斜陽

著者太宰治
電子書籍青空文庫
刊行2003/09/01、修正:2005/11/21
底本新潮文庫 1950/11/20 発行、1994/06/05 第93刷
原作刊行1947
読了2015/09/17

太宰治 斜陽

著者高橋源一郎
シリーズNHK 100 分de名著 2015 年 9 月
発行所NHK 出版
電子書籍
刊行2015/09/01(発売:2015/08/25)
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読了2015/09/29

太宰治で読んだことがあると思うのは『人間失格』と『走れメロス』くらいだった。といっても、何が書いてあったのかほとんど覚えていない。 今回『100分de名著』で取り上げられているのは『斜陽』ということで、ついでに原作も読んでみる。『斜陽』は名家の没落話だということは知っていたので、わびしい感じの小説かと思っていたのに、全然違っていたことに驚く。生と死が交錯しながら、最後は生への力強い希望で終わるのだ。

『100分de名著』の「はじめに」によれば、太宰治の小説の主人公は、純情で馬鹿で生きるのが下手な連中ばかりだとのこと。そういう中で、『斜陽』は、とくに人間らしく生きていたいと願う人のために書かれた本だ、とする。

小説も読んでみてわかることは、高橋源一郎の『100分de名著』の解説は実に的確だということである。解説を放送で聞いてテキストを読んでいるだけで感動できてしまう。さらに原作も読めば、二度感動できる。下の箇条書きサマリを書いてみると、それ以上に付け加えてここに書くことは何もない気がする。ポイントが、「母娘関係」「革命論」「だめんず」に分けて明快に切り取られている。

内田樹が『街場の教育論』第10章において、日本文学では、女言葉で男性的な虚構を打ち壊すということが行われてきた、ということを書いていた。高橋も第 4 回で同じことを書いている。太宰は、しばしば小説を女性に語らせた。そして、これは『土佐日記』以来の伝統だと。 『斜陽』もまさにその伝統に従っている。これは、かず子のことばで書かれ、直治と上原が男性的な虚構のなかで苦しんでいるのを尻目に、ばさっと大胆な行動に打って出るのはかず子である。そういう構図がやっぱり私(たち?)の心にも刺さるのだ。

最後の方に直治の弱々しい遺書があり、その後で対照的にかず子の力強い手紙が配置されて終わる。遺書で涙を流した後は、手紙でしっかり生きようと思う。それらから一箇所ずつ引用しておく。

[直治の遺書]
それから、一つ、とてもてれくさいお願いがあります。ママのかたみの麻の着物。あれを姉さんが、直治が来年の夏に着るようにと縫い直してくださったでしょう。 あの着物を、僕の棺にいれて下さい。僕、着たかったんです。
夜が明けて来ました。永いこと苦労をおかけしました。
さようなら。
ゆうべのお酒の酔いはすっかり醒めています。僕は、素面で死ぬんです。
[かず子の手紙]
けれども私は、これまでの第一回戦では、古い道徳をわずかながら押しのけ得たと思っています。そうして、こんどは、生れる子とともに、第二回戦、第三回戦をたたかうつもりでいるのです。
こいしいひとの子を生み、育てることが、私の道徳革命の完成なのでございます。
あなたが私をお忘れになっても、また、あなたがお酒でいのちをお無くしになっても、私は私の革命の完成のために、丈夫で生きて行けそうです。

むろん、冷静に言うならば、シングルマザーが良いのかどうかは疑問だし、直治ももう少し自然に生きられたはずなのにということにはなる。しかし、直治の若いがゆえの悩み方は、私としてはよくわかる。シングルマザーの方は、旧来の道徳からの解放を過激に表現したものと理解すれば良い。何と言っても「革命」なのだから。

もうひとつ特筆すべきことに、『100分de名著』の「はじめに」のおかげで漱石の『それから』の読み方がだいぶんわかった気がしたということがある。「はじめに」は、アメリカで今まで売れた本は『聖書』と『ハックルベリー・フィンの冒険』なのに、日本で今まで売れた本は『こころ』と『人間失格』なのはどういうわけだろう、という問いかけから始まっている。高橋の分析では、『こころ』と『人間失格』の主人公は過度に倫理的であるということだ。日本人は彼らと自分を照らし合わせて身悶えするために繰り返し読んでみたくなる。そして、この過度に倫理的ということを頭に置いて読むと『それから』も読めるようになる。

小田嶋隆によれば、 高橋源一郎は、書評でよく褒める人だそうである。「映画評論家の故・淀川長治さんじゃないけど、必ずいいところを見つけて書評する人なんですよ。」とのこと。 でもこれは小説の書評では大事なことなんじゃないかと思う。小説には、個性があるから、その世界の気持ちになって入り込まないとなかなか読めないことがある。 で、その世界の気持ちをすぐに的確に読み取れてしまう能力が、とくに文学の書評家としては大事だと思う。 辛口の書評も面白いけど、せっかくこれから小説を読もうというときは、これはこういう気持ちで読めば面白く読めるという案内をしてもらった方がハッピーになれる。

「100分de名著」放送時のメモと放送テキストのサマリー

第1回 「母」という名の呪縛

第2回 かず子の「革命」

第3回 ぼくたちはみんな「だめんず」だ

第4回 「太宰治」の中にはすべてが入っている

放送では、又吉直樹をゲストに迎えて太宰文学を語る。