バルサムは、 一般に、樹木が分泌する樹脂が揮発性油脂に溶解した粘度の高い液体を指す。
balsambalm と同語源で、もともと「芳香」という意味の語から来ている。
バルサミコ酢 (balsamic vinegar) は、樹脂とは関係が無く、 「芳香のある酢」というところから名づけられたもののようである。

Scene 6 Dr. Merriam's Office, Thursday, June 9, 11:45 AM

Drury Lane は、Hatter 家の主治医 Dr Merriam から一家の病歴についていろいろ聞き出す。 まず、York Hatter に皮膚症状があり、ペルーバルサムを含んだ軟膏を処方したことを聞き出した。 その後、一家のカルテを見せてもらう。

Wassermann (pp.329-331)
Hatter 一家の人々のカルテには Wassermann 反応の結果が記されていた。 Wassermann 反応は、梅毒の検査である。一家の一番最近のカルテでは、 York 以外は、おそらく治療の結果、陰性となっている。
Hatter 一家が Emily を起点として梅毒に冒されていたことがこのシーンで示唆されている。York Hatter の 皮膚症状や自殺もおそらくそのせい。Emily の子供たちの異常(Louisa の盲聾唖、Barbara の天才、Conrad の 精神的不安定、Jill の邪悪)も先天梅毒の影響かもしれない。
梅毒に対するペニシリンの有効性が確認されたのは 1940 年代初頭であり、原著が出版された 1930 年代までは 副作用が強い砒素化合物のサルバルサン、もしくは Act I Scene 5 に出てきた 塩化水銀 (II) を水で薄めた昇汞水(しょうこうすい)が使われていたようである。 したがって、当時梅毒は、今の感覚よりはより深刻な病気だと受け止められていたはずである。そう思うと、 このシーンにおける Dr Merriam の態度も理解しやすい。

Scene 7 The Hatter House, Thursday, June 9, 3:00 PM

Drury Lane は Thumm 警視とともに、York Hatter がバニラの匂いがする軟膏を使っていたことを Martha から聞き出す。Martha は York が薬を塗るのを手伝っていた。

You've had your inning, Mr. Lane, and I think I'm entitled to mine. (p.338)
「レーンさん、ここまではあなたの番だったが、ここからは私の番ですぞ」(拙訳)
inning は、野球の回のことで、とくに攻撃側になったときを指すことが多い(ケンブリッジアメリカ英語辞典)。 というわけで、have one's inning は「~の番だ」に相当するようだ。おそらくアメリカ口語英語。
辞書を見ると、似た熟語として have had a good innings というクリケット起源のものが出てくる。 「充実した人生を送った」(COD) という意味である。これはイギリス口語英語。
"have my inning" をネット検索していたら、原著出版の2年後の 1934 年の米上院の議事録が出てきた。Mr. LONG が「Mr. President, will the Senetor let me answer that question?(上院議員に代わって私が答えていいですか?)」と言うのに、 Mr. TYDINGS が「Just a moment; let me have my inning with the Senetor from Iowa first, please.(ちょっと 待ってください。まずは、アイオワ州の上院議員と私との質疑を続けさせてください)」と応じている。 このように、この時代は「~の番」と言うのに have one's inning が良く使われていたようだ。
上のような例に鑑みると、中村訳の「あなたはいま一発かっ飛ばしたばかりじゃないですか、レーンさん。 今度は私が打つ番だ。」の「かっ飛ばした」は、やや訳しすぎな気がする。ただし、この訳だと、野球から来た言い回しが 使われていることはよく分かる。

Scene 8 Barbara's Workroom, Friday, June 10, 11:00 AM

Drury Lane は Barbara から York Hatter が探偵小説を書いていたことを聞き出す。しかし、 Barbara はその内容も原稿のありかも知らなかった。York が探偵小説を書いていたことは、 Barbara 以外の Hatter 家の人々は知らないだろうと Barbara は推測している。

Paracelsian laboratory (p.346)
「錬金術工房」(中村訳)。というのは、Paracelsus(パラケルスス)が有名な錬金術師だからである。
alchemical などと言わず、わざわざ Paracelsian と言ったのがなかなか意味深長である。 それは、Paracelsus が梅毒に対する水銀治療を進めたことで知られているからである。 Act II Scene 6 で見たように Hatter 家は梅毒に蝕まれているし、Act I Scene 5 で出てきた塩化水銀(II)は長らく 梅毒の治療に用いられてきた。

Scene 9 The Laboratory, Friday, June 10, 3:30 PM

Drury Lane は、実験室に行き、見張りの Mosher 刑事に外に出てもらって、一人で実験室内を探索する。 暖炉の煙突の壁の煉瓦が一つ緩んでいて、その奥が空洞になっているのを発見した。そこには探偵小説の筋書きと 白い液体が入った試験管があった。Lane は筋書きを書き写し、筋書きと牛乳の入った試験管を元の穴に戻した。 そして、もともとあった白い液体の入った試験管をこっそり持ち出した。

This is the lousiest job I've ever been detailed to. (p.348)
「こんな退屈なお役目は初めてで、参ってますよ」(中村訳)
lousy は louse(シラミ)の形容詞形で「汚い;ひどい、不愉快な;惨めな」(ジーニアス英和大電子版) といった意味の informal な語。
detail は、普通は動詞としては「詳述する」の意味だが、ここでは detail someone to/for/on something で、 「~を~の仕事・任務につかせる」(ジーニアス英和大電子版)の意味。この用法は、 18 世紀終わりに軍隊用語として出てきた。 最初は名詞で「 日々の詳細な指令集」というような意味で 18 世紀初めに出てきて、そこから意味が変化してきたもののようである。

Act III

Scene 1 Police Headquarters, Friday, June 10, 5 PM

Drury Lane が警察本部に行って Thumm 警視と話をする。Thumm 警視は、相変わらず Edgar Perry を疑っていた。 Drury Lane は、York Hatter が自分を犯人とする推理小説の筋書きを作っていたことを告げる。事件は、 その筋書き通りに起こっていた。

a man/woman of the world (p.362)
OALD によれば、「人生経験が豊富で、ものごとに簡単には動じない人」のことである。 Progressive 英和中では、「世慣れた人」。
本文中では、Thumm 警視が Drury Lane に向かって、Listen. You're a man of the world. 「あなたくらい世間を知ってる人が、いまさらとぼけないでくださいよ。」(中村訳)と言っている。
辞書を引くと、似たような熟語が2つあった。(1) a man of the people (とくに政治家に関して)普通の人々のことをよくわかっており、彼らに共感している人 (OALD)、 大衆の味方(ジーニアス英和大電子版)(2) citizen of the world 世界人、コスモポリタン(ジーニアス英和大電子版)

Scene 2 The Hamlet, Friday, June 10, 9 PM

Drury Lane は、ハムレット荘に帰って、独りで York Hatter の書いた筋書きを読む。 第三の事件が第二の事件から二週間後の 6 月 18 日に起きるはずだとわかる。

本場面の役割 (pp.368-378)
ここで York Hatter の書いた探偵小説の筋書きの内容が読者に明かされる。
犯人は York Hatter になっていて Y と略されている。それで、小説のタイトルが『Y の悲劇』に なっているのだと分かる。
筋書きに付いていた仮題は、『バニラ殺人の謎』であった。筋書きの中では、バニラの匂いは 事件を解決に導く手掛かりとなるはずのものだった。なぜなら、一家の中でバニラの匂いがする軟膏を 使っていたのは Y だけだったからである。
現実の第一の事件で、Y の役割を果たしたのは Jackie であった。 それが Drury Lane を悩ませているのだと薄々読者も感づくだろう。

Scene 3 The Morgue, Saturday, June 11, 11 AM

Drury Lane は、毒物学者の Dr Ingalls に煙突で見つけた白い液体が physostigmin であることを確認してもらう。 York Hatter の探偵小説の筋書きで第三の毒殺未遂事件で使われるのが physostigmin である。

Right up our alley. (p.380)
「専門ですからね。」(中村訳)。Dr Ingalls が Drury Lane から physostigmin について訊かれて、 毒物は専門だからもちろんお答えできますという感じに用いている。
right up one's alley は「得意とするところ、性に合っている」という意味のアメリカの口語で、 初めて文献に残っているのは 1931 年だそうだ。 本小説の出版は 1932 年だから、当時としては新しい流行語だったのだろう。
イギリス口語でこれに対応するのは right up one's street で、 文献では 1929 年まで遡れる

Scene 4 Inspector Thumm's Office, Thursday, June 16, 10 AM

何も起こらない日が数日続いた後、Drury Lane が警察本部に Thumm 警視を訪ねる。 Drury Lane は、Hatter 家から警察官を引き揚げさせ、自分が Edgar Perry に変装して Hatter 家に 入るように取り計らってほしいと言う。Thumm 警視は Edgar Perry を呼び出して、その計画に協力させる。

doggy (p.383)
Thumm 警視が Lane を迎えるときの様子を He greeted Lane almost with doggy hope. と描写している。
中村訳は品良く「まるでしっぽを振って駆け寄ってくる犬のように、警視は大喜びでレーンを歓迎した。」 となっている。これはこれで前後関係の意味は通るのだが、これで良いのかどうかやや疑問がある。
doggy hope でネット検索してもほとんど用例が無いし、辞書にも載っていないので、熟語ではないようである。 そこで doggy の意味が問題になるが、辞書では「3. lazy, sluggish; 4. [1930s] somewhat overly enthusiastic」 (Dictionary of Slang)、「ハイカラで派手な」(ジーニアス英和大電子版)となっている。 問題は、Dictionary of Slang によれば、slang としての doggy は、ほぼネガティブなイメージでとらえられていると いうことである。現代日本では「犬のような」というと可愛いイメージがあるのだが、他の slang としての 意味も考えると、1930 年代アメリカで doggy にそれほどポジティブなイメージがあったとは思えない。日本語で言えば 「畜生のような」の方が近いのではないか。それを考えると、中村訳は上品すぎるように思える。
それを踏まえて訳し直してみると、「警視は、犬がガッつくような調子でレーンに挨拶した。」となる。

Scene 5 The Hamlet, Friday, June 17, Afternoon

Drury Lane はハムレット荘に Edgar Perry を招いて歓迎し、Perry の所作や話し方を注意深く観察する。 夕食後、Quacy が2時間かけて Lane にメイクを施すと、そこには Perry と瓜二つの人物が出現した。 Perry はそれを見て Barbara を騙すことが怖くなり、この変装作戦を激しく拒否する。それで、 Lane は変装作戦を諦める。

give sb away (p.398)
「(人の)正体を暴露する」(プログレッシブ英和中)。もともとアメリカ英語。
Perry が Lane の完璧な変装を見て狼狽しているのを見て、Lane が You thought I might give myself away? と言う。
中村訳では親切に言葉を補って「あなたは、バーバラさんなら私の変装を見破れると思っていたのですね?」としてある。
言葉を補わなければ、「私がどうせボロを出すだろうと思っておられたのですね?」(拙訳)という感じだろう。
名詞形は a giveaway で、しばしば a dead giveaway (完全な暴露)という形で用いられる。OALD に載っている例文は、 She pretented she wasn't excited but the expression on her face was a dead giveaway. (彼女は平静を装おうとしていたが、 彼女が興奮していることは表情からバレバレだった。)である。

Scene 6 The Death-Room, Saturday, June 18, 8:20 PM

Drury Lane は、Hatter 邸で突然倒れたふりをして、その夜、Hatter 邸で過ごさせてもらうことに成功する。 夜、Drury Lane は「死の部屋」のクロゼットに隠れて犯人を待ち受ける。8 時 10 分頃、犯人が窓から侵入し、 素早くバターミルクに白い液体(Lane が牛乳にすりかえたもの)を注いだ。8 時 15 分頃 Louisa Campion が やってきて、バターミルクを飲み干す。犯人は窓の外からその様子を見ているが、何も起こらなかったことに 落胆した表情を見せた。

the figure (pp.410-411)
「人影」(中村訳)。この場面で Drury Lane は犯人を見てそれが誰かもわかっているのだが、読者には それを隠さないといけないので、the figure という単語を使っている。あとは、それを it で受けるとか、the figure を繰り返すとか the visitor と言い換えるとかしてある。

Scene 7 The Laboratory, Sunday, June 19, Afternoon

日曜日の昼間、Drury Lane は、今度は実験室のクロゼットに隠れて犯人を待った。午後 4 時頃、果たして犯人は 現れた。そして薬品棚から毒物を取っていった。

Aw, go peddle your habeas corpuses (p.416)
Hatter 家の警護と監視を解いたことを Bruno 地方検事が批判してきたので、Thumm 警視が「うるせえ」という感じで 不機嫌に言う言葉である。
habeas corpus は、不当な拘禁を解くように求める令状のことだから、 直訳すると「お前の人身保護令状を売って来いよ」である。意味するところは、Hatter 家の警護と監視を止めるタイミングを いつにするかをお前が決めてみろよ、ということだと思う。すると、訳としては「じゃ、お前が指揮してみろよ」(拙訳) というくらいの感じになると思う。
中村訳はもっと意訳で「やめろやめろ、善人ぶった説教ならたくさんだ」となっている。さすがに意訳しすぎて いるように思う。

Scene 8 The Dining-Room, Sunday, June 19, 7 PM

Thumm 警視と Bruno 地方検事がやって来ると、Drury Lane は事件から手を引くと言う。失敗したので、 もう出来ることは何もないというのだ。突然、Jackie が牛乳を飲んだかと思うと、痙攣して死ぬ。毒だった。 Lane はそれでも事件から手を引いた。

All this hocus-pocus (p.425)
hocus-pocus は「人を欺くための無意味な語り;魔術師の呪文」(COD) という意味の言葉である。
これは、Drury Lane が自分の目論見が外れたので事件から手を引くと言うのに、Thumm 警視が憤懣やるかたなく 投げつける言葉なので、「訳の分からんことをおっしゃって!」(拙訳)くらいの訳が良いと思う。
中村訳は「まんまとしてやられた」だが、これでは「(私たちが)まんまとしてやられた」とも取ることができて、 Lane への怒りが私にはよく伝わらなかった。直前の Lane の言葉を受けて、「それなのに、まんまとしてやられた」と した方が怒りが伝わったと思う。ただし、いずれにしても hocus-pocus からちょっと意味が離れすぎるように思う。

Epilogue

2か月経って事件は迷宮入りした。その間に Hatter 一家は離散した。

Behind the Scenes

Drury Lane が真相を Thumm 警視と Bruno 地方検事に明かす。事件の決着は2か月前に Lane が付けていた。