第 5 章 生命と地球の歴史

参考書 第 3 章と第 4 章では、現在の地球の大局的なありさまを見てきた。 本章では、過去の地球を見て行く。ここで、地球科学が歴史科学であるという 一面を紹介する。歴史を調べるというのが地球科学の大きな特徴であり、 同時に胡散臭いところでもある。なぜなら、歴史は一度しか起こらず 再現実験ができないから、どうしても絶対に確かであるということが 言えないからである。それでも、数少ない証拠を手に過去を解読するのが 地球科学者の使命である。過去を明らかにすることが、未来を生きる知恵となる。

歴史というのは、ただ起こったことを順番に並べただけだと、羅列で面白くない。 歴史を面白く見るために大切なことは視点である。ここでは、生命という視点で、 地球の歴史を見てゆくことにする。

5-1 生命と海洋の元素組成

生命を形作る主要 4 元素は、多い方から H, O, C, N である。 言い換えると、生命は水と有機物で出来ている。

第2章で述べたとおり、太陽系に存在する主要元素は、 多い方から、H, He, O, C, N であった。 He は化合物を作らない希ガスだから、地球が出来た熱い時代にほとんど 飛散してしまった。それを除くと、まさに生命を作る主要元素と 順番を含めて一致する。すなわち、われわれ生命はまさに「宇宙の子」 なのである。別の言い方をすると、非常にありふれた元素で出来ている。 第2章では、O, C, N を「氷成分元素」と呼んだが、生命を中心にしてみると、 「生命成分元素」と呼んでも良い。

この元素組成をもう少し詳しく見てみよう。

人体を構成する元素の存在度 (出典:桜井弘 (2000) 化学と教育 48, 459-463; 桜井弘氏講演録)

元素数比(%)重量比(%)
H63.010.0
O25.665.0
C9.518.0
N1.33.0
Ca0.241.5
P0.201.0
S0.050.25
Na0.040.15
K0.030.20
Cl0.030.15
Mg0.010.05

Solar Abundance (Anders and Grevesse, 1989) (Si の原子数を 106 とした場合の相対的な数)

H2.79 x 1010
He2.72 x 109
O2.38 x 107
C1.01 x 107
N3.13 x 106
Ne3.44 x 106
Mg1.074x 106
Si1.00 x 106
Fe9.00 x 105

これらを比べると、O, C, N までの順序は合っているのだが、 それから下はだいぶん違うことがわかる。そこで、海の組成を見てみる。

海水のイオン濃度 (出典:J.E. Andres, P. Brimblecombe, T.D. Jickells, P.S. Liss (1997)「地球環境化学入門」シュプリンガー・フェアラーク東京; その元は Berner and Berner (1987), Broecker and Peng (1982)) (単位 mmol l-1)

Cl-550
Na+470
Mg2+53
SO42-28
K+10
Ca2+10
HCO32-2

順番こそ違うものの、N, P を除いては生命を作る主要元素のすべてが 現れていることがわかる。そこで、われわれは「海の子」であるということも 出来る。だから、生命の起源は海であると信じられている。 人間は陸に上がってしばらく経つとはいえ、依然として海の記憶を 残しているのである。もちろん、このことは、汗などがしょっぱいことで 日常的にも知られていることではある。

海洋中に C も少ないように見えるかもしれないが、C は大気中に 二酸化炭素 (CO2)があり、海底や陸上の岩石中に炭酸塩 (CO32- イオンを含む鉱物)があり、火山ガスにも 二酸化炭素が多く含まれるので、かなり使っても足りなくなることはない。

N, P が海洋に少ないことが問題である。このことは、海洋生態系を決定づける 要因の一つである。海の生態系は N, P に飢えている。そこで、N, P をたくさん 含んでいるものを海に流すと、海が富栄養化して、赤潮などさまざまの 「環境汚染」を生じるのである。また、肥料の最重要要素が、 窒素と燐酸であるのも(窒素、燐酸、カリが肥料の3要素)、 陸上の生命も N, P に飢えていることを示している。

では、なぜそんなことになったのか? 生命が N, P を使っていなければ、海洋生態系は飢えずに済んだし、 「富栄養化問題」も発生せずに済んだのに。一つの考え方としては、 昔は海中にもたくさんあったのだけれど、生命が使い果たしたのだということがある。 ほかの元素は岩石にもかなり含まれるので、生命が使っても、風化によって 次々に供給される。しかし、N, P は岩石にあまり含まれないので、 いったん使われてしまうとなくなってしまう。とはいえ、燐酸は pH が 現在の海洋くらいだと溶解度が低いので、昔の海洋にどのくらいあったかは疑問。

5-2 炭素の存在形態

歴史の話に入る前に、もう少し化学の話をする。 有機物の骨格を作る炭素の性質をある程度見ておきたい。 この内容は次の第 6 章にも大いに関連がある。 生命を考えるだけでなく、気候や資源問題を考える上の基本でもある。

炭素を考える上での基本は、C が、H, O の存在下でどのような形態で 存在しうるかということである。炭素には、酸化型、還元型、単体の 3つの存在形態がある。

種類定義
酸化型酸素と結合するもの [酸化数 > 0]
  • 気体:二酸化炭素、一酸化炭素
  • 水中:炭酸イオン、重炭酸イオン
  • 鉱物:炭酸カルシウム(方解石、霰石:注)、炭酸マグネシウム
還元型水素と結合するもの [酸化数 < 0] メタン、各種炭化水素、有機化合物
単体炭素だけ [酸化数 = 0] グラファイト、ダイアモンド

(注)方解石と霰石について

Cf. 脊椎動物の骨の材料は、主としてコラーゲンと結晶度の低い ヒドロキシアパタイト(水酸燐灰石) Ca10(PO4)6(OH)2 から 出来ている。

登場人物は以上のようなものたちである。エネルギー的に見て、 基本は CO2 と CH4 である。 酸素がたくさんある(酸化的環境)と CO2 になり、 水素がたくさんある(還元的環境)と CH4 になる。

もうちょっとちゃんと言えば、 酸素がたくさんあると(O と H で H2O を作ったとき O が余る)

CH4 + 2 O2 → CO2 + 2 H2O(l) + 890.3 kJ/mol
(燃焼、呼吸)
水素がたくさんあると(O と H で H2O を作ったとき H が余る)、
CO2 + 4 H2 → CH4 + 2 H2O(l) + 253.0 kJ/mol
(二酸化炭素呼吸:ある種のメタン生成菌が行っている反応)
[Cf. メタン生成細菌には、有機物を分解して CO2 と CH4 にする(メタン発酵)タイプのものもある。:講義では省略]
というような反応が起こる。(数字の出典: Suppl.5-2-1

現在の地表環境は酸素がたくさんあるので、CO2 が一番起こりやすい 存在形態。要するに炭素やらメタンやら有機化合物はすぐ燃える。

生命を作る元素がありふれているにもかかわらず、有機物を作るのがたいへんで、 昔は有機物は生命にしか作れないと思われていた理由は、現在の地表に O2 がたくさんあって、有機物が燃えやすい状況にあるせいである。 大気が水素・アンモニア・メタンなどでできていれば、有機物は比較的 簡単にできる。

5-3 生命の誕生

生命の誕生を考えるのに、以下の2ステップに分けて考えよう。
  1. 生命を作る材料となる有機物質の形成
  2. 有機物から生命が誕生
もちろんわからないことも多いのだが、わかっている範囲のことを ざっと述べてみよう。

5-3-1 有機物の起源

有機物は地球で作られたという人と、宇宙で作られて地球に持ち込まれた と考える人とがいる。宇宙で作られたと考えるにしても、どのレベルまでを 宇宙で作って、どこから先が地球でできたのかはいろいろな考え方がある。 生命の元素組成から言って、最初宇宙で作られたにせよ、最後には海の中で 変化したに違いない。

宇宙で作るという考え方の有利な点は、基本的な有機物が宇宙でありふれた元素で 作られているということと、星間雲や原始太陽系星雲は水素ガスがたくさんあって 非常に還元的な環境であるため、有機物が出来やすいことである。 実際、宇宙には有機物がたくさんあるし、彗星にもたくさんあることがわかっている (ハレー彗星、ヘール・ボップ彗星、百武彗星などの観測)。 氷衛星や Kuiper Belt 天体にもたくさんありそうだ。 小惑星帯のメインベルトではあまり見つかっていないが、本当にないのか、 表面が暗い場合に見えづらいということなのか良くわかっていない(氷 衛星のように背景が白いと見えやすい)。

宇宙で作ることの不利な点は、それが地球の大気圏に突入して加熱され、 地球に衝突するときにどこまで生き残ることができるかわからない点だ。

一方で、地球の海で作るという考え方は自然である。海と言っても その場所には大きく2通りあって、浅い海と深海の熱水噴出孔の近く である。浅い海だとすると、有機物を作るエネルギーは、太陽エネルギーとか 雷とか紫外線とかいうような話になる。この場合は、大気の組成も大いに 関係する。原始大気に水素があるくらいに還元的ならば、 有機物はできやすいが、二酸化炭素・水蒸気大気のような酸化的なものならば、 有機物が出来づらい。原始大気の組成はいまだに議論があり、よくわかっていない。 深海の場合は、海底火山のエネルギーを使う。鉱物の表面や内部で 複雑な有機物が合成されやすいという話がある。

[以下のことは、はっきりしないので、講義では使わない]
海洋の組成と関係することで、窒素を生物が多く使う理由は何だろうか? 宇宙で窒素を含んだ有機物ができて、それが海の中でさらに生物に利用される 形になったという考え方もありうる。

5-3-2 有機物からの生命の誕生

生命はいつ、どこで、どのように生まれたのだろうか?

まず、生命が生まれた時期は、おそらく 40-38 億年前ころだ。(地球誕生は 45 億年前である)
[ビデオ「地球大進化」:Rosing が Isua を案内して最古の生命の証拠だと 言っている場面]
地球上の「最古の」石から生命の痕跡が見つかる。最古という意味は、 古い時代の証拠が残っている(変成度の低い)岩石のうちで最も古いということ である。それがこのビデオのグリーンランドの Isua 岩体である。 岩体ができたのは 37 億年前よりも古く 38 億年前くらいと考えられる。 ここで生命の証拠とされているのが、炭素の同位体 (陽子数が同じで、中性子数が異なる原子核)の割合だ。 炭素には 12C と 13C という同位体がある。 生き物が作る炭素化合物は、無機物よりも 13C が少ない。すなわち 軽い同位体が多い。そこで、軽い炭素同位体が多い炭素がみつかると、生物の証拠だと 考える。ただし、無機的にできる可能性もあるので、決定的ではない。 でも、40-38 億年前という現存する最古の石が出来たころには、 生命はたぶんすでにいたんじゃないか、と思っている人が多い。 生命は地球の非常に初期に生まれた、というわけだ。 40 億という数字にはあまり根拠がない。あまり古い時代は隕石衝突が激しいから、 生命が生まれないのではないかと思っているだけである。

次に、生命がどこで生まれたかということに関しては 現在いろいろな考え方があるのだが、最も有力な考え方は、深海底の温泉、 つまり海底熱水活動域、にあったのではないかというものだ。 まず、生命を構成する元素組成が海の組成と似通っているということから、 生命は海で生まれたということが一番自然だ。 熱水が起源であるとする根拠は2つある。

  1. 最近の分子系統学の結果からすると、始原的生物は超好熱菌、 つまりすごーく熱いところに住む菌であることがかなり確からしい。 そういう熱い環境というのは、海の底の温泉だ。
  2. 最古に近い生命の化石とみられる 35 億年前のものがあった場所が、 海底で火山活動が起こっているような場所であることがわかってきた。

[DVD : archaean park (最初の 5:45 くらいの浦辺さんの話が終わるまで)]
現在でも海底にそのような温泉がある場所がある。たとえばこの DVD の場所だ。 そういう研究に私もちょっとかかわっている。そういう場所では現在も奇妙な生き物が たくさんいる。そういう生き物で目に見えるようなものはもちろんかなり進化した 生物で、原始の生物とはかけはなれたものだが、しかし、こういう場所やこういう ところに住む菌を調べると、最古の生命についての情報が得られるかもしれない。 そういうことでたとえば日本でも昨年度までアーキアン・パーク計画という 共同研究があった。これはその宣伝 DVD だ。もちろん原始の熱水系は こんなににぎやかではなくて、菌だけの世界だ。そうすると、 変な汚らしいけばけばしい色がついた温泉の様子の方がむしろ近い。

「どのように」は、一番よくわからないところで、生命の本質に関わる。 RNA に自己複製能力がありそうだということから、まずは RNA が 自己複製をする世界から始まったとする「RNA ワールド仮説」が 有力視されているが、それ以上の具体的描像があるわけではない。

5-4 光合成と酸素の発生

地球の初期には大気中にほとんど酸素はなかったと考えられている。 光合成生物が酸素を吐き出すようになってから、大気中に酸素が増えてきた。

[図を板書:地球の歴史]
地球の歴史をおおざっぱに見てみると、まず 45 億年前に地球が誕生し、 前節で見たように、40 億年前頃に生命が生まれる。生命にとって、 その次に重要な事件はたぶん光合成の開始だが、それがいつかは はっきりしない [東工大丸山さんの最近の見解だと 37 億年頃でかなり古い]。 わかっていることとしては、ともかく 27-28 億年前ころには、 光合成が非常にさかんになったらしい。 ストロマトライトと呼ばれる化石が多くなってきていて、これはシアノバクテリア という光合成生物が作ったと信じられている。そのことによって、 海の中の酸素が増えた。海の中の酸素は海の中の鉄イオンを酸化して酸化鉄を作る。

Fe2+(水に溶ける)→ Fe3+(水に溶けない)
そのようにしてできたこの時代の酸化鉄の量は膨大で、現在私たちが使っている 鉄の原料の鉄鉱石はほとんどその時代にできたものだ。 そのようにこの時代のことはわれわれの生活にも関わっている。

たぶん 20 億年前の前後あたりで大気中の酸素濃度が増えた。 海の中で鉄を酸化し尽くして酸素があふれてきた。酸素が大気中にでてきて、 ミトコンドリアが酸素呼吸するようになって、真核生物がでてきたんではないか、 という考え方もある。 この話を聞くと、酸素が出てきて生物に住み良い環境ができたと思うかもしれないが 事実はおそらくその逆。これは地球史最大の環境汚染だった可能性が高い。なぜか? 酸素は、ものを燃やすほどに反応性の高い物質だから、大気中の酸素は、 生物にとってはもともとは猛毒だった。人間にとって酸素は必須だから そうは思えないかもしれないが、酸素は基本的には毒で、呼吸する生物は それを無毒化する装置を備えている。ミトコンドリアはさらに酸素を 利用するというところまでいった。このように、このあたりの時代は、 生物界にとっても現在のような生物が生まれる大きなステップになっている。

大気中に酸素があると、オゾン層ができて紫外線を吸収するようになるので、 生物が陸上に進出しやすい環境ができる。酸素の増加と生命の陸上進出とに 関係があるという議論をする人もいるが、本当にタイミングが合っているかどうかは よくわかっていない。

5-5 大量絶滅と生物の進化

参考書
デビッド・ラウプ「大絶滅」(平河出版社)

[地質年代の図] 図は高校の教科書から取った。
まず、ふつう地学を勉強すると習う年代の名前について考えてみることにする。 地球史45億年を大きく分けて、先カンブリア時代、古生代、中生代、新生代 と分けるやり方だ。

まず、この分け方は非常に偏っている。とくに6億年より前をひとつの色に塗りつぶす これはひどい。なぜこうなっているのか?[学生に聞いてみる] 答:それより前には骨格を持った大型の動物化石がないから。 骨を持つ生物の出現は、非常に短期間に突然起こった(カンブリア紀の大爆発)。 それは 5 億 3000 万年前から数 100 - 数 1000 万年間。 このときに現生の生物の門のほとんどすべてが出現した。つまり、 動物の解剖学的なデザインのすべてがここで完成してしまった。 その後は動物のデザインには大きい変化がない。

次に、古生代・中生代・新生代という区分が何で分けられているのか? 化石生物の種類の交代で分けられている。○○紀もそう。 だいたい、この時代にはこういう動物がいた、ということだ。 なるほど、と思うかもしれないが、ここで冷静に考えてみる必要がある。 ある時期に生物種が入れ替わるということは、生態系に激変があるということだ。 何が起こったのでしょう?実は、それが生物の大量絶滅だ。 大量絶滅の後に、空っぽになった生態系に新しい種がでてきた、と考えられる。

実は、このことがちゃんと認識されるようになったのは、あんまり昔のことではない。

Alvarez et al (1980) 隕石衝突による恐竜絶滅(中生代と新生代の境界 = 6500 万年前)
もちろんこれ以前から、大量絶滅は古生物学のはじめから薄々気付いていた人もいたのだが、 考えないようにしていた。それは、化石記録は不完全だからということと、 がはびこっていたせいだ。だから、大量絶滅とはいっても、日常的な絶滅よりほんの少し 激しい絶滅が起こったにすぎないと思い込んでいた。 Alvarez 以来、世の中大きく変わった。【漸進説の崩壊】 という2つのことがらがはっきり認識されるようになった。地球科学で ものの考え方ががらっと変わることが時々ある。 Alvarez 論文とは何か?
論文の最初の2人、Luis Alvarez と Walter Alvarez は親子。 Luis Alvarez は 1968 年に素粒子実験でノーベル物理学賞を受賞している。 Walter Alvarez はその息子で地質学者。 恐竜絶滅の原因を知りたいということで(正確には K/T 境界の層の堆積時間を 知りたいということで)白金族元素を調べ始めた。すると、あーら不思議、 Ir がいっぱいあった。Ir は地球ができるときには、コアに吸い取られるので、 地表には非常に少ない。ところが、K/T 層だけ 160 倍も大きかった。 その理由を隕石の衝突に求めた。太陽系の初期の生き残りの隕石ならば、 コア形成を経験していないので、Ir が多くて良い。

その後、いろいろな論争があったが、メキシコのユカタン半島でちょうどよい クレーターが見つかった、ということなどで、ほとんどこの考えが確立された。

[Raup and Sepkoski の図, raul_l[1].png]
では、本当に生物がどのくらい絶滅しているかを見てみよう。 これは、化石のデータから、むかしの海洋無脊椎動物の科の数を調べたものである。 すると、はっきりと何回か大量にいなくなっている時期があることがわかる。 ちょっとへこんでいるだけじゃないかと思う人もいるかもしれないが、それは正しくない。 たとえば、こう考えて見ましょう。今の人間の 99.9 % を殺したとする。 人類は絶滅するかというとしない。60 億人が 600 万人になるだけだから、10 万年位前に 戻るだけ。これは人間が多すぎるせいでもあるが、言いたいことは本質的にはそういうことである。 たとえば、中生代と新生代の境目で、科の数が 10 % 強絶滅しているが、これは 種の数なら 70 % くらいの絶滅である。もっとすごいのは古生代と新生代の境目で、 科の数が半分くらいになっている。これは種の数だと 96 % くらいの絶滅に相当する (ただし、これは科に絶滅しやすさの違いがなかったとする場合である)。 個体数で言えば 99 % を超えるようなすごい絶滅である。

[写真:木曾川の P/T 境界, Inuyama.jpg (全地球史本カラーページ)]
とはいえ、実は古生代と中生代の境界の大量絶滅の原因はよくわかっていない。 これは、犬山の木曽川の川縁にある第6事件の地層の写真だ。大事件の証拠は こういう身近ところにある。そこのところだけ黒くなっているところに注目。 他のところは赤い。赤いのは鉄錆の色で、黒いところは鉄分が錆びなかったというこだ。 この地層は海底でたまったものだから、当時の海底がかなりすごい酸欠状態だったと いうことを意味している。どうしてそういう酸欠状態になったかは謎だ。 なくなった酸素がどこに行ったのかも大問題だ。大気中にたまったのだろうか? そうすると大気の方は酸素ありすぎ状態で山火事がたくさんおこったかもしれない。 実際、ここの化学教室の篠原先生のグループは火事の時にできると言われている フラーレンを検出している。ついでにいえば、このフラーレンの語源の バックミンスター・フラーという人は「宇宙船地球号」という概念を考え出した人で、 地球環境問題の先駆者の一人と言って良いような人だ。

こんなことが起こった理由として、東大の磯崎さんは「プルームの冬」という考えを 出している。当時、地球上の大陸は1ヵ所に集まっていてパンゲアという超大陸が できていた。大きい大陸ができるとそれは地球の中の熱に対しては断熱材の役割を するから、その下が熱くなってくる。やがて、激しい火山活動が起こるようになる。 そうすると噴出物が太陽光を遮って冬のようになるだろう。それを「核の冬」を もじって「プルームの冬」と称したわけだ。

ここで、非常に重要な帰結がある。(Gould and Eldridge 断続平衡説)

「生存競争は進化の主要な原動力ではない。理不尽な絶滅と それに引き続く生態系の回復こそが進化の原動力だ。」
絶滅は理不尽だ。隕石衝突のような大事件が起こってしまうと、それまで 環境に適応していたかどうかはあまり問題ではない。たまたま大事件に強い 性質を持っていたものが生き残るのである。また、平時は生態系が飽和しているので、 新しい種が出てくる余地が少ない。絶滅こそが新しい種を生み出す力になる。

そもそも遺伝子レベルでどのように進化が起こるのか?ちょっと話がずれるが、 愛知県ゆかりの話なので話をしておく。

分子進化の中立説 (1968) by 木村資生(きむらもとお)
木村資生は岡崎の人で、東海地方ゆかりの人である。
「分子レベルの突然変異は偶然であって、その突然変異のほとんどは 淘汰に関して有利でも不利でもない。」
"Survival of the Luckiest 運が良いものが生き残る"
この説を出した当時、世界は neo-Darwinism 一色で、ほとんどの突然変異は 淘汰にとって中立ではありえないと思われていた。その思い込みと正反対なので、 最初は反発が多かった。
進化の原動力は偶然。多くの遺伝子の変異は益でも害でもない。 ダーウィン的淘汰は表現型でのみ働き、分子進化では働かない。

というような感じで、最近はっきりわかってきていることは、 生物の進化は、自然淘汰だけでは説明できないということだ。 ミクロなレベルでは淘汰は働かない。マクロなレベルでは、大量絶滅が重要。 なぜ人類がいるのか?偶然の賜物:たとえば、恐竜さんが死んでくれなかったら、 人類はいなかっただろう。今も、中生代の続きだっただろう。