間違いだらけの「地震と津波」の知識 気になる報道用語

最終更新日:2011/07/09

はじめに

東北地方太平洋沖地震とそれに伴う津波という未曾有の大災害があったので、 地震と津波に関する基本的な授業をすることになった。 私自身は地震学者でも津波学者でもないので、情報が最新ではないという面もあるが、 地震予知事業というしがらみもないのでいろいろものが言いやすい立場でもある。 そういうわけで、今回は私が担当することになった。

皆さんの中には、ご親戚、お友達が被害に遭われた方もいるかもしれない。 この授業では、そういう方の感情を刺激するようなことを言うかもしれない。 しかし、そうはいっても、科学的に冷静に対処するための基礎知識は私は皆さんに 知っておいてほしいと思うし、九州大学の学生たるもの感情を理由にして事実に 目を背けてはいけない。 小中高の教育現場では、このような災害の後では、災害の話がタブーになることもあると聞く。 しかしながら、事実を直視することが、今後いろいろな自然災害に遭ったときに、 適切な対処をとるためには必要だと思う。九州大学の学生は、今後の社会において 重要な役割を担っていくはずだから、その責任から逃れてはいけない。

3月の東日本大震災では、津波の被害が大きかったのが特徴なので、今日は 地震と津波の話をそれぞれ半分ずつくらいしてみたいと思う。 系統的に話すには、1回では足りないので、今回は

間違いだらけの地震と津波の知識 -- 気になる報道用語
と題して、よくジャーナリズムで使われる言葉遣いの間違い(といっても、たいていは 部分的に正しくて部分的に間違っているのだが)を正して行くという形で行ってみたい。 報道関係はよく常套句を使うことで、自分に責任が来ないような安易な道を選ぶ。 そのことには注意しておかないと判断を誤る。

ポイントを5つ挙げて、それぞれに付いて解説してゆこう。

[配布表:インターネットで防災情報を]

ポイント1 未曾有の大災害?

世の中では、未曾有の大災害という言葉が使われている。本当にそうだろうか? これを検証してみることで、地震に関する知識を深めてゆこう。

まず、「未曾有」は、読み下すと「いまだかつてあらず」ということだから、過去に これほど大きな災害は無かったと読むことが出来る。災害の規模を死者・行方不明者数で 測ることにしよう。今回の東北地方太平洋沖地震の死者・行方不明者数は約2万3千人 (警察庁のまとめでは、5/5 時点で 22627 名) で、もちろん大変な数である。しかし、過去にはそのような大きな災害は無かったのだろうか (もちろん福島原発事故のようなことが起こった事は明らかに未曾有である)?

世界で考えれば、これはもちろん No である。つい最近 2005 年の、スマトラ島沖地震と それに伴う津波では、死者・行方不明者数は約 30 万人の大惨事になった。 これが、史上最悪の地震津波災害である。

では、日本ではどうかというと、地震津波災害としては確かにきちんとした記録が 知られている限りでは、過去最悪である。 しかし、同程度の地震津波災害としては、宝永地震 (1707) [東海・東南海・南海連動型の 地震で、M8.4(理科年表)、死者少なくとも2万人(理科年表)]、 明治三陸津波 (1896) [揺れの少ないいわゆる津波地震で、M8.5(理科年表)、 死者 21959 人(理科年表) 26360 人(日本の地震活動)] があり、 さらにもっと昔の明応地震 (1498) [戦国時代が始まる頃に起こった 東海・東南海連動型地震で、M8.2-8.4(理科年表)、 津波被害が大きく死者 5 万人以上( 中日新聞記事:飯田汲事の研究による or 同じ記事 in 7社連合)] の死者数は 5 万人を 超えていたという話もある。過去のデータの不確かさを考えるとはっきりはしないが、 今回の地震は日本の地震とそれに伴う津波に限定しても未曾有の災害ではなかったかもしれない。

日本の地震の死者としては、関東大震災 (1923) の死者・行方不明者が突出して多くて 14 万 2 千人余りである。これは、良く知られている通り、火災による死者が多かった。

いずれにしても、軽々しく未曾有という言葉を使うのでは、過去に学ぶということを 放棄することになると思う。

ちなみに、福岡県は明治以来今までのところ、大きな災害は比較的少ない。昭和 20 年以降 100 人以上の死者を 出しているのは、昭和 28 年の梅雨に伴う西日本水害のみ [データ源:福岡県主要災害統計 in 平成21年災害年報]。 このときには、九州北部の大多数の川が氾濫し、福岡県全体で 286 人の死者を出している。 とはいえ、警固断層の地震等、警戒すべき自然災害がいくつか想定できるので、全く安心という意味ではない。

地震防災のポイント

以上のような事を踏まえて、地震防災のポイントをまとめておきたい。
参考ビデオ:東海テレビ (2006/01/15) 巨大地震!これだけの危険 東海地震被害予測
名大工学部の福和先生出演:福和先生のおかげで良い番組になっている (ビデオ時間表)
地震による死者は主に (1) 建物の倒壊や家具の転倒による圧死 (2) 建物の火災 (3) 津波が原因で発生する。 この点は、風水害や火山災害とは異なる。
[DVD: Discovery Channel 地震 Chapter 5 では、火災、津波、建物の被害の話を している]
今度の東日本大震災ではさらに原発故障という新たな問題も発生したが、これは 私は詳しくないので省略する。

[適宜ビデオを用いる]

(1) 建物の倒壊と家具の転倒
地震災害は建物があるから起こる。 野原で津波の来ないようなところで大地震に遭遇しても何も被害は無いだろう。 とくに兵庫県南部地震で建物崩壊の重要性が再認識された。 死因の8割は家屋の倒壊や家具転倒による圧死だった。死者の7割が即死。 [情報源:名古屋大学工学部福和先生講義録]
(2) 火災
とくに関東大震災の時の東京での死者の大部分が火災であったということで、 火災の重要性が昔から日本では強調されている。ただし、建物が倒壊せず 家具が転倒していなければ、火災の発生はだいぶん減るし、逃げることも 出来る可能性が高まる。したがって (1) が何より重要。関東大震災は特殊で、 東京はそんなに揺れなかったにも関わらず、人工密集地帯の火災であったため、 大惨事になった。
(3) 津波
今年の東日本大震災(死者 > 1万人)、 2004 年のスマトラ地震津波(死者 > 20万人)で重要性が改めて クローズアップされた。津波が起きそうだったらすぐに高いところに 逃げるべし。津波は普通の波より波長が長いので、波というよりは 流れに近いものだと認識すべし。[ビデオ参照]

そこで地震防災で重要なことは次の点に集約される。

(1-1) 建物を丈夫に(あるいは免震、制震)すること
建築費を1割くらい増やしただけで、強度をかなり up できる。
(1-2) 家具が倒れてこないようにすること
[そう言いながら、自分ではあまりできていない]
(1-3) 地盤が固い場所に住むこと
一般的には、かつて、海だったり谷だったり池だったりするところは地盤が軟弱。 地形、昔の地図や写真、地名などから判断できる。
(1-4) 活断層直上に建物を建てない
活断層がどこにあるかの細かい位置も、現在では簡単に知ることができる。 以下のような地図を見れば、活断層の位置を非常に詳細に (誰の家の下を通っているかまで!)知ることができる。 福岡市では、警固断層が福岡市中心部を通っているので最も警戒されている。 どこを通っているかは、自分でインターネットを検索してみてください。 しかし、実際はすでに建っているものも多い。
(2-1) 建物の防火性能を高める
(2-2) 町づくり:逃げ道の確保、延焼防止、消防車が入っている経路の確保
(3-1) 津波が来そうだったらすぐに高いところに逃げる
(3-2) 津波危険地域にはできれば住まない

地震防災で何をしておいたら良いかが専門家にもまだ十分には理解されていない 側面もある。その証拠に、地震が起きるたびに新しい課題が認識される。たとえば、 兵庫県南部地震では

東北地方太平洋沖地震では

ポイント2 想定外の地震や津波?

想定外の地震や津波という言葉も使われている。本当にそうだろうか?

想定外ということは、過去にこのような地震が起こることが想定されていなかったかどうか? ということである。

国家レベルの防災計画として想定されていなかったというのは正しい。それは、 地震調査研究推進本部の長期評価を見ても、今回のように岩手県沖から茨城県沖にかけて の広い範囲が震源域が想定されていないということからわかる。

しかし、部分的な想定としては正しい部分もあった。

  1. 今回の地震が起こった岩手県沖から茨城県沖にかけては、地震がしょっちゅうおこる場所だ という事は良く知られていた。上記長期評価でも対象地域にはなっている。 ただし、もっと細切れに起こる事が想定されていた。
  2. とくに、宮城県沖では 30 年以内に M7.4 くらいの地震が 99 % の確率で起こると 予想されていた。規模は当たらなかったが、地震が起こるという事は当たった。
  3. 福島県沖はこれまで地震の頻度が低かったので、大きな地震が起こるということが あまり想定されていなかった。このことが連動型地震の予測がなされなかったことに通じている。
  4. 連動型の超巨大地震が起きないと想定されていた大きな理由は、比較沈み込み学の考え方による。 M9 クラスの地震が起こるのは、若くて沈み込み速度が速いプレートに限られると考えられていた。 しかし、この考え方は、2004 年のスマトラ沖地震ですでに崩れてはいた。
  5. 一方で、はるか昔の 869 年に、地震とそれに伴う大きな津波があったことが 最近分かってきていた(貞観地震、貞観津波)。このことは、もう少しで国の防災計画の中に 反映されるはずであった [ 宮城県沖地震における重点的な調査観測 in 地震調査研究推進本部]。 その知見に基づいて、産業技術総合研究所の岡村は福島原発の危険性を訴えていた [ 総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会 耐震・構造設計委員会 地震・津波、 地質・地盤 合同 WG(第32回)議事録 同(第33回)]。
  6. 今回の地震前の国の長期予測でも、「三陸沖から房総沖の海溝寄り」は セグメント分けされておらず、大きな津波を起こすような地震(津波地震)が ある程度想定されていた。津波マグニチュードが 8.2 の地震が 30 年以内に 20 % の確率で起こるとされていた。 この想定に対応していただけでも被害が軽減できた可能性がある。
  7. 浜岡原発の地震や津波による危険性は「原発震災」としてすでに警鐘が鳴らされていた。
  8. 明治三陸津波 (1896) や昭和三陸津波 (1933) の経験から、 M9 までいかない M8 クラスの地震であっても 三陸沿岸を高さ 20m 級の津波が襲うことがあることはわかっていた。 岩手県の三陸沿岸においては、一生に一度は大津波に遭うと思っていなければならない。
    参考:吉村昭「三陸海岸大津波」(文春文庫)

以上のことを踏まえると、想定外と言ってもいろいろなレベルがあり、どのレベルで 想定外だったのかを言っておかないと無意味であることが分かる。東北地方太平洋沖地震の ような地震が地震調査研究推進本部の長期評価で想定されていなかったとはいえ、この長期評価が 全く無意味というわけではない。本当にこの評価に従った防災対策がなされていれば、 たとえば福島第一原発の被害は軽減できたはずだ。

より問題なのは、あまりちゃんと考えずに、想定外という言葉が責任ある人々の 免罪符に使えてしまうことである。 たとえば、東京電力は「今回の地震や津波は、地震や津波の専門家でも想定外だったのだから、 電力会社として想定していなかったのは当然であり、責任は無い」と言ってしまって、 福島第一原発事故の責任を逃れることが出来る。これはもちろん正しくない(と私は思う)。 第一に、貞観地震・津波を考えると、地震や津波に関する想定が甘かったのは確かだし、 第二に、福島第二原発や女川原発に比べて福島第一原発で大きな被害があったのは、 やはり福島第一原発に問題があったというべきだし、 第三に、こういった巨大技術は、常に不測の事態への備えをしておかなければならないのに、 明らかに不十分だった。

報道は、「想定外の地震や津波」という言葉を使うことで、おそらく無意識のうちに、 科学に対する信頼感を失墜させ、そのことによって報道自身がこのような災害を想定を していなかったことの免罪符にしているのだと思う。

正しい想定外という言葉の使い方は以下のようなことだと思う。 福島第一原発事故のような事故を想定外として対策を考えていなかった 東京電力・周辺地方自治体・国は、原発を運用するための準備が不足していた。

ポイント3 気象庁はマグニチュードを捏造した?

今回の地震で、気象庁が発表するマグニチュードが 7.9 → 8.4 → 8.8 → 9.0 と 変わったことで、気象庁の計算を疑問視する声があった。 私が立ち読みした週刊誌には、気象庁がマグニチュードを捏造したという話まで書いてあった。 しかし、それは全くのでたらめである。 第一、マグニチュードは世界中の機関で独立に計算されるので、そんなことはできるはずがない。

マグニチュードとは?

まず、よく知られていることではあるけれども、震度とマグニチュードも 世間では混同されやすい言葉なので丁寧に説明をしておこう。 [配布したもの]

マグニチュード M とエネルギー E(erg) の間の関係は、だいたい

log E = 11.8 + 1.5 M
となる。大事なことは、マグニチュードが 1 増えると、エネルギーは約 30 倍、 マグニチュードが 2 増えると、エネルギーが約 1000 倍になるということだ。

ただし、エネルギーを言われてもわかりにくいので、断層の長さと対応させる方が 大雑把にはわかりやすい。だいたい

M6 が 10 km
M7 が 30 km
M8 が 100 km
というのがひとつの目安だ。これは 静岡大学の小山先生の考え http://sk01.ed.shizuoka.ac.jp/koyama/public_html/etc/Abstracts/godo00.html だ。

マグニチュードのいろいろ

そこで話を元に戻す。気象庁の発表が変わった理由を知るには、 そもそもマグニチュードには複数の種類があることを知っておく必要がある。

おおざっぱに言えば、より多くの観測点のデータを用いた方がマグニチュードが求められる。 できれば、世界中のデータを用いるのが良い。しかし、P 波が地球の裏側に伝わるのに約 20 分 などと言ったことを考えると(注)、世界中のある程度ちゃんとしたデータは数時間経たないと 得られない。しかし、津波の予報等にはそんなのは待っていられないので、マグニチュードには 大きく分けると、速報性を重視して地震直後に発表するものと、正確さを重視して 時間がかなり経ってから発表するものの2種類あり、その中間のものもいろいろある。
(注)もう少し専門的に参考になる時間(理解するには専門の学部〜大学院レベルの知識が必要): 自由振動のうちで最も周期の長い 0S2 の周期が 53.9 分、 Rayleigh 波が地球を一周するのが 3 時間くらい。

気象庁のマグニチュードの値が変わったというのは、正確に言えば、速報性を大事にした マグニチュードから正確さを大事にしたマグニチュードまでをいつもの順番に発表していった だけのことで、変わったのではない。もっとも、最後の 8.8 → 9.0 は「変わった」ものである。

そこで、次に、気象庁がどれだけの種類のマグニチュードを使っているかを知る必要がある。 それは、おおざっぱに言えば、気象庁マグニチュードとモーメントマグニチュードの2種類である。 気象庁マグニチュードは、気象庁が伝統的に(といっても時代とともに改訂されている)用いている マグニチュードであり、モーメントマグニチュードは、最近取り入れられた より物理的に明確な意味のあるマグニチュードである。

モーメントマグニチュードは、物理的に明確な意味がある。 詳しく言えば、まず、地震にはモーメント M0=μDS という量が定義される。ここでμは剛性率(地面の硬さを表す指標のひとつ)、 Dは断層がずれた量、Sは断層の面積である。このモーメントから、 モーメントマグニチュードが Mw=(log M0 - 9.1) /1.5 により求められる。 しかし、モーメントを求める計算は複雑で、しかも世界中のデータを要するので、 結果を出すのに時間がかかるし、小規模の地震では使えないという欠点があり、 一貫した標準としては気象庁マグニチュードの方が用いられる。 一方、M 8 クラス以上の大地震ではモーメントマグニチュードを用いるのが、物理的には良い。

気象庁マグニチュードは、比較的大きな地震に関しては、中周期(5秒くらい)変位型地震計の 振幅を基にしており、小規模の地震に関しては、短周期(1秒くらい)速度型地震計の振幅を 基にしている。基本的には、マグニチュードは変位の最大振幅の log に距離による減衰効果を 加味したものである。 現行マグニチュードは2003 年 9 月より適用されたものであり、詳細は 気象庁の 2003 年 9 月の報道発表資料 Kohtaro Araragi 氏の blog 2011/03/24 を参考にされたい。 だが、気象庁マグニチュードは 7.5 くらいより上でだんだん頭打ちになることが知られている。 それは、今回のような長く続く地震の場合、地震の継続時間とか長周期の波等が 考慮されねばならないのに、気象庁マグニチュードでは考慮されないからである (基本的には最大振幅のみ)。M 8 クラス以上の巨大地震の場合は、 モーメントマグニチュードの方が適切に地震の規模を表している。そこで、 気象庁でも最近ではモーメントマグニチュードを計算するようになった。 [Cf. 内陸地震のマグニチュード; 内陸地震では、むしろ気象庁マグニチュードの方がモーメントマグニチュードよりも小さくなることが多い]

気象庁マグニチュードにも、速報値、暫定値、確定値の3つがある。 速報値は、速報性を重視するもので、約 180 点のデータを使って、2、3分後に出すものである。 精度は犠牲にして、スピードを重視して防災に役立てようとしている。 暫定値は、通常は翌日、大地震の場合は数時間後に出すマグニチュードで、 約 3100 点のデータを用いている。暫定値でほぼ確定なのだが、 さらに検討を経て、数ヶ月後に「地震火山月報(カタログ編)」に確定値が載せられる。

以上の予備知識の上で、今回の東北地方太平洋沖地震のマグニチュードを見て行くと、 最初の 7.9 は、気象庁マグニチュードの速報値、次に 16 時に発表された 8.4 は 気象庁マグニチュードの暫定値、その後 17 時半にモーメントマグニチュードの 8.8 を発表し、 それから世界中のデータを使って改めて解析し直して2日後にモーメントマグニチュードを 9.0 に訂正したということである。これだけ巨大な地震になると、どのくらいの期間の 地震波を解析に使わないといけないかなど考えないといけなくて自動ではなかなかいかないので、 このような経過はおかしなことではない。

このような経過を問題視する一部のジャーナリストは、単に勉強不足なだけである。 数字は、その意味をよく理解し、数字に振り回されないことが大切である。

ポイント4 津波の速さはジェット機並?

津波の速さとは何だろうか? まず、津波は波なので、波の速さと流れの速さを区別しないといけない。 それから、いずれの速さも場所によって異なることを考えないといけない。 これらのことを理解するには、津波の物理の基本をおさえておく必要がある。 文系だと、物理アレルギーの人も多いと思うが、ここは防災に必須だと思って理解するように 努力してほしい。これを知った上で初めて「ジェット機並」の意味が理解できる。

津波の物理

[黒板に図を描く] 津波は、非常に波長の長い水の波である。 波長が長いために海の上から下までが同じ方向に一斉に動く。 これが通常の波と違うところで、そのために波とは言っても、 津波を受ける立場からすれば、水が押し寄せる感じになる。

海の深さを H とし、波の波長を L、流れの速さを V、波の高さを h とする。 すると、横へ動く水の量と縦へ動く水の量の関係(連続の式)から

V H = (h/T) L
が得られ、運動方程式から(文系の諸君といえど、ma = F は知っているだろうか?)
ρ (V/T) = (ρ g h)/L
が得られる。もちろん厳密に解こうと思うと微分方程式を解かないといけないが おおざっぱな見積もりをしようと思ったら、こんなもので良い。

辺々割って V, h を消去すると

H T = L2/(g T)
が得られ、これから
L/T = √(g H)
がわかる。これが波の進む速さ(位相速度)を与える。これは、波の山や谷が進む速さのことで、 流れの速さとは異なる。一方、流れの速さは
V = (h/H) √(g H)
となる。あまり岸に近くなければ h<<H なので、V <<(波の速さ)である。

東北地方太平洋沖津波において、釜石沖の深さ 1000 m の場所での観測では、 h = 2 m 程度(最大では 5 m だが、波長の長い成分はこの程度)、 T = 40 分 = 2400 s 程度であった。このことから、

(波の速さ L/T)=√(g H) = 100 m/s (ジェット機並:ジェット機は 200 m/s くらい)
波長 L = T ×(波の速さ)= 240 km 〜 200 km (震源の幅くらい)
流れの速さ = (h/H) ×(波の速さ)= 0.2 m/s = 700 m/h
という程度であったことが分かる。

岸に近づくとこれらの量が変化する。T は変化しない。H は浅くなる。これに伴って 波の速さは

L/T ∝ H1/2
で遅くなる。波長も
L = (L/T) × T ∝ H1/2
で短くなる。エネルギーは h2 L に比例していて、これがだいたい保存するので 波の高さは
h ∝ L−1/2 ∝ H−1/4
となる。ただし、波の高さは狭い湾に入るとこれよりも大きくなる。

ふたたび、先の例を用いて、沿岸で深さが 10 m になったとすると(1/100 になる)

波の速さは 10 m/s に減速し(自動車並:時速 40 km)
波長は 20 km に縮む(それでもかなり長いので、津波を受ける人から見ると、水が押し寄せるだけでなかなか引かない。これは T = 40 分であることからもわかる。)
そして、波の高さは 6 m に増加する(最大では 15 m くらい)
となる。これでだいたいの感じはつかめるだろうか?

ポイント5 津波の高さは10m?20m?

津波報道を聞くときに注意してほしいのは、津波の「高さ」という言葉である。 津波の高さは、もちろん場所によって異なる。それをどこの高さで代表させるかという問題になる [図を描く:元は 気象庁のページ]。 狭い意味での「高さ」は、海岸近くの検潮所で測った波の高さである。 しかし、本当のところ、検潮所はもともと潮汐の観測のための施設なので、 津波の観測には必ずしも向いていない。 その他に高さと呼ばれる量で代表的なのは「遡上高」である。遡上高は、 津波の先端がたどり着く場所の標高のことで、後からの現地調査で分かる量であると同時に、 ハザードマップを作る場合には、これが津波が到達する先端の目安を与える。 そういう意味では重要な量なので、「遡上高」のことも単に高さと呼ぶ場合があるので注意する。 遡上高は、狭い意味での「高さ」の1から4倍程度になる。 この他に、建物から分かる「痕跡高」も単に高さと呼ばれたりする。

狭い意味での「高さ」は、肝心の場所の検潮所からのデータが来なくなったので、 すぐには分からなかった。 ようやく 3/23 になって気象庁から宮古で8.5m以上、大船渡で8m以上という発表があった [ 気象庁:3/23 報道発表資料]。 ただし、計測機器も壊れているので、確実な値ではない。 沖合での観測から、計算によって、この狭い意味での「高さ」を求めることができる。 たとえば、釜石沖の水深 1000 m で約 5 m、水深 200 m で約 6-7 m という観測がある。 これを水深 20m まで延長すると、釜石での津波の高さは 12m くらいということになる。 港湾空港技術研究所の詳しい計算によると、海岸での津波の高さは、三陸南部で 10-15 m、仙台湾から福島北部で 15 m くらいになるそうだ。 [ PARI Vol.4 by 港湾空港技術研究所, 港湾空港技術研究所 東北地方太平洋沖地震 この中の港湾空港技術研究所資料「調査速報」が詳しい。]

遡上高は現地調査で調べる。いくつかの機関から、調査のまとめが出ている。

このことと関連して、津波防波堤の高さと津波の高さの関係である。 狭い意味での「高さ」が 10 m の津波が来た場合は、10 m の防波堤では防ぐことが出来ない。 津波においては、深さ全体で押し寄せてくるのだから、単純に言うと、壁で反射するときは 高さが2倍になる。そこで、高さ 10 m の津波は 20 m の防潮堤が無いと防ぐことが出来ない。 もちろん、防潮堤は垂直な壁ではないから、厳密なことは詳しい計算が必要だけれども、 目安としては、津波防潮堤は、津波の高さの2倍くらいなければ、津波の侵入を防ぐことが出来ない。

報道を聞く際に注意しないといけないのは、わざとかどうか分からないけれども、 いろいろな高さを区別していないことである。これをしておかないと今後の対策も 正しく行えなくなる。これも、数字は、その意味をよく理解し、数字に振り回されないことが 大切である例の一つである。

ついでに:現地調査ではなくて、写真判読に基づく被災地マップとして

があり、津波による浸水の様子が良くわかる。

津波防災

以上学んできた事を踏まえて、津波防災をもう一度考えよう。 今回の東日本大震災では、津波による被害が大きく、死者・行方不明者が数万人という大惨事になった。 過去の例では、明治以来だと、明治三陸津波が死者約 22,000 人という大きな災害になっている [データ源:平成22年防災白書]。 明治三陸津波というのは、大きな断層がゆっくり動いたために、地震の揺れは小さかったけれども、 津波は非常に大きかったという変わった地震だったことが分かっている [中央防災会議明治三陸津波]。

津波防災の基本は、もちろん「高いところに逃げる」である。

防波堤は一応役に立つけれども、問題もある。先の説明の通り、10 m の津波に備えようと思うと、 20 m を超えるものが必要になる。これには莫大な費用がかかることと、 街が暗くなってしまうという景観上の問題が出てくるし、漁師にとっては港に出るのが不便に なってしまう。防災上も、防波堤には問題もある。ひとつは、海の様子が見えなくなってしまうので、 大きな津波が来たのが分からなくなることと、もう一つは、それがあるので安心しきって 逃げなくなってしまうことである。もちろん 40 m の防波堤を作れば良いのだが、 そんな町づくりが成り立つかどうか?無論、原発を守るためならばそのくらいのことは しなければならないだろう。

大きい津波が来ると、木造の建物はいくら丈夫でも流されてしまうので、津波が来そうな場所にいるときは、とにかく高い場所(もしくは鉄筋コンクリートの建物の高いところ)に逃げるしかない。 財産はあきらめて逃げるより他に手はない。他にも流れでくるような災害(洪水、土石流や 火山の火砕流や溶岩流)では、とにかく逃げるしかない。 津波による死から免れるためのヒントとして、以下のような例がある。 今回、釜石では小中学生がほとんど死ななかった!それは防災教育が行き届いていたおかげである。 釜石では、明治三陸津波のとき、人口5700人中約3000人が死んだと言われている [中央防災会議報告書明治三陸津波第3章]。 そういう過去の苦い経験があったので、小中学校では徹底的に津波防災教育が行われていた。 ちゃんとした教材を作って、避難訓練をした。想定よりも大きい津波が来たにも関わらず、 教育が生きて、ちゃんと避難ができた。 群馬大学の片田先生のホームページを読んでみること。
[参考:報告:東北地方太平洋沖地震による津波被災地調査報告, 速報:釜石が繋いだ未来への希望ー子ども犠牲者ゼロまでの軌跡ー by 群馬大学片田]

小テスト

地震や津波の報道を聞くときに注意しないといけないことは何か?自分なりにまとめよ。