第5章では炭素の生命を作る分子という側面を学んだ。本章では、 二酸化炭素を通じた気候のコントロール、化石燃料によるエネルギー供給という 観点で炭素を見て行く。それらの関わりを議論し、現代社会を議論する基礎としよう。
全体の構成は以下の通り。
CO2 + H2O ←→ CH2O + O2 (右向き矢印が光合成、左向き矢印が呼吸)[黒板図:短期的炭素サイクル]
これに関してよくある初歩的な勘違い:樹木を燃やすと CO2 が
増えるので環境に悪い。
これは、そこだけ取り出せば正しい。しかし、樹木を燃やしても、
その分植林をすれば CO2 は増えない。そこで、
樹木を燃やして燃料にするエネルギーを「バイオマス」と称して、
温暖化対策のひとつと考える人もいる。
[図:もうちょっとくわしい短期的炭素サイクル]
もうちょっと詳しく書くとこのようになる。細かいことはそんなに気にしないで良い。
減らす要因に関して詳しく説明する
(2a) 風化と炭酸塩の沈殿
物事を単純化して考えるために、CaSiO3
という珪酸塩が風化されるとする。前に、世の中の石の代表は
MgSiO3 だと言った。MgSiO3 でも良いのだが、
いろいろ紛れがあるので、CaSiO3 にする。
CaSiO3 + 2 CO2 + H2O → Ca2+ + 2 HCO3- + SiO2これで、二酸化炭素が 2 mol 消費され、珪酸塩が水に溶けて、やがて海へ流入する。 海では、この炭酸水素イオンがやがて炭酸塩になる。
Ca2+ + 2 HCO3- → CaCO3 + CO2 + H2O現在では、この反応は生物が殻を作ることによって行っている。たとえば、サンゴとか プランクトンである有孔虫などである。上の二つを合わせると、結局
CaSiO3 + CO2 → CaCO3 + SiO2となり、岩石成分 1 mol の風化で二酸化炭素が 1 mol 消費されて、炭酸塩となる。
(2b) 有機炭素埋没
有機炭素を腐らせないで地中に埋めることが出来れば、短期的炭素サイクルを
ちょん切って大気 CO2 を減らすことが出来る。
その有機炭素は化石燃料になりうる。そして、二酸化炭素が減って酸素が増える。
昔、20 億年前に大気中に酸素がたまり出したのも、結局こういう炭素の埋没が
起こったせいである(光合成が起きたというだけでは、酸素が増えることはない)。
最後に、人為的原因による二酸化炭素の増減で重要なプロセスは、もちろん
(1b) 化石燃料の燃焼
である。いったん埋没した有機炭素である化石燃料を燃やすと、
大気 CO2 が増えることになる。
[図:堆積物中での炭素の存在形態]
有機炭素:無機炭素=1:5無機炭素の量が多いのは、(1) もともと CO2 ができやすく、 さらに、(2) その CO2 は海の中で生物が殻を作って石にするからである。 さらに、
石油:有機炭素全量=1:10000なので、石油は希少資源である(ただし、石油が利用できるかできないかは 技術とコストとの兼ね合いなので、その境界はあいまいである)。
利用できる石油(貯留岩):利用できない石油(非貯留岩)=1:240
まず、次のことを認めてもらおう。 温度が T の不透明な物体は表面から光として単位面積あたり
I = σ T4のエネルギーを放出する。これをステファン・ボルツマンの法則という。 ここで、σ = 5.67 × 10-8 W m-2 K-4 である。 こうなる理由は、物理をきちんと勉強しないと言えないのでここでは省略する。 要するに、温度が増えると温度の4乗にしたがって急激にエネルギー放射が 増えるということだ。
これを基にして温室効果がどういうものか考えてみよう。温室効果の本質は、
大気は太陽光のような可視光線は通す。一方、地球は赤外線で光っているのだが、 大気は赤外線に対して透明でないということだ。
これだけでは何のことやら分からないだろうから、もう少し説明する。 地球の表層のエネルギー収支の基本は
太陽から可視光としてエネルギーを受け取りである。その出る方に関所があるので、いわば渋滞して(喩えが悪いか?) 温度が上がるというのが温室効果である。
地球から赤外光として宇宙空間にエネルギーを捨てる
大気において温室効果を持つガスとしては、水蒸気(H2O)、
二酸化炭素(CO2)、オゾン(O3)などが重要である。
現在の大気の温室効果のうち、60 % が水蒸気、
26 % が二酸化炭素、8 % がオゾンによるものである(数字は
定義の仕方に依存するので、目安だと思ってほしい)。
(出典)
J.T. Kiehl and K.E. Trenberth (1997)
"Earth's Annual Global Mean Energy Budget"
Bull. Amer. Meteorological Society, 78, 197-208
温室効果ガスとしては水蒸気が重要であるにも関わらず、以下の話では 二酸化炭素がキーとして出てくる。そうなる理由は、水蒸気量は、その時の 大気海洋の状態(温度など)に応じて自動的に決まるもので、大気海洋の 外から決められないからである。たとえば、二酸化炭素が 2 倍になると 気温が 4 度上がるという予測がある。それは、もう少しきちんと言えば、 二酸化炭素が 2 倍になって気温が上昇すると、水蒸気の量も増えて、 その水蒸気と二酸化炭素の温室効果を合わせて 4 度上昇するという意味である (「水蒸気フィードバック」)。以下では、二酸化炭素が増えたら気温が 変わると言うときには、そこまで言外に含んでいるとする。 ここはよく誤解される点である (参考 web page : Real Climate "Water vapour: feedback or forcing? ここにかなり詳しい 議論がある)。
[図:温室効果の簡単モデル]
もう少しだけ定量的に考えるために、
大気を赤外光に対して不透明な1層の物質としてモデル化しよう。
すると、地表に関するエネルギーバランスは
IE + σ Ta4 = σ Tg4大気に対するエネルギーバランスは
σ Tg4 = 2 σ Ta4となる。合わせると、
σ Ta4 = IEそこで、実際に数字 IE = 241 W m-2 を入れて計算すると
σ Tg4 = 2 IE
Ta = 4√(IE/σ) = 255 Kとなる。大気がないとすると、地表の温度は Ta になるはずだから、 その差が温室効果ということになる。実は、大気の枚数を n 枚にすると
Tg = 4√2 4√(IE/σ) = 304 K
Tg = 4√(n+1) 4√(IE/σ)になっていくらでも温度を上げられる。問題は、大気が不透明層何枚分に当たるかと いうことで、それは本当はちゃんと計算しないとわからない。でも、現実的に 地表の温度は 300 K くらいだから、1枚分くらいというのが現実だろう。
ここまでが温室効果の原理である。
大きく2つのトレンドを見て欲しい。
星の進化の理論から太陽放射は時代とともに少しずつ増えている。 逆に、過去に行くと太陽が少し暗くなっている。
では、過去ほど寒いかというとそういうことでもない (faint young sun paradox)。
[DVD 地球大進化「全球凍結」 title1 chap4 (5 分くらいから) が
全球凍結の解説 (とくに 7:40 以降)、chap13 は全球凍結の終りの解説
(時間があれば)]
全球凍結:いったん地球が凍り付いてしまうと、二酸化炭素が大気にたまる
ようになって、あるとき突然氷が融け初め、その次には気温60度とかいう
ような極端な温暖化が起きたと言われている。
[氷期・間氷期サイクルは省略しよう]
安田喜憲「気候変動の文明史」(NTT出版)過去の気候変動で人類がどういう影響を受けたかを見てみるのは、 人類の将来を占う上でも面白い。ただし、気候変動と人間の歴史の 対応関係は認められるものの、因果関係が証明されたわけではない。 したがって、以下の話は証明されたものではなくて、 「そういう話もある」という程度に受け取ってもらえると良い。
[配布図:炭素同位体比から見た気候変動]
歴史時代の気候変動を見ると、だいたい図のようになっている。
中世(平安時代)は温暖。江戸時代は寒冷(小氷期)。
これは、日本だけでなく世界的傾向としてそうである。
たとえばヨーロッパでは、中世の温暖期 (10-13 世紀)はバイキングが
活躍した時代で、グリーンランドは緑の島だった。
一方で、小氷期になると、イギリスではテームズ川が凍っていたと
言われている(現在では、とても凍りそうにない)。
さて、日本の歴史と対応してみると、気候が時代の「雰囲気」を決めて
いるようにも見える。
まず、おおざっぱにみると
もう少し細かく見てもそんな感じがする。
その前の古墳時代もそんな感じがする。
米本昌平「地球環境問題とは何か」(岩波新書)
地球温暖化問題の政治的な側面がわかる
レポートでは現状は次のように認識されている。
地球温暖化問題は、不確定な未来にどう対応するか?という問題であることにも 注意を払う必要がある。温暖化で何度上がるか予想しろという問題に対する 気候学者の解答には依然としてかなり幅がある。地球システムには非常に多くの 要素が入っているので、研究者がいくら努力してもどうしても分からない部分が かなり残るのはやむを得ない。きちんとした答えが出てから対応しようとしていたら、 手遅れになる可能性がある。このような問題にどう対処したら良いか? これは皆さんのような将来世代に残された課題である。地球温暖化問題に限らず、 次節の石油資源問題、次章に関係する地震予知問題も、すべてこの手の問題である。 研究者が予測できることにかなり不確定性が残っている場合に社会として どのように対応したら良いのか?皆さん自身の問題である。
Kenneth S. Deffeyes "Hubbert's Peak -- The Impending World Oil Shortage" (Princeton Paperback)参考HP
ポール・ロバーツ「石油の終焉」(光文社)
石井吉徳「豊かな石油時代が終わる」 http://www007.upp.so-net.ne.jp/tikyuu/index.html
[表:石油の成分]
そのためにまず、石油とは何かということを見てゆこう。
そもそも、石油は単一の物質ではない。
石油とは、ふつうには、炭化水素を主とする有機炭素の混合物で液体のもの、である。
しかし、英語の petroleum は、液体の油(oil)、気体の天然ガス(natural gas)、
固体の炭化水素類(アスファルト、ワックスなど)を含むもので、専門家は
これらをまとめて石油ということが多い。
産地や年代によっても中身は異なる。
[省略:石油は、貯留岩と呼ばれる砂岩や炭酸塩岩の粒の隙間に含まれている。 それを集めて資源にする。]
もうちょっと広く見ると、化石燃料とは、生物遺骸が有機炭素として残っているものである。それには、石油、天然ガス、石炭がある。それらの中間的なものもある。また、 とくに天然ガスでは、生物起源だが遺骸起源ではないもの、無機起源のものもある。 石炭は植物起源であることがはっきりしている。それに比べれば、石油の起源はわかりにくい。 それは、一言で言えば、液体には地質学の方法の重要なものが使えないからだ。 石炭だと植物の形が残っているが、液体になると残らない。また、液体は出来たところから 移動してしまうので、もともとどういう場所で出来たのかわからない。 ただし、生物起源であることは炭素同位体が δ13C が -25〜-30‰ と 軽いということで、まず確かである。
[図:続成作用に伴う石油の生成]
現在考えられている石油の生成プロセスは図の通りである。
石油は、堆積岩の中で有機物がだんだん変化してゆくことでできる。
元になる有機物が何かは場所によって異なる。
まず、何らかの理由で、有機物が分解されずに残ることが必要(還元的環境)。
それが、いったんある程度分解され再び重合してケロジェンと呼ばれる複雑な
高分子化合物の混合物になる。その後、熱などである程度分解したものが
石油であると考えられている。
[省略:化学成分の特徴から判断すると、たとえば中東の石油は、おそらく海底で出来たのであり、 藻類などに由来したもののようだ。一方で、アメリカの石油は陸とか海でも 河口付近でできたもののようだ。]
[省略:石油が出来た年代としては、ジュラ紀から第3紀( 2 億年から 100 万年前)のものが ほとんどである。新しい石油がないのは、おそらく石油ができるために ある程度「熟成」期間が必要なせいである。古いのが少ないのは、「熟成」しすぎると、 分解しすぎてガスになってしまうためであると考えられている。程よい熟成期間が 必要なのである。 ]
[図:白亜紀の石油産地]
石油は、良く知られている通り、中東に多い。なぜか?
中東の石油は白亜紀のものだ。先の気温変化を見ると、温暖期。 これはかなり暖かくて、大陸氷床はなかっただろう。それから、 海の底も 15 度くらいあったらしい。その結果として、 海洋循環がかなり滞ったらしい。前に深層の熱塩循環の話をした。 そのときやったように、現在の海は、グリーンランド沖とかウエッデル海で 冷たくて塩辛い水が沈むことで海全体がかき混ぜられている。ところが、 気候が暖かいと沈む水がないので、海が混ざらない。 しかも、今の中東は昔はテチス海という内海だったので、さらに混ざりにくい。 その結果、海のある程度以上深いところが長い間酸欠状態になったと 考えられている。そのために、底にたまった有機物が分解されずに埋没した。 これが中東の大油田の起源だと考えられる。
このように、CO2 と資源問題はこういうところでも結びついている。
昔から 40 年説があったが、今はそういうことを言う人はいない。 今世紀中になくなることはない。しかし、近いうちに供給はピークを迎えるであろう。 一方、需要は増えるだろうから、石油は高騰する。現在の石油の高騰も 単なるマネーゲームの結果だけではない。実際に供給がそろそろ需要に 追い付かなくなってきているのだ。
[図:石油発見の歴史]
(1) これからの石油供給はどうなるのか?
40 年説を聞き厭きて、これからも石油は発見されるだろうから、将来に
不安はないという楽観論を述べる人がいる。しかし、根拠がないことが多い。
(1-i) 大油田の発見は 1960 年代くらいまでで終わっている。
世界最大の油田 Ghawar (Saudi Arabia) は 1940 年代の発見、2番目の Burgan
(Kuwait) は 1930 年代の発見である。これに匹敵する大油田はそれ以後全く
見つかっていない。
(1-ii) タールサンドがあると言って安心する人もいる。
しかし、量は多いが、採掘コストが格段に高い。すなわち、
(得られるエネルギー)/(投入エネルギー)が小さい。
だから、タールサンドを使うならば、価格が高くなることは避けられない。
また、硫黄分が多くて質もあまり良くない。
(1-iii) というわけで、近いうちに世界の石油生産がピークを迎えることは
避けられない。ひょっとするとすでにピークが来ているかもしれない。
今世紀中に石油がなくなることはないにしても、価格の高騰は避けられない。
(1-iv) 最後まで持つのは中東の石油であることにも注意しよう。
(2) 石油需要の増加
石油の需要は増加する。とくに中国など現在大きく発展している国々の
需要が増加する。だからこそ、中国は国策として石油確保に血眼になっている。
需要別で重要なのは、ひとつは運輸部門である。発電などは、天然ガス、
原子力など代わりがあるが、自動車、飛行機の燃料は代わりがない。
[余談:前に述べた通り、運輸部門は二酸化炭素問題でも重要]
(3) 石油の供給不足と社会の今後
石油は現代社会を支えているので、間もなく石油生産がピークを迎えると
社会が激変するだろう。石油がなくなってくると、石油は燃料としてよりは、
石油化学製品の原料として重要になってくるであろう。
石油は、食糧を支えていることにも注意すべきである。
たとえば、窒素肥料は間接的には石油化学製品である(窒素肥料は
アンモニアから合成する。アンモニアは水素ガスと窒素ガスから合成する。
水素ガスの原料は石油である)。
今食べている食糧は世界中から燃料を使って運ばれてきている。
季節外れのものが食べられるのも燃料のおかげである。
そう言ったさまざまの意味で、われわれは「石油を食べて」いる。
石油が無くなると、何と飢えるかもしれない!
ただ、石油不足は地球温暖化問題にとっては良いことである。
(ただし、ガソリン代が2倍になっても影響は小さいかもしれない:イギリスの例)
(4) 南北問題
先に、地球温暖化問題が南北問題であるという話をしたが、石油エネルギー問題も
やはり南北問題の様相を帯びている。というのも、石油が高くなったとき、
先進国は買えるが、発展途上国(産油国を除く)は買えなくなって石油
獲得競争から脱落するからである。石油の値段が上がるというのは
そういうことで、やはり金がものを言うのである。
(5) イラク戦争の背景:アメリカの石油戦略、日本の石油戦略
人道的な問題はもちろん重要だが、それは置いておいて、
石油問題としてはこの戦争は何か?考えてみよう。