ディケンズは『クリスマス・キャロル』『オリヴァー・ツイスト』『二都物語』を読んだことがあるはずだが、
最近読み直した『クリスマス・キャロル』
以外は内容をよく覚えていない。けれど、面白かったということだけは覚えている。
ディケンズの作品は、『クリスマス・キャロル』もそうだけど、プロットがワクワクするし、読むと心が温まる。
放送の結論も、ディケンズには社会に対する優しい眼差しがあるということだった。
まさに偉大な作家だと思う。
テキストの最後では、ディケンズが功利主義を肯定しているのだと解説されている。
功利主義は利己主義と間違えられやすいが、そうではない。功利主義は、元々、
幸せは上流階級の人々だけのものではなく、労働者階級も幸せになれる社会を
作っていこうという思想である。主人公の Pip は、最初、囚人の Magwitch を嫌悪していたが、
やがて彼の存在を受け容れ、彼の気持ちに寄り添うようになる。そこに階級を超えた
「最大多数の最大幸福」を志向するディケンズの思想が読み取れるということである。
「100分de名著」放送時のメモと放送テキストのサマリー
第1回 階級社会の苦しみ
『大いなる遺産』基本情報
1860-1861 年に雑誌連載。少年ピップの成長物語、すなわち教養小説(ビルドゥングスロマン)である。
主人公が階級社会の上の階級へ上がっていく物語。
ディケンズは新聞記者から作家になった。社会の裏側を観察した経験から、時代の流れを鋭敏にとらえた小説を書いた。
物語の進行と解説
| 物語の進行 | 解説 |
- 私の名前は Philip Pirrip だったが、子供の舌では言いづらいので、Pip ということになった。
- 私の故郷はテムズ川の estuary であった。
- ある夕方、少年 Pip は両親が眠る墓地にいた。すると、恐ろしい男が現れて、食べ物とやすりを持ってくるように Pip を脅した。
Pip は暮らしている姉夫婦の家からそれらを盗み出し、男に渡す。
- その夜、男が捕まる。男は脱獄囚だった。男は、Pip の罪をかぶって連行された。
- 1年後、Pip に大金持ちから屋敷に来て遊んでほしいという依頼が来る。屋敷には奇妙な女性
Miss Havisham がいた。彼女は、左の胸の上に両手を置いてその下に何があるかと問うた。
「心臓です」と答えたところ、彼女は言った。「踏みにじられた心よ!」と。
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- 階級社会が背景にある。上流階級は、貴族や大地主などで、働かなくても暮らしていける人々。
中流階級は、頭脳労働者や商人など。労働者階級は、職人や工場労働者など。その下には Underclass がいる。
Pip や姉の夫の Joe は労働者階級。Miss Havisham は上流階級。
- 『大いなる遺産』では、様々な階級の人々が絡み合うのが面白い。
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- Pip は Miss Havisham から Estella という少女を紹介される。
Estella は、Pip が労働者階級だということで軽蔑する。Pip の手もごつごつしていると軽蔑する。
Pip はひどく傷ついた。
- Pip は、幼馴染の Biddy に勉強を教えてもらうことにした。
- Pip は Estella に翻弄され続ける。それでも Pip は、Miss Havisham からの見返りを期待して
屋敷に通い続ける。しかし、突然、Miss Havisham は Pip の屋敷通いを打ち切る。
- Pip は鍛冶職人の Joe のもとで働き始める。
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- Pip は、労働者階級の人間であることを恥じるようになる。
- Pip と Joe の会話の中で、common が「下品な」という意味で使われ、uncommon (oncommon) が
「卓越した、非凡な、身分が高い」という意味で使われているところがある。Pip は
uncommon になりたいと願うようになる。
- ディケンズの生まれは中流階級だったが、父親が借金を抱え債務者監獄に入ってしまった。
それで、ディケンズは 12 歳から靴墨工場に働きに出た。彼は、社会から脱落するかもしれないという
恐怖感を植え付けられた。
- 『大いなる遺産』の原題は Great Expectations。だから「大きな期待」という意味もある。
Pip は Estella と結婚できるのではないかと期待していたし、これからまた別の期待が出てくる。
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- Pip が働き始めてから4年目になったころ、酒場で謎の紳士が Joe と Pip に話しかけてくる。
男は、Jaggers という弁護士だと名乗り、Pip が巨額の贈与を受けることになっていると言った。
Pip がジェントルマンとして成長することが期待されているという。
- Pip は、喜んでロンドンに行くことにする。
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- Pip は、後から当時を思い出して語っている。「泣いた後、私は少しはましな人間になった(中略)
もっと早くに泣いていたら、この時私はきっとジョーと一緒にいたであろう。」
Pip は後からこの時の振る舞いを後悔している。
- 19 世紀にはイギリスの人口が急増した。労働者階級の中でも読み書きができる人が増えてきていた。
ディケンズの小説は、彼らに共感と夢を与えた。
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第2回 立身出世の物語?
物語の進行と解説
| 物語の進行 | 解説 |
- Pip はロンドンに到着した。まず、汚い家畜市場や監獄を目にした。
- 下宿先で、Herbert という青年とルームメイトになる。Herbert は、Pip にテーブルマナーを教えてやる。
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- 19 世紀には、様々な都市問題が起きていた。
- gentleman とは、もともと生まれながらにして上流階級の男性を指したが、19 世紀半ばには、
お金があれば gentleman 的な生活が送れるような風潮が出来ていた。しかし、それでも
gentleman には、教養、上品さや立派な人間性が必要だった。
- 当時、Samuel Smiles の『自助論 Self-Help』が支持されてていた。「天は自ら助くる者を助く」の
フレーズが有名。自助努力が理想とされていた。
- 能力による競争社会を meritocracy と呼ぶ。merito- は「業績・能力」、-cracy は「体制」。
この単語は 20 世紀に造られた。こうした考えは、自己責任論とセットになる。
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- Joe が田舎からやってきた。Joe と Pip の会話はぎこちないものとなった。
Joe によれば、Estella が Pip に会いたがっているという。
- 帰り際、Joe は、俺たちがちゃんと会えるのは、田舎の鍛冶屋でだけだ、と言う。
- Pip は、翌日 Miss Havisham の屋敷に向かう。Estella は見違えるほど美しくなっていた。
Pip は、Miss Havisham は Estella と自分とを結婚させようとしているのではないかと考える。
Miss Havisham は Pip に Estella を愛しなさいと言う。
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- Pip は Joe を見下す。Joe のぎこちない態度を恥ずかしく思うようになる。
- Joe は「俺はただ、まともでありたいだけだ。」と言う。これは Joe の Pip に対する警告。
- Pip は、遺産相続によって階級上昇をする。しかし、Dickens は、それでは幸せになれない、
というプロットにしている。Dickens は、階級社会が持っている矛盾を悲劇として描いた。
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- Pip のロンドン暮らしが5年目になった。嵐の夜、男が訪ねてくる。それは、
少年時代に墓地で出会った囚人だった。Pip に金を出していたのは、彼だった。
彼は、自らジェントルマンを作りたかったのだ。
- Pip は絶望した。「最も深刻で強烈な痛みは、囚人のために Joe を見捨てたという意識だった。」
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- 囚人は終身刑でオーストラリアに行き、ロンドンに来たことがバレると大重罪になってしまう。
そこで、Pip は囚人を匿わざるを得なくなる。
- Pip は、自分の階級上昇が偽物であったことに気付き、絶望する。自分の所属先を失ってしまったことに気付く。
- 1850 年代以降、オーストラリアでゴールドラッシュが起きる。当時のイギリスの富は、植民地の搾取によって
支えられていた。それが Pip の階級上昇のいかがわしさを強調している。
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第3回 ジェンダーの暴力を乗り越える
今回は、現代の目線でジェンダーの観点で読み解く。
物語の進行と解説
| 物語の進行 | 解説 |
- Pip は Herbert と共に囚人 Magwitch の話を聞く。彼は、貧しい家の出だった。彼は、上流階級出身の悪党
Compeyson と出会い、二人で悪事をはたらく。Magwitch は Compeyson に罪をなすりつけられ、重い刑を受ける。
- Herbert は、Compeyson が Miss Havisham に結婚詐欺をした男だと気付く。
- Pip は、Estella に思いを伝えるが、Estella はすでに婚約していた。Pip は、Miss Havisham が
世の男たちに復讐するために Estella を作ったことに気付いていた。
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- Magwitch は、Pip をジェントルマンに仕立てることで、Compeyson に階級的な復讐をしようとしていた。
Pip は、自分がフランケンシュタイン博士より惨めだと嘆く。
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- Pip は、Jaggers 弁護士の家で、女中の Molly が Estella によく似ていることに気付いた。
Molly は、20 年前に夫の愛人殺しの罪に問われ、それ以来、Jaggers の世話になっている。
- Pip は、Miss Havisham の懺悔の言葉を聞く。Estella は結婚していた。
Pip が帰りかけると、屋敷が炎に包まれた。Pip は、Miss Havisham を救出する。
- Pip は、Herbert から Magwitch に関する話を聞く。Magwitch にはかつて妻と娘がいたが、
妻が夫の愛人を殺したというのだ。Pip は、その妻が Molly、娘が Estella であることに気付く。
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- Miss Havisham は、男性中心社会への復讐のために Estella を育てた。
Magwitch は、階級社会への復讐のために Pip をジェントルマンに育てた。
それらのことは対になっている。
- Miss Havisham は一命を取り留めるが、心が壊れてしまう。Estella は結婚相手から虐待される。
それに対して、Pip と Magwitch はその後絆を強める。ここにこの小説のミソジニー的な構造がある。
- Pip のお姉さんは名前が出てこない。それに、やがて、襲撃事件に巻き込まれて死ぬ。
ここにもミソジニー的な構造がある。そのほか、この小説には女性による暴力が多いのも気になる。
- 近年、社会学では「有害な男性性」という言葉が使われるようになっている。他者に対して攻撃的、競争的で、
思いやりに欠ける。ホモソーシャルな絆の中で、有害な男性性が強化される。本小説では、Compeyson は明確な悪者。
Magwitch や Pip も有害な男性性のある社会の中に絡め取られている。
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- Joe は、Pip からよく文字の読み書きを習っていた。Joe は、父親が暴力的で、学校に通えず、父と同じ鍛冶職人になった。
- Joe の妻となった Pip の姉も暴力的だった。Joe は、それでも親父と同じにはなりたくないということで、我慢していた。
少年 Pip は、その話を聞いて Joe を尊敬するようになった。
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- 本小説では、家庭内暴力がたくさん出てくる。ヴィクトリア朝時代では、家庭内暴力が問題になっていた。
- Joe は、自ら暴力の連鎖を止めようとする。「有害な男性性」を乗り越えて「ケアする男性性」を獲得している。
- ロンドンに出ていくときの Pip は、その Joe に対する敬意を忘れていた。
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第4回 社会を想像し直す
物語の進行と解説
| 物語の進行 | 解説 |
- Pip は Magwitch を国外逃亡させようとした。すると、Compeyson が邪魔をしてきた。
Compeyson と Magwitch は海に落ち、Magwitch だけが助かったものの、ひどい傷を負う。
Magwitch は捕まってしまった。Pip は、彼に寄り添うことにする。Magwitch の容態は悪化する。
- Pip は Magwitch が死ぬ前に、Magwitch の娘の Estella が生きていることを告げる。
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- Pip は、Magwitch の愛情を受け入れられるようになっていた。
- Pip は、最初、Magwitch に脅されて、食べ物とやすりを持って行ってやった。
Magwitch は、それを恩義に感じて、Pip をジェントルマンに育てようとする。
ここでは、人間社会における贈与の大切さが描かれている。投機がリターンを期待するものであるのに対して、
贈与はリターンを期待しない。それでもリターンが返ってくることがある。Pip はそれに気付いた。
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- Pip は、Magwitch の財産を没収され、借金を負うことになった。体調を崩した Pip の看病を
Joe がしてくれた。Joe は昔と変わっていなかった。Joe は借金の返済もしてくれた。
- Pip は、故郷に戻る。幼馴染の Biddy と一緒になろうと考えていた。
ところが、Biddy は Joe と結婚することになっていた。
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- Joe は Pip を優しく看病してくれるが、Joe と Pip の間にはどうしても階級の溝ができていた。
- Pip は、「普通の、身分が低い、下品な」という意味の common ではなく、「共有の」という意味の
common という価値観を最終的に得たのではないか。
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- Pip は、エジプトで Herbert の事業を手伝う。
- 11 年後、Pip は故郷に戻る。Joe と Biddy の間には Pip という子供もできていた。
- Pip が Miss Havisham の屋敷に行ってみると、Estella がいた。二人はずっと友達だと言い合った。
最後の一節は「彼女からもう一度離れることになると私に告げるものは何もなかった。」
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- 最後がハッピーエンドかどうかは曖昧。当初の原稿では、Estella は再婚していた。
友人の小説家に批判されて、現在の形になった。講師は元のバージョンの方が良いと思う。
ただ、現行版は、Estella が自らを語る主体的な存在になっているという良い面もある。
- 現代人にとっても、競争社会の外で生きる道を考えさせてくれる作品である。
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