キャンベルが神話の構造を解明した人だということは、前に
松岡正剛「17歳のための世界と日本の見方」(春秋社)を読んだ時に知り、以来、
ときどき物語を読むときその図式に当てはめてみたりしている。今月の番組は、そのより詳しい解説である。
今回の名著の読み方としては、神話の構造に自分の人生の試練を当てはめてみるということになっていた。
第4回の解説を見ると、キャンベル自身、「特別な人間だけが英雄なのではない」と述べていたようで、
小さな個人もまた小さな英雄だと考えていたようである。
もちろん、素直に、人間にはこういう英雄譚を好む傾向があるという人間心理の分析として読んでも
良いだろう。お釈迦様(シッダールタ)の生涯の伝説が典型例として紹介されている。
「出家→降魔→成道→初転法輪」がちょうど「出立→試練→帰還」という神話のパターンに合っている。
シッダールタの物語の成立には、きっと多くの人々が関わっているだろう。そうして人々に揉まれた結果が
パターン通りのところに落ち着くのが面白いところである。
「100分de名著」放送時のメモと放送テキストのサマリー
第1回 神話の基本構造「行きて帰りし物語」
Joseph Campbell は、人類共通の物語の構造を発見した。
Joseph Campbell (1904-1987)
- アメリカのニューヨーク州生まれ。
- 両親は敬虔なカトリック教徒だった。
- 子供の頃、父親に連れられて行った自然史博物館で、ネイティブ・アメリカンの工芸を見て衝撃を受けた。それが神話に興味を持ったきっかけだった。
- 1934 年からサラ・ローレンス大学文学部教授となり、世界各地の神話の比較研究を行う。
- 1949 年 (45 歳) 「千の顔をもつ英雄」発表。
英雄神話のパターン / モノミス=単一神話論<英雄の旅>
- 英雄は、ごく日常の世界から、自然を超越した不思議の領域へ冒険に出る。そこでは途方もない力に出会い、
決定的な勝利を手にする。そして仲間に恵みをもたらす力を手に、この不可思議な冒険から戻ってくる。
- 図式化;X 出立・旅立ち → Y 試練 → Z 帰還
- キャンベルは、ユングの集合的無意識の考え方に影響を受けた。集合的無意識の中に共通の元型がある。
- ブッダの伝説も同じ構造を持っている。釈迦族の王子シッダールタは、ある時人々の苦しみを見て、出家を決意する。
シッダールタは、厳しい修行をする。彼は、菩提樹の下で、カーマ・マーラに襲われた。シッダールタは、
戦いに勝ち、悟りを開く。創造神ブラフマーが、シッダールタに人々の指導をするように依頼する。
それ以降、シッダールタは、人々に道を説いた。
- ジョージ・ルーカスは、Campbell に学んで、映画「スター・ウォーズ」を制作した。
- ハリウッドのストーリー・コンサルタントのクリストファー・ボグラーは
「千の顔をもつ英雄」を7ページの実践ガイドにまとめた。これは今でもハリウッド映画のストーリー開発の
フォーマットになっている。和訳は「神話の法則」(2002)。
- Campbell は、ビル・モイヤーズとの対話「神話の力」で、英雄の旅の構造は原始的な部族社会の
思春期儀礼に既に先取りされていると述べている。たとえば、マサイの少年は、ライオン狩りに挑む。
大人に依存する子供の状態から、試練を経ていったん死んでまた蘇り、大人の状態になる。
- 神話の中には、ヴィジョンの探求という型もある。人は異世界に行って、新たなものに出会う。
- 英雄の旅は、人の成長の物語。人の内面の成長の物語だと読んでいくことができる。
第2回 出立―冒険への合図にどう気づくか
出立のプロセス
- 冒険への召命
- 召命拒否
- 自然を超越した力の助け
- 最初の境界を越える
- クジラの腹の中
冒険への召命
- 若い頃シッダールタは、宮殿の中でただ楽しいだけの時を過ごしていた。あるとき、神々の一人が
老人に姿を変えてシッダールタの前に現れた。そして、老いの苦しみを述べた。
別の日、シッダールタは神々が作り出した病人を見る。
また別の日、シッダールタは神々が作り出した死人を見る。
最後に神々は、僧侶となって現れた。そこで、シッダールタは出家をすることに決める。
- 小さな失敗が冒険のきっかけとなることもある。失敗は運命の入り口である。
- 講師は、現代では、旅が人生に変化をつけることになるのではないか、と言う。
召命拒否
- 召命拒否とは、現状維持バイアス。冒険に出るということは、今の地位や安定した生活を捨てることになるから。
- 神話の教訓は、召命が来たときには、直感を信じて一歩前に出ること。
- 召命を拒否すると、受け身になって被害者意識が強くなる(「救いを求める犠牲者になる」)。
自然を超越した力の助け
- 英雄は守護者(メンター)に出会う。たいていは、小さく皺だらけのおばあさんかおじいさん。
「スター・ウォーズ」のヨーダはその典型。
- アメリカ先住民の間で人気の守護者は「蜘蛛ばあさん」。
- キリスト教の聖人伝説では、聖母マリアが現れることが多い。
最初の境界を越える
- 英雄は、境界の守護者に出会う。主人公は、ここで覚悟を決める。
- コロンブスは、船員たちの意識の中の「神話的世界」と対決する必要があった。
第3回 イニシエーション―試練をどう乗り越えるか
イニシエーションのプロセス
- 試練の道
- 女神との遭遇
- 誘惑する女
- 父親との一体化
- 神格化
- 究極の恵み
試練には外的なものと内的なものがある。
試練の道
- ゴータマ・シッダールタが菩提樹の下に座った時、愛と死の神カーマ・マーラが軍隊を連れてやってきて、
ゴータマの瞑想を妨げようとした。すさまじい攻撃にもかかわらず、大地の女神の助けも得られ、
ゴータマの瞑想は妨げられなかった。シッダールタは悟りを開いた。
- 講師は、最初に就職した会社で昇進した結果、燃え尽き症候群になった。
女神との遭遇
誘惑する女
父親との一体化
- 父親は畏怖の対象。その父親を乗り越えることで自立する。父親は指導者であり、乗り越えるべき存在。
- 映画「スター・ウォーズ」で、主人公ルーク・スカイウォーカーは、敵の帝国軍の司令官ダース・ベイダーが自分の父だと知る。
ルークは、父に正義の心を取り戻させ、帝国に勝利する。戦い、乗り越え、和解する。
人生の試練
- 神話は私たちに、苦しみにどう立ち向かい、どう耐えるか、また苦しみをどのように考えるかを語る。
- 苦しみがない人生はないのではないか。
- 講師は、スウェット・ロッジというネイティブ・アメリカンの試練の儀式を体験してみた。
- あえて小さな試練を体験してみるのも良いかもしれない。
- 利他はひとつの試練。
第4回 帰還―社会への還元
帰還のプロセス
- 帰還の拒絶
- 魔術による逃走
- 外からの救出
- 帰還の境界越え
- 二つの世界の導師
- 生きる自由
「帰還」を妨げるもの/帰還の境界越え
- イザナギは、黄泉の国にイザナミを迎えに行く。見るなと言われたイザナミの姿を見てしまったイザナギは、逃げ出す。
イザナギは、何とか逃げおおせる。
- リップ・ヴァン・ウィンクルの物語は、浦島太郎の物語に似ている。楽園の1年が地上の何十年にも当たるというのは、
神話には良くあるモチーフ。
- 英雄たちが楽園から猥雑な現世に戻ると、そのギャップに苦しむというパターンも多い。
- 英雄たちが帰還に逡巡することも多い。
- 帰還の成功例として『眠りの森の美女』を紹介する。王子が王女の呪いを解く。
現代の英雄とは
- かつて、意味は集団の内部にあった。現代社会では、意味は集団の内部にも世界にもなく、個人の中にある。
- 現代は、個人の物語がバラまかれる時代で、集団で物語を育む余裕がない時代である。
- 自分が生きてきた道を長い時間スパンで振り返るのが大事かもしれない。
新しい神話は生まれるか
- 近い将来の神話があるとすれば、地球という惑星とその上の人間を語ったもの。
- 人類が地球規模で抱える問題に寄与する神話が必要かもしれない。