皆さんの中には、ご親戚、お友達が被害に遭われた方もいるかもしれない。 この授業では、そういう方の感情を刺激するようなことを言うかもしれない。 しかし、そうはいっても、科学的に冷静に対処するための基礎知識は私は皆さんに 知っておいてほしいと思うし、九州大学の学生たるもの感情を理由にして事実に 目を背けてはいけない。 小中高の教育現場では、このような災害の後では、災害の話がタブーになることもあると聞く。 しかしながら、事実を直視することが、今後いろいろな自然災害に遭ったときに、 適切な対処をとるためには必要だと思う。九州大学の学生は、今後の社会において 重要な役割を担っていくはずだから、その責任から逃れてはいけない。
3月の東日本大震災では、津波の被害が大きかったのが特徴なので、今日は 地震と津波の話をそれぞれ半分ずつくらいしてみたいと思う。 系統的に話すには、1回では足りないので、今回は
間違いだらけの地震と津波の知識 -- 気になる報道用語と題して、よくジャーナリズムで使われる言葉遣いの間違い(といっても、たいていは 部分的に正しくて部分的に間違っているのだが)を正して行くという形で行ってみたい。 報道関係はよく常套句を使うことで、自分に責任が来ないような安易な道を選ぶ。 そのことには注意しておかないと判断を誤る。
ポイントを5つ挙げて、それぞれに付いて解説してゆこう。
まず、「未曾有」は、読み下すと「いまだかつてあらず」ということだから、過去に これほど大きな災害は無かったと読むことが出来る。災害の規模を死者・行方不明者数で 測ることにしよう。今回の東北地方太平洋沖地震の死者・行方不明者数は約2万3千人 (警察庁のまとめでは、5/5 時点で 22627 名) で、もちろん大変な数である。しかし、過去にはそのような大きな災害は無かったのだろうか (もちろん福島原発事故のようなことが起こった事は明らかに未曾有である)?
世界で考えれば、これはもちろん No である。つい最近 2005 年の、スマトラ島沖地震と それに伴う津波では、死者・行方不明者数は約 30 万人の大惨事になった。 これが、史上最悪の地震津波災害である。
では、日本ではどうかというと、地震津波災害としては確かにきちんとした記録が 知られている限りでは、過去最悪である。 しかし、同程度の地震津波災害としては、宝永地震 (1707) [東海・東南海・南海連動型の 地震で、M8.4(理科年表)、死者少なくとも2万人(理科年表)]、 明治三陸津波 (1896) [揺れの少ないいわゆる津波地震で、M8.5(理科年表)、 死者 21959 人(理科年表) 26360 人(日本の地震活動)] があり、 さらにもっと昔の明応地震 (1498) [戦国時代が始まる頃に起こった 東海・東南海連動型地震で、M8.2-8.4(理科年表)、 津波被害が大きく死者 5 万人以上( 中日新聞記事:飯田汲事の研究による or 同じ記事 in 7社連合)] の死者数は 5 万人を 超えていたという話もある。過去のデータの不確かさを考えるとはっきりはしないが、 今回の地震は日本の地震とそれに伴う津波に限定しても未曾有の災害ではなかったかもしれない。
日本の地震の死者としては、関東大震災 (1923) の死者・行方不明者が突出して多くて 14 万 2 千人余りである。これは、良く知られている通り、火災による死者が多かった。
いずれにしても、軽々しく未曾有という言葉を使うのでは、過去に学ぶということを 放棄することになると思う。
ちなみに、福岡県は明治以来今までのところ、大きな災害は比較的少ない。昭和 20 年以降 100 人以上の死者を 出しているのは、昭和 28 年の梅雨に伴う西日本水害のみ [データ源:福岡県主要災害統計 in 平成21年災害年報]。 このときには、九州北部の大多数の川が氾濫し、福岡県全体で 286 人の死者を出している。 とはいえ、警固断層の地震等、警戒すべき自然災害がいくつか想定できるので、全く安心という意味ではない。
参考ビデオ:東海テレビ (2006/01/15) 巨大地震!これだけの危険 東海地震被害予測地震による死者は主に (1) 建物の倒壊や家具の転倒による圧死 (2) 建物の火災 (3) 津波が原因で発生する。 この点は、風水害や火山災害とは異なる。
名大工学部の福和先生出演:福和先生のおかげで良い番組になっている (ビデオ時間表)
[適宜ビデオを用いる]
そこで地震防災で重要なことは次の点に集約される。
地震防災で何をしておいたら良いかが専門家にもまだ十分には理解されていない 側面もある。その証拠に、地震が起きるたびに新しい課題が認識される。たとえば、 兵庫県南部地震では
想定外ということは、過去にこのような地震が起こることが想定されていなかったかどうか? ということである。
国家レベルの防災計画として想定されていなかったというのは正しい。それは、 地震調査研究推進本部の長期評価を見ても、今回のように岩手県沖から茨城県沖にかけて の広い範囲が震源域が想定されていないということからわかる。
しかし、部分的な想定としては正しい部分もあった。
以上のことを踏まえると、想定外と言ってもいろいろなレベルがあり、どのレベルで 想定外だったのかを言っておかないと無意味であることが分かる。東北地方太平洋沖地震の ような地震が地震調査研究推進本部の長期評価で想定されていなかったとはいえ、この長期評価が 全く無意味というわけではない。本当にこの評価に従った防災対策がなされていれば、 たとえば福島第一原発の被害は軽減できたはずだ。
より問題なのは、あまりちゃんと考えずに、想定外という言葉が責任ある人々の 免罪符に使えてしまうことである。 たとえば、東京電力は「今回の地震や津波は、地震や津波の専門家でも想定外だったのだから、 電力会社として想定していなかったのは当然であり、責任は無い」と言ってしまって、 福島第一原発事故の責任を逃れることが出来る。これはもちろん正しくない(と私は思う)。 第一に、貞観地震・津波を考えると、地震や津波に関する想定が甘かったのは確かだし、 第二に、福島第二原発や女川原発に比べて福島第一原発で大きな被害があったのは、 やはり福島第一原発に問題があったというべきだし、 第三に、こういった巨大技術は、常に不測の事態への備えをしておかなければならないのに、 明らかに不十分だった。
報道は、「想定外の地震や津波」という言葉を使うことで、おそらく無意識のうちに、 科学に対する信頼感を失墜させ、そのことによって報道自身がこのような災害を想定を していなかったことの免罪符にしているのだと思う。
正しい想定外という言葉の使い方は以下のようなことだと思う。 福島第一原発事故のような事故を想定外として対策を考えていなかった 東京電力・周辺地方自治体・国は、原発を運用するための準備が不足していた。
マグニチュード M とエネルギー E(erg) の間の関係は、だいたい
log E = 11.8 + 1.5 Mとなる。大事なことは、マグニチュードが 1 増えると、エネルギーは約 30 倍、 マグニチュードが 2 増えると、エネルギーが約 1000 倍になるということだ。
ただし、エネルギーを言われてもわかりにくいので、断層の長さと対応させる方が 大雑把にはわかりやすい。だいたい
M6 が 10 kmというのがひとつの目安だ。これは 静岡大学の小山先生の考え http://sk01.ed.shizuoka.ac.jp/koyama/public_html/etc/Abstracts/godo00.html だ。
M7 が 30 km
M8 が 100 km
おおざっぱに言えば、より多くの観測点のデータを用いた方がマグニチュードが求められる。
できれば、世界中のデータを用いるのが良い。しかし、P 波が地球の裏側に伝わるのに約 20 分
などと言ったことを考えると(注)、世界中のある程度ちゃんとしたデータは数時間経たないと
得られない。しかし、津波の予報等にはそんなのは待っていられないので、マグニチュードには
大きく分けると、速報性を重視して地震直後に発表するものと、正確さを重視して
時間がかなり経ってから発表するものの2種類あり、その中間のものもいろいろある。
(注)もう少し専門的に参考になる時間(理解するには専門の学部〜大学院レベルの知識が必要):
自由振動のうちで最も周期の長い 0S2 の周期が 53.9 分、
Rayleigh 波が地球を一周するのが 3 時間くらい。
気象庁のマグニチュードの値が変わったというのは、正確に言えば、速報性を大事にした マグニチュードから正確さを大事にしたマグニチュードまでをいつもの順番に発表していった だけのことで、変わったのではない。もっとも、最後の 8.8 → 9.0 は「変わった」ものである。
そこで、次に、気象庁がどれだけの種類のマグニチュードを使っているかを知る必要がある。 それは、おおざっぱに言えば、気象庁マグニチュードとモーメントマグニチュードの2種類である。 気象庁マグニチュードは、気象庁が伝統的に(といっても時代とともに改訂されている)用いている マグニチュードであり、モーメントマグニチュードは、最近取り入れられた より物理的に明確な意味のあるマグニチュードである。
モーメントマグニチュードは、物理的に明確な意味がある。 詳しく言えば、まず、地震にはモーメント M0=μDS という量が定義される。ここでμは剛性率(地面の硬さを表す指標のひとつ)、 Dは断層がずれた量、Sは断層の面積である。このモーメントから、 モーメントマグニチュードが Mw=(log M0 - 9.1) /1.5 により求められる。 しかし、モーメントを求める計算は複雑で、しかも世界中のデータを要するので、 結果を出すのに時間がかかるし、小規模の地震では使えないという欠点があり、 一貫した標準としては気象庁マグニチュードの方が用いられる。 一方、M 8 クラス以上の大地震ではモーメントマグニチュードを用いるのが、物理的には良い。
気象庁マグニチュードは、比較的大きな地震に関しては、中周期(5秒くらい)変位型地震計の 振幅を基にしており、小規模の地震に関しては、短周期(1秒くらい)速度型地震計の振幅を 基にしている。基本的には、マグニチュードは変位の最大振幅の log に距離による減衰効果を 加味したものである。 現行マグニチュードは2003 年 9 月より適用されたものであり、詳細は 気象庁の 2003 年 9 月の報道発表資料 や Kohtaro Araragi 氏の blog 2011/03/24 を参考にされたい。 だが、気象庁マグニチュードは 7.5 くらいより上でだんだん頭打ちになることが知られている。 それは、今回のような長く続く地震の場合、地震の継続時間とか長周期の波等が 考慮されねばならないのに、気象庁マグニチュードでは考慮されないからである (基本的には最大振幅のみ)。M 8 クラス以上の巨大地震の場合は、 モーメントマグニチュードの方が適切に地震の規模を表している。そこで、 気象庁でも最近ではモーメントマグニチュードを計算するようになった。 [Cf. 内陸地震のマグニチュード; 内陸地震では、むしろ気象庁マグニチュードの方がモーメントマグニチュードよりも小さくなることが多い]
気象庁マグニチュードにも、速報値、暫定値、確定値の3つがある。 速報値は、速報性を重視するもので、約 180 点のデータを使って、2、3分後に出すものである。 精度は犠牲にして、スピードを重視して防災に役立てようとしている。 暫定値は、通常は翌日、大地震の場合は数時間後に出すマグニチュードで、 約 3100 点のデータを用いている。暫定値でほぼ確定なのだが、 さらに検討を経て、数ヶ月後に「地震火山月報(カタログ編)」に確定値が載せられる。
以上の予備知識の上で、今回の東北地方太平洋沖地震のマグニチュードを見て行くと、 最初の 7.9 は、気象庁マグニチュードの速報値、次に 16 時に発表された 8.4 は 気象庁マグニチュードの暫定値、その後 17 時半にモーメントマグニチュードの 8.8 を発表し、 それから世界中のデータを使って改めて解析し直して2日後にモーメントマグニチュードを 9.0 に訂正したということである。これだけ巨大な地震になると、どのくらいの期間の 地震波を解析に使わないといけないかなど考えないといけなくて自動ではなかなかいかないので、 このような経過はおかしなことではない。
このような経過を問題視する一部のジャーナリストは、単に勉強不足なだけである。 数字は、その意味をよく理解し、数字に振り回されないことが大切である。
海の深さを H とし、波の波長を L、流れの速さを V、波の高さを h とする。 すると、横へ動く水の量と縦へ動く水の量の関係(連続の式)から
V H = (h/T) Lが得られ、運動方程式から(文系の諸君といえど、ma = F は知っているだろうか?)
ρ (V/T) = (ρ g h)/Lが得られる。もちろん厳密に解こうと思うと微分方程式を解かないといけないが おおざっぱな見積もりをしようと思ったら、こんなもので良い。
辺々割って V, h を消去すると
H T = L2/(g T)が得られ、これから
L/T = √(g H)がわかる。これが波の進む速さ(位相速度)を与える。これは、波の山や谷が進む速さのことで、 流れの速さとは異なる。一方、流れの速さは
V = (h/H) √(g H)となる。あまり岸に近くなければ h<<H なので、V <<(波の速さ)である。
東北地方太平洋沖津波において、釜石沖の深さ 1000 m の場所での観測では、 h = 2 m 程度(最大では 5 m だが、波長の長い成分はこの程度)、 T = 40 分 = 2400 s 程度であった。このことから、
(波の速さ L/T)=√(g H) = 100 m/s (ジェット機並:ジェット機は 200 m/s くらい)という程度であったことが分かる。
波長 L = T ×(波の速さ)= 240 km 〜 200 km (震源の幅くらい)
流れの速さ = (h/H) ×(波の速さ)= 0.2 m/s = 700 m/h
岸に近づくとこれらの量が変化する。T は変化しない。H は浅くなる。これに伴って 波の速さは
L/T ∝ H1/2で遅くなる。波長も
L = (L/T) × T ∝ H1/2で短くなる。エネルギーは h2 L に比例していて、これがだいたい保存するので 波の高さは
h ∝ L−1/2 ∝ H−1/4となる。ただし、波の高さは狭い湾に入るとこれよりも大きくなる。
ふたたび、先の例を用いて、沿岸で深さが 10 m になったとすると(1/100 になる)
波の速さは 10 m/s に減速し(自動車並:時速 40 km)となる。これでだいたいの感じはつかめるだろうか?
波長は 20 km に縮む(それでもかなり長いので、津波を受ける人から見ると、水が押し寄せるだけでなかなか引かない。これは T = 40 分であることからもわかる。)
そして、波の高さは 6 m に増加する(最大では 15 m くらい)
狭い意味での「高さ」は、肝心の場所の検潮所からのデータが来なくなったので、 すぐには分からなかった。 ようやく 3/23 になって気象庁から宮古で8.5m以上、大船渡で8m以上という発表があった [ 気象庁:3/23 報道発表資料]。 ただし、計測機器も壊れているので、確実な値ではない。 沖合での観測から、計算によって、この狭い意味での「高さ」を求めることができる。 たとえば、釜石沖の水深 1000 m で約 5 m、水深 200 m で約 6-7 m という観測がある。 これを水深 20m まで延長すると、釜石での津波の高さは 12m くらいということになる。 港湾空港技術研究所の詳しい計算によると、海岸での津波の高さは、三陸南部で 10-15 m、仙台湾から福島北部で 15 m くらいになるそうだ。 [ PARI Vol.4 by 港湾空港技術研究所, 港湾空港技術研究所 東北地方太平洋沖地震 この中の港湾空港技術研究所資料「調査速報」が詳しい。]
遡上高は現地調査で調べる。いくつかの機関から、調査のまとめが出ている。
このことと関連して、津波防波堤の高さと津波の高さの関係である。 狭い意味での「高さ」が 10 m の津波が来た場合は、10 m の防波堤では防ぐことが出来ない。 津波においては、深さ全体で押し寄せてくるのだから、単純に言うと、壁で反射するときは 高さが2倍になる。そこで、高さ 10 m の津波は 20 m の防潮堤が無いと防ぐことが出来ない。 もちろん、防潮堤は垂直な壁ではないから、厳密なことは詳しい計算が必要だけれども、 目安としては、津波防潮堤は、津波の高さの2倍くらいなければ、津波の侵入を防ぐことが出来ない。
報道を聞く際に注意しないといけないのは、わざとかどうか分からないけれども、 いろいろな高さを区別していないことである。これをしておかないと今後の対策も 正しく行えなくなる。これも、数字は、その意味をよく理解し、数字に振り回されないことが 大切である例の一つである。
ついでに:現地調査ではなくて、写真判読に基づく被災地マップとして
があり、津波による浸水の様子が良くわかる。津波防災の基本は、もちろん「高いところに逃げる」である。
防波堤は一応役に立つけれども、問題もある。先の説明の通り、10 m の津波に備えようと思うと、 20 m を超えるものが必要になる。これには莫大な費用がかかることと、 街が暗くなってしまうという景観上の問題が出てくるし、漁師にとっては港に出るのが不便に なってしまう。防災上も、防波堤には問題もある。ひとつは、海の様子が見えなくなってしまうので、 大きな津波が来たのが分からなくなることと、もう一つは、それがあるので安心しきって 逃げなくなってしまうことである。もちろん 40 m の防波堤を作れば良いのだが、 そんな町づくりが成り立つかどうか?無論、原発を守るためならばそのくらいのことは しなければならないだろう。
大きい津波が来ると、木造の建物はいくら丈夫でも流されてしまうので、津波が来そうな場所にいるときは、とにかく高い場所(もしくは鉄筋コンクリートの建物の高いところ)に逃げるしかない。
財産はあきらめて逃げるより他に手はない。他にも流れでくるような災害(洪水、土石流や
火山の火砕流や溶岩流)では、とにかく逃げるしかない。
津波による死から免れるためのヒントとして、以下のような例がある。
今回、釜石では小中学生がほとんど死ななかった!それは防災教育が行き届いていたおかげである。
釜石では、明治三陸津波のとき、人口5700人中約3000人が死んだと言われている
[中央防災会議報告書明治三陸津波第3章]。
そういう過去の苦い経験があったので、小中学校では徹底的に津波防災教育が行われていた。
ちゃんとした教材を作って、避難訓練をした。想定よりも大きい津波が来たにも関わらず、
教育が生きて、ちゃんと避難ができた。
群馬大学の片田先生のホームページを読んでみること。
[参考:報告:東北地方太平洋沖地震による津波被災地調査報告,
速報:釜石が繋いだ未来への希望ー子ども犠牲者ゼロまでの軌跡ー by 群馬大学片田]