持統天皇と男系継承の起源 古代王朝の謎を解く

著者武澤 秀一
シリーズちくま新書 1570
発行所筑摩書房
電子書籍
電子書籍刊行2021/05/21
電子書籍底本刊行2021/05
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読了2026/10/06

高市政権が男尊女卑丸出しの奇天烈な皇室典範改正を行ってしまったが、そもそも天皇家が基本的に 男系継承となったのが何故かを勉強しておくために読んでみた。持統~孝謙天皇に至る皇位継承の 経緯と、その裏で暗躍する藤原氏の計略が書かれており、興味深かった。 筆者は建築家なので、建築の視点が加わっているのが特色であり、そのおかげで 歴史の見方が厚みのあるものになっている。以前に読んだ 歴史家による本 よりも説得力があると感じた。

サマリーは下に書いたが、もっと大雑把にまとめると、以下の通りである。(1) 持統天皇は、 「双系」の世襲による自分の子孫の皇位継承を確立しようとした(持統王朝)。ところが、 (2) 藤原不比等が、「男系」の皇位継承を確立して、藤原氏の娘を次々に入内させることで 権力を高めることを画策した。不比等の死後、(3) 藤原氏は、長屋王の変で長屋王一族を 一掃することで、権力を掌握した。以後、天皇は男系継承になった。

先日、NHK「歴史探偵」で「藤原京と持統天皇」が放送された。それによれば、藤原京が日本初の本格的碁盤目状計画都市で あったことが近年明らかになっており、それを造ったのが、天武天皇と持統天皇であった。そして、持統天皇には数多くの業績があった: (1) 全国の道路の整備 (2) 30 年ぶりの遣唐使派遣 (3) 国号「日本」を中国に認めさせる (4) 飛鳥浄御原令を施行した (5) 「古事記」「日本書紀」の編纂 (6) 伊勢神宮の式年遷宮を始める (7) 大宝律令の完成。このように 本書とも共通する事績も紹介されていた。しかし、番組では、持統天皇を持ち上げたいあまり、 大津皇子を謀殺をしたのを政権の安定を図るための苦渋の決断だったと言ってみたり、持統天皇以降 壬申の乱のような骨肉の争いが無くなったと言ったり、ほとんど嘘としか言えないようなことを言っていた。 実際は、大津皇子を処刑するくらい冷徹な権力者だったからこそ数多くの大きなことをやってのけたのだろうし、 その後も骨肉の皇位継承争いが収まらなかったのだろう。

皇室典範改正に当たって、自民党の小林鷹之政調会長が、国会で 「皇位の男系継承は、二千六百年年以上にわたって先人たちが守り抜いてきた皇室の伝統」 という発言を行った。小林は、東大卒でハーヴァード大学に留学した秀才であるにもかかわらず、こうした 歴史学をまるで蔑ろにした発言をするとは、おそらく嘘を百も承知で言っているのだろうから、 人品が下劣だということだ。こういう人たちに皇室典範をいじってほしくはない。

サマリー

プロローグ―アマテラスと「男系」の溝

基本的な問題設定は以下の通り:皇祖神が女性で、皇室は双系から始まったと思われるのに、その後、なぜ男系ばかりになったのか。 本書では<持統王朝>の誕生から途絶に至る過程を追うことで、その謎に迫る。

第1章 女性を始祖とする王朝への五つの視点

  1. 列島社会は双系だった。日本列島の社会は、古来、男系と女系が混ざる双系社会だった。
  2. 歴代遷宮が停止して「国家」が出来た。日本では、3世紀末から7世紀末まで、王の代替わりごとに王宮が移転していた(歴代遷宮)。 持統天皇によって恒久の都、藤原京が造られて、歴代遷宮の時代が終わった。
  3. 現実を導くあたらしい神話。持統天皇は、アマテラスと天孫降臨神話を創作することで、自分の即位と 孫の珂瑠(かる)王(文武天皇)への譲位を権威付けた。アマテラス=持統天皇、オシホミミ=草壁皇子、 ニニギ=珂瑠王(文武天皇)という対応関係がある。この意味で、文武天皇は女系天皇である。
  4. 女性天皇は全て「中継ぎ」だったか?推古天皇から称徳天皇までの15代のうち8代は女性天皇である。これが中継ぎであるはずがない。 特に持統天皇は、孫に譲位して上皇になることで世襲システムを作り上げた。
  5. 持統朝を総覧する。持統天皇は以下のようにして天皇制を確立した。(1) 息子の草壁皇子を天武天皇の後継者にした (2) 草壁のライバルの大津皇子を謀殺した (3) アマテラスを創作した (4) 飛鳥浄御原令を施行して皇太子を制度化した (5) 初めて現人神として即位した (6) 自らをアマテラスになぞらえた (7) 大嘗祭を創始した (8) 恒久の都としての藤原京を造った (9) 孫に譲位して天孫降臨神話を具現化した (10) 30年ぶりに遣唐使を派遣した (11) 大宝律令を制定した

第2章 神話と結びつく<持統王朝>

1. 積極的に政治を行う皇后

2. <天皇=神>の構図を立ち上げる

3. 持統がアマテラスになった証

第3章 天皇制の礎―恒久の都と更新の思想をつくる

権力は「永続」と「更新」を求める。持統王朝は、「永続」を藤原京に、「更新」を伊勢神宮の式年遷宮に託した。

1. <持統王朝>の都・藤原京

2. <持統王朝>の伊勢神宮式年遷宮

3. 天皇陵から血統が見えてくる

4. <持統王朝>の天皇陵から血統が見えてくる

幕間 世襲王権はいつから、そしてどのように?

第4章 平城京遷都は「男系」継承への道

藤原不比等は、<持統王朝>に多大な貢献をしながらも、持統の没後、平城京を藤原氏の都とし、天皇を囲い込む。

1. 藤原不比等の企て

2. 「男系」継承にむかって転換を図る

3. 藤原氏の、藤原氏による、藤原氏のための平城京

第5章 「男系」継承の樹立と<持統王朝>の終わり

藤原氏が長屋王家を滅ぼし、<持統王朝>を断絶させるまで。

1. 女系/女性天皇の時代

2. 藤原氏に包囲される天皇の座

3. 聖武・藤原氏と長屋王の確執