言わずと知れた夏目漱石特集。漱石は大作家として有名な一方、いろいろ欠点を指摘する人も多い。 しかし、こうしてまとめて紹介されて、これが日本の近代小説の揺籃期に書かれたもので、試行錯誤を繰り返していたのだということがわかると、納得できる。いろいろなやり方を試みては失敗もしていたのだ。 もともと漱石は多くの作品で女性をあまり生き生きと描いていないのだが、『明暗』に到ってようやく女性を生き生きと描ける(描く?)ようになったということも第4回の解説に書かれている。 漱石は理屈の人だったのが、情も描くようになったということと、近代小説の日本語がだんだんと成熟してきたということの現れということのようだ。 漱石は 37 歳で『吾輩は猫である』を書き始め、49 歳で亡くなったことを考えると、短期間でよくこれだけ多彩な作品群を生み出したなと思う。
紹介されている4つの小説は、それぞれ『三四郎』は「応援小説」、『夢十夜』は「不安小説」、 『道草』は「胃弱小説」、『明暗』は「対決小説」として紹介されている。 このうち『三四郎』と『夢十夜』は読んだことがある。 『三四郎』が応援小説という気持ちは良く分かる。三四郎は九州の田舎から出てきたわけだが、 私も北海道から出てきて不安と希望の混じる大学生活を送ったのである。 『三四郎』をイメージすると、今は無くなってしまった夜行の急行八甲田や上野駅を連想する。 八甲田には出稼ぎ列車の趣が残っていたし、上野駅に近づくにつれ小さな家がぎゅうぎゅうと立ち並んでいる様子が 東京にやってきたという感慨をもたらしていた。 『夢十夜』は数年前朝日新聞が漱石の作品の連載をしていたときに読んだのだが、そのときはよくわからない感じで 読書録も書かずにいたのだが、今回解説付きで改めて読み直し、もともと実験的な小説だったのだということがよくわかった。