オルダス・ハクスリー すばらしい世界

著者堤 未果
シリーズNHK 100分de名著 2026 年 9 月
発行所NHK 出版
電子書籍
刊行2026/09/01(発売:2026/08/25)
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読了2026/10/04

『すばらしい新世界』は、題名は知っていたけど読んだことはなかった。 解説を聞いて、ディストピア小説の大傑作だと分かった。 最近、『華氏451度』を 読んだのだが、そちらにはストーリー展開の不自然さがあったし、焚書という限られた問題に 焦点が当たっていた。それに対し、 『すばらしい新世界』は、社会の全体的な設計によるディストピアを扱っており、スコープが広い。 さらに、そのことで、技術によって快適に設計された究極のユートピアは究極のディストピアでは ないかという哲学的な問いを正面から扱っていることになっているし、解説されている通り、 現代社会にも通じる問題を数多く含んでいる。

「100分de名著」放送時のメモと放送テキストのサマリー

第1回 完璧な管理社会は幸福か

『すばらしい新世界』基本情報

物語の進行と解説

物語の進行解説
  • 小説は、巨大な建物「中央ロンドン 孵化・条件づけセンター」から始まる。 人間は孵化センターで大量生産されている。生まれるときから階級が決められる。 支配階級がアルファとベータ。労働者階級がガンマとデルタとエプシロン。 労働者階級は多胎児にされ大量生産される。「条件付け」で仕事に最適な体にされる。
  • 人々には「幸せ」が与えられるので、階級を不満だとも思わない。
  • 世界国家のモットーは、共同性(コミュニティ)、同一性(アイデンティティ)、安定性(スタビリティ)。
  • ハクスリーは、生物学者 J.B.S. ホールデンと親友だった。ホールデンは、1924 年に出版した 『ダイダロス、あるいは科学と未来』で体外受精、人工子宮で人間が生まれる未来を予測した。 ホールデンは、未来を明るく肯定的に捉えていた。ハクスリーは、これを小説に取り入れた。
  • 優生学で最初から格差を固定するのが良いことだとする前提で書かれている。 当時は、優生学を肯定的に捉える空気があった。
  • ハクスリーは、優生学に対してアンビヴァレントな気持ちを持っていたと考えられる。だから小説にしたのだろう。
  • 格差が不満を生まない工夫が科学技術によってしっかりなされている。
  • ある階級の子供は、その階級でいることが幸せなのだ、ということが赤ちゃんの時から刷り込まれる。
  • 「誰もがみんなのもの」というスローガンで、フリーセックスが称揚される。 「母親」「父親」という単語はいやらしいものだという感覚も刷り込まれる。
  • 「継ぎはぎするより次々捨てよう」というスローガンで、大量消費が良しとされる。
  • 「鬱かなと思ったら早めのソーマ」で、合法麻薬「ソーマ」の使用が推奨される。
  • 健康科学の進展により、60歳ごろまでバリバリ現役で働ける。
  • この世界では、生々しい感情を伴う女性の出産、家族、結婚、恋愛はすべて否定されている。 激しい感情は全部排除して、効率化する。
  • ソーマを飲むと、幸せになれる。現代で言えば、スマートドラッグ、SNS、ショート動画など。
  • バーナード・マルクスが登場する。アルファ階級なのだが、身長が低くて体格が貧弱なため、心が屈折している。
  • バーナードは、レーニナに好意を抱いている。レーニナはベータ階級で、この世界に何の疑問も持っていない。
  • バーナードはレーニナに、「きみはもっとほかのやり方で幸せになりたいと思わないか、レーニナ。 たとえば、ほかのみんなと同じじゃない、きみ自身のやり方で」と生き方に対する疑問を投げかける。 レーニナは混乱する。
  • バーナード・マルクスとレーニナの名前は、マルクスとレーニンのパロディ。
  • バーナードは、胎児の時に成長阻害剤が工場のミスで入れられたと噂されている。 社会から浮いているから、自分で物事を考え始める。
  • バーナードには、ハクスリーの生い立ちが投影されている。 ハクスリーは医者になろうと思っていたが、角膜炎でしばらくほとんど目が見えなくなったので、文学に転向する。 つまり、作者ハクスリーは名門理系一家のアウトサイダーであった。

第2回 文明社会が捨て去ったもの

物語の進行と解説

物語の進行解説
  • バーナードがレーニナを誘ってニューメキシコの「野蛮人居留地」に観光旅行に行く。 そこは汚かったし、老人がいた。「新世界」では医療が発達しているから、 老人然とした「老人」がいなかったのだ。それから、母親もいた。
  • 「新世界(文明世界)」は、とにかく清潔だった。老化をテクノロジーで防いでいるから、老いが無かった。 さらに、子供は孵化センターで育てられるから、母親はいなかった。
  • 文明社会の人々は、野蛮人居留地を見ることによって、自分たちの世界が最高だと思うようにできていた。
  • 野蛮人居留地には宗教儀式があって、若者が生贄となって鞭打ちを受ける。
  • 野蛮人居留地にジョンという白人の男がいた。母親のリンダは、もともとロンドンのベータ階級で、 その昔、男と居留地観光に来て取り残された。リンダは避妊をしていたはずなのに、妊娠してジョンを産んだ。 ジョンとリンダは、居留地に適応できず、アウトサイダーとして生きてきた。
  • リンダは「新世界」で育ったので、母親になることが最大の恥だった。だから、息子のジョンにに対して 暴力を振るった。と同時に本能的に息子を愛してもいた。
  • ジョンは不幸だったが、長老からものづくりを教わったり、誰かを愛したりするときに幸せになれた。
  • ジョンは、レーニナに一目惚れしてしまう。
  • ジョンは風変わりな言葉遣いをする。それは、シェイクスピアからの引用だった。ジョンは、12歳の時、 シェイクスピア全集を手に入れて、それに惹かれた。シェイクスピアは、ジョンに自分の思いを表現する 言葉を与えてくれた。
  • バーナードは、ジョンの孤独に共感した。
  • バーナードは、ジョンにリンダと一緒に文明社会に来ることを提案する。
  • ジョンが、文明社会に期待を膨らませて、「ああ、すばらしい新世界、こういう人たちがいるとは! O brave new world, That has such people in't!」という。これはシェイクスピアの『テンペスト』の引用。 『テンペスト』では、孤島で育った娘ミランダが人間の一行を初めて見てこの言葉を言う。
  • 本は、人々に自分の感情を表現したり、ものごとを考えたりする道具を与える。 だから、国家は、人々が幼児の時に本を嫌いにさせる。
  • 感情が言語化されて初めて、私たちは自由意志を持つ。感情を言語化できない人は、洗脳されやすい。
  • バーナードが、ジョンとリンダを文明社会に連れて行くのは、実は保身のためだった。 実は、バーナードは地方に左遷されそうになっていた。バーナードは、ジョンの父親が孵化センターの所長で あるらしいことに気付き、所長を陥れようとした。
  • バーナードがロンドンに戻って、孵化センターの所長がバーナードにアイスランド行きを命じようとしたとき、 バーナードはリンダを呼び込んだ。所長が子供を産ませたことはスキャンダルとなり、所長は辞任する。 一方、バーナードは人気者になる。バーナードは得意の絶頂を味わった。
  • バーナードは、承認欲求の罠にはまった。人間の脆さがわかる。 バーナードは自我が作れそうなポジションにいたのに、チヤホヤされてあっという間に浮かれる。

第3回 言葉が共有できなくなる時

物語の進行と解説

物語の進行解説
  • ジョンはレーニナに一目惚れをする。
  • レーニナはジョンを触感映画 (Feelie) に連れていく。肘掛けをつかむと、五感がリアルに刺激される仕掛けがある。 映画が終わったとき、レーニナは気分が高揚していた。その一方で、ジョンは、映画は下劣だったと憤慨していた。 レーニナは抱かれるつもりだったが、ジョンは何もせずに帰った。そんなジョンにレーニナは思いを募らせる。
  • 後日、レーニナは、自分のことが好きか、ジョンに尋ねた。ジョンは愛しているだと言った。レーニナはジョンを 抱きしめ、積極的に迫るが、ジョンはそれを激しく拒否した。レーニナは、ジョンの仕打ちが理解できなかった。
  • ジョンの「恥知らずの淫売め!」という台詞は、シェイクスピアのオセローが妻を罵倒する言葉。 オセローは妻が浮気していると思い込んでいた。
  • レーニナの暮らす社会には貞操という概念がない。ジョンとレーニナは、生きてきた世界が違うから 対話ができていない。
  • バーナードの親友のヘルムホルツは、プロパガンダを作る仕事をしている。イケメンで背が高い。
  • ヘルムホルツはモテ男だが、屈折したバーナードとなぜか気が合う。ヘルムホルツは、自分が作るプロパガンダの 言葉に重みが無いと感じている。
  • ヘルムホルツは、「新世界」ではタブーとされていた詩を書く。 ヘルムホルツは、自分の詩を自分が教えている学生用の教材の中に紛れ込ませて、大問題になる。
  • ヘルムホルツは、ジョンとたちまち意気投合する。ヘルムホルツは、ジョンが読むシェイクスピアの詩の言葉に 鋭く反応した。しかし、ロミオとジュリエットの悲劇が分からず、爆笑してしまう。
  • ヘルムホルツは、シェイクスピアの技術を絶賛する。
  • 当時は、世論操作が産業になっていく時代だった。フロイトの甥のエドワード・バーネイズが『プロパガンダ』(1928) という著書を出している。
  • ヘルムホルツとジョンは半分分かりあっている。
  • この「新世界」では一人でいる事は異常とされる。その中で、ヘルムホルツとバーナードは孤独を感じている。 バーナードは、自分がどこかでバカにされているんじゃないかという疎外感から来る孤独を感じている。 ヘルムホルツは、優秀過ぎるゆえの孤独を感じている。
  • 現代でも、疑問を持つ人は危険分子と見做される。それで、マスメディアでも自主規制が行われている。
  • ジョンの母親のリンダが老いて危篤になった。リンダは、「新世界」では下品とされる「母親」になっていたので、 「新世界」では爪弾きになっていた。それで、麻薬のソーマを濫用し、寿命が縮まった。
  • リンダは、終末医療病院に入れられていた。治療のための場所ではなく、患者にはソーマが与えられ、 苦痛無く死ぬようにされていた。そこへ子供たちが社会見学にやってきた。死は悲しいものではないという 条件付け学習をさせるための見学だった。ジョンは、憤慨して、子供たちをリンダに近付けまいとした。
  • 「新世界」では、技術によって老いも死も取り除かれている。ピンピンコロリになるように管理されている。 ピンピンコロリはディストピアなのかユートピアなのか?現代社会もピンピンコロリを目指しているが、 それで良いのか?
  • 死を悲しむのは、かけがえのない存在を喪失するから。だから、死を悲しまない社会は、 取り換えのきかない人がいなくなる社会である。
  • 「新世界」では、死が幸せによって掻き消される。
  • 私たちもヘルムホルツのように問い続けなければならない。

第4回 自発的に隷従する人々

物語の進行と解説

物語の進行解説
  • ジョンはリンダを看取った後、ソーマを受け取る労働者の列を見る。 ジョンは、労働者に向かって「やめろ!」と叫んだ。彼は労働者たちに人間らしさを与えようとして、 ソーマを窓から外に投げ捨てる。ジョンは群衆に襲われた。
  • 警官隊が突入して、群衆にソーマを噴霧した。それで騒ぎは収まって、 ジョン、ヘルムホルツとバーナードは捕まった。
  • 群衆にとって、ジョンの行為は有難迷惑だった。
  • 人々は、幸せが手に入るならば、すぐに自由を手放す。自由は、『1984年』のように暴力で奪うよりも、 幸せで奪う方が賢い管理である。
  • 現代の人々は、ネットのランキング情報などで、自分が体感し評価する自由を放り出して、 簡単に幸せ情報を得ている。
  • バーナードはヘタレっぷりを存分に出している。私たちもバーナードのような自己正当化を しょっちゅうやっている。
  • ジョン、ヘルムホルツとバーナードは世界統制官のムスタファ・モンドと対面する。 世界統制官とは、統一国家の最高管理職で、世界に10人いる。
  • ムスタファ・モンドは、知識も教養もあり、気さくな男だった。 ジョンはムスタファと正直に対話した。
  • ムスタファは、『オセロー』を引用しながら、社会的不安なしには悲劇はつくれないんだと言う。 人々は幸福なので、悲劇を理解しないはずだと言う。だからシェイクスピアは禁書だ。
  • ムスタファは、緻密な社会制度設計を説明する。優秀な人間は1割、9割は知能の劣った人間にする。 優秀な人間ばかりだと争いが起きるからだ。
  • ジョンが自由が欲しいと言うと、ムスタファは「君は不幸になる権利を要求しているわけだ」と言う。 ジョンは、「それで結構」と答える。
  • ムスタファは、もともと優秀な物理学者だった。島送りにされかけたので、体制側に回ることで生き延びた。
  • 科学は疑いの連続なので、安定を脅かす。本当のことを知らない方が幸せになれる。 それが、ムスタファの考える理想社会である。ムスタファも善意でそうしている。
  • 世界大戦を経験したハクスリー自身の相反する考えが、ムスタファとジョンにそれぞれ投影されているのだろう。
  • 話し合いの結果、バーナードとヘルムホルツは島送りになる。ジョンも島に行きたいと言うが、 留め置かれる。
  • ジョンは、使われなくなった航空灯台に隠れ住むことにした。自給自足生活をするつもりだった。
  • ジョンが自らを戒めるため鞭打ちしていたところを目撃され、記者が押しかけるようになった。 さらにジョンの生活が隠し撮りされて映画にされ、それが人気になって、見物客が押し寄せるようになった。
  • ヘリコプターからレーニナが下りてきたので、ジョンは彼女を鞭打ち、自分も鞭打つ。 それを見た見物客が興奮して騒動になる。翌日、ジョンは自殺する。
  • 小説は、ジョンの自殺で終わる。 現代でも、リアリティーショーで人が自殺した事件があった。
  • ハクスリーは、15年後にこのラストにしたことを後悔している。 今書き直すのなら、ジョンに第三の選択肢である正気の道を提示するだろうと書いている。
  • 人間の「最終目標」を一人一人が探求すれば、結果的にディストピアではない社会が生まれるのではないか。
  • 現代の私たちは、高度なテクノロジーや効率化を追求している。立ち止まらなければ、 この小説のようになるのではないか。