放射性同位体

last update: 2013/08/31

マグマ生成における分別の利用

放射性同位体は年代測定に使うだけではなく、 放射壊変の親元素と娘元素の compatible/incompatible の程度の違いを利用して どのくらいの部分溶融を経験したのかを調べるのにも用いる。 系列に属さず一段の壊変で終わるものが用いられる。

使われる放射壊変で代表的なものには以下のものがある。

壊変 compatible/incompatible その理由 娘元素の同位体比の変化の方向
87Rb → 87Sr Rb と Sr では、Rb の方が液相に濃集する (相対的に incompatible) Rb は一価のアルカリ元素でイオン半径が大きいのに対し (Large-Ion Lithophile)、Sr は二価のアルカリ土類金属で Rb よりも イオン半径が小さい εSr (87/86 から定義) は液相側で増える
147Sm → 143Nd, 146Sm → 142Nd Sm と Nd では、Sm の方が固相に濃集する (相対的に compatible) Sm も Nd もどちらも希土類だが、Sm の方が重くて イオン半径が小さい εNd (143/144 から定義) は固相側で増える
176Lu → 176Hf Lu と Hf では、Lu の方が固相に濃集する (相対的に compatible) Lu は希土類で三価であるのに対し、Hf は遷移金属で 四価になる High Field Strength 元素である εHf (176/177 から定義) は固相側で増える
187Re → 187Os Re と Os では、Re の方が液相に濃集する (incompatible)。 Os が compatible である(相対的にではなく)のが特徴 (この手の議論で使われる元素は incompatible であるものが多い)。 εOs (187/188 から定義) は液相側で増える

Sm-Nd 系

147Sm → 143Nd は長寿命で、半減期が 106 Ga、 146Sm → 142Nd は短寿命で、半減期が 68 Ma。 そこで、146Sm → 142Nd は、 火星の初期のマグマオーシャンの固化の議論などに使われる。 火星隕石では、ε142Nd の幅が大きく、初期に分化したことが分かるが、 その定量的な解釈を巡っては、いろいろな議論がある。 [Mezger, Debaille and Kleine (2013) Space Sci Rev 174, 27-48]

143Nd/144Nd は chondritic ならば 0.5126。 従来は、pristine mantle の値は chondritic であると考えることが多かったが、 Boyet and Carlson (2005) Science 309, 576 が測定した 142Nd/144Nd の結果から、初期マントルでは chondrite よりも Sm/Nd が高かったことが示唆された。 そうだとすると、pristine mantle の 143Nd/144Nd は 0.5129-0.5131 ということになる。[Jackson et al (2010) Nature 466, 853]

Rb-Sr 系

εSr は液相側で増えるということで、海では、大陸起源物質の指標として使われる。 大陸地殻の浸食が激しい時代には大きくなり、中央海嶺の活動が活発だと小さくなる。 海でできた石灰岩の中の εSr を顕生代にわたって調べると、古生代初めでは高く どんどん低下してペルム紀からジュラ紀にかけて最低になり、その後上昇している。 これは、大局的には超大陸パンゲアの形成と分裂を反映していると考えられている。 パンゲアが出来たのは石炭紀後半で、ペルム紀からジュラ紀にかけて分裂を始めた。 超大陸パンゲアが出来ると、海岸線が相対的に短くなるので、大陸地殻の浸食が少なくなることが εSr に反映していると考えられる。

情報源

[講演] 渡辺慶太郎(名大4年)「表面電離型質量分析計による微量 ハフニウムの同位体分析法の開発―岩石、天然水試料の分析のために―」 at 地球惑星科学科卒業研究発表会(2005/02/10) 名古屋大学理学部 E 館 E557

[講義] 兼岡一郎(東大地震研究所)「固体地球物理学基礎論I」 (1988/06/28)

[本] Scott M. McLennan (1999) "Geochemical Classification of the Elements" in Encyclopedia of Geochemistry (Kluwer), pp.263-266.

[本] A.W. Hofmann (2003) "Sampling mantle heterogeneity through oceanic basalts: Isotopes and trace elements", pp.61-101, in The Mantle and Core, Vol.2, Treatise on Geochemistry, Elsevier-Pergamon, Oxford.

[雑誌記事] Johanna Miller (2010) "Isotope ratios hint at a piece of pristine Earth", Physics Today, 63(10), [news / search and discovery], 16-18.

[雑誌記事] 中島林彦、磯崎行雄(監修) (2013) 「古生代末に何が起きたか」, 日経サイエンス, 43(10), 32-41.


内核生成における分別の利用

放射壊変の親元素と娘元素の固体・液体の鉄の間の分配を利用して、 外核起源の物質のマーカーとする。 系列に属さず一段の壊変で終わるものが用いられる。

Pt, Re, Os はいずれも highly siderophile elements なのでコアの中の 相対存在度はもともと chondrite と変わらないはずだ。しかし、 内核ができると Os に比べて Pt, Re は外核で高くなると考えられる (きちんとした分配実験はないが、既存の実験や鉄隕石に基づけばそうなる)。

187Re→187Os、190Pt→186Os という壊変がある。上記の分配の傾向によって、内核ができると、 外核では Os の 187/188, 186/188 が chondritic ratio より高くなるはずだ。 これが mantle plume に含まれているかもしれないコア物質のマーカーになりうる。

情報源

[科学論文] R.J. Walker and D. Walker (2005) Does the Core Leak? EOS, 86(25), 237, 242.

コア・マントル分離における分別の利用

放射壊変の親元素と娘元素の lithophile vs siderophile の性質を利用する。

Hf-W 系

182Hf→182W は短寿命の壊変である。 Hf は lithophile で W は moderately siderophile である。 太陽系ができてからあまり時間が経たないうちにコアができれば、 コアの 182W は少なくなり、マントルの 182W は多くなるだろう。そのことから2つの利用法がある。

(1) コア形成年代を調べる。マントルの ε182W はコンドライトより 2 ppm 大きいことがわかったので、コア形成は太陽系形成から 30 Myr 以内である ことがわかった。[情報源:Fitzgerald 論文]

(2) コアの ε182W は低いはずなので、mantle plume で そのような低い ε182W が見つかれば、plume にコア起源物質が 混ざっている証拠になる。[情報源:Walker and Walker 論文]

情報源

[科学論文] R. Fitzgerald (2003) 地球はいつできたか パリティ, 18(7), 39-41.

[科学論文] R.J. Walker and D. Walker (2005) Does the Core Leak? EOS, 86(25), 237, 242.


沈澱による分別の利用

放射壊変の親元素と娘元素の沈澱のしやすさの程度の違いを利用することができる。 系列に属さず一段の壊変で終わるものが用いられる。

使われる放射壊変で代表的なものには以下のものがある。

壊変 沈澱のしやすさとその理由 娘元素の同位体比の変化の方向
138La → 138Ce 希土類は通常 3 価だが、Ce は酸化的環境では 4 価になる。 4 価の Ce は沈澱をしやすい。そこで、酸化的な水では Ce が 減って La/Ce が大きくなる。(参考: 希土類元素 εCe (138/142 から定義) は酸化的な水からの堆積物では 増える

情報源

[講演] 林隆正(名大 DC3)「地球の大気が酸素(O2)に富むようになった のはいつか?」 at SELIS 横断セミナー (2005/06/09) 名古屋大学環境総合館講義室2

放射平衡からのずれの利用

放射壊変系列の中の同位体の濃度は、物質の移動がなければ放射平衡で 決まる濃度になる。逆に放射平衡からのずれから物質移動に関する情報が得られる。

(1) 222Rn を大気・海洋間の物質交換率の推定に利用

222Rn はウラン系列 (238U の壊変系列) に 属しており、その前後は
226Ra (1600y) → 222Rn (3.8d) → 218Po (3.1m)
となっている。

222Rn は次の特徴を利用して大気・海洋間の物質交換率の推定に用いる。
(1) Rn は希ガスなので大気へ逃げやすい。一方 Ra は海中にずっといる。
(2) 半減期が数日ということで、物質交換の時間スケールに近い。

放射平衡では

d[222Rn]/dt = λ226 [226Ra] - λ222 [222Rn] = 0
が成立する。すなわち、放射平衡濃度は
[222Rn]eq-rad = (λ226222) [226Ra]
で与えられる。

一方、混合層の 22Rn は大気中に逃げるものとする。 海面の単位面積当たり逃げる速さは、大気との交換に対する平衡濃度 [222Rn]eq-atm からの差に比例し

- K { [222Rn] - [222Rn]eq-atm}
で与えられるとする。そうすると、混合層の [222Rn] の変化を表す式は
d (D [222Rn])/dt = - K { [222Rn] - [222Rn]eq-atm} + λ226 D [226Ra] - λ222 D [222Rn]
or
d (D [222Rn])/dt = = - K { [222Rn] - [222Rn]eq-atm} - λ222 D { [222Rn] - [222Rn]eq-rad}
で与えられる。ただし、D は混合層の厚さである。定常状態では
K { [222Rn] - [222Rn]eq-atm} = λ222 D { [222Rn]eq-rad - [222Rn]}
となり、これから大気・海洋間の物質の交換率 K が求められる。

情報源

[講演] 渡邉敦(名大 COE-PD)「大気・海洋間の CO2 ガス交換のレビュー」 at 気候名古屋シンプルモデルセミナー (2005/07/22) 名古屋大学環境総合館 7F セミナー室 (716 号室)