以前にも読んだことがある。
今回は Suchet 版のテレビドラマを見ながら、ノートを取りつつの再読。
嘘を言ったり、本当のことを隠していたりする人が複数名いる中で、わずかなほころびからポアロが真相を
つかみ取っていくのがポアロらしいところである。真相をあぶり出すためにポアロが Nick を死んだことにするという
芝居を打ち、その芝居の間は、嘘をつくのが下手なヘイスティングスが病気で寝込んでいるという都合の良い筋書きに
しているところは、ちょっと笑える。Suchet 版では、それは不自然だと思ったのか、ヘイスティングスがロンドンに
行っている間にポアロはその芝居を打つことを決める。
最後の Poirot による真相開示の場面がもともと芝居仕立てであるせいもあって、Suchet 版は
比較的原作通りにテレビドラマ化されている。もちろん放送時間の 100 分に納めるために省略されている
部分もあるが、登場人物もほぼ原作のまま(ただし、Miss Lemon が出て来る)だし、
Suchet 版シリーズの中でも最も原作に忠実なもののひとつである。それだけ原作がよくできているとも言える。
真相にたどり着くのに時間がかかる理由の一つが、被害者をいつも Maggie Buckley と呼んでいるために
その本名がなかなかわからないということである。しかし、現実的に考えてみると、被害者の本名が
なかなか会話なり新聞記事なりに出てこないということがあるのだろうか、という気はする。
Suchet テレビドラマ版のあらすじといろいろなメモ
Suchet 版は第11話「エンドハウスの怪事件」(脚本 Clive Exton)。
比較的原作に忠実なドラマ化である。もちろん時間に納めるために全体的に短縮されている。
主な改変点は以下の通り:
- Frederica の夫が出てこない。
- Miss Lemon が登場する。
- Japp 警部が捜査に当たっている。それで、ずっと St. Looe にいる。
- Hastings がマラリアを発症することは無い。
- Nick を死んだことにする芝居が、種明かしの場面まで視聴者にも明かされない。
1 マジェスティック・ホテル
- 冒頭、Poirot と Hastings が小さな飛行機に乗っている。Poirot は怖くて目を瞑っている。
- 到着地は St. Looe と最後に e が付いている。
- Poirot と Mastings は Majestic Hotel に行ってテラスで休む。新聞に世界一周をしている Seaton からの連絡が途絶えたとある。
- ホテルの庭で足をくじいた Poirot に Nick Buckley が声をかける。[このあたりから原作にほぼ従う]
- Nick が End House はボロボロになっていると言うとき、It's going to rack and ruin. と言う。原作でも
Going to rack and ruin. と言っている。go to rack and ruin は「(建物が)荒廃する」という意味の成句。
- Poirot と Hastings が Nick と話をしているときに Commander George Challenger が Nick を呼びに来る。
- Poirot は Nick の帽子の孔が弾丸によるものだと気付く。
2 エンド・ハウス
- Poirot と Hastings が End House の敷地に入っていくと、Mr Croft が G'day(グッダイ)とオーストラリア風に声をかける。
原作では Good afternoon.
- End House には Freddie, Jim Lazarus, George Challenger, Nick が既にいるところに Poirot と Hastings が入っていく。
原作の Majestic Hotel の場面と End House の場面を混ぜたことになっている。話を時間内に収めるための短縮だろう。
Poirot は Nick に大事な話があると言って、別室で Nick と話す。
- Freddie が Nick が嘘つきだというときの台詞は、She's the most brazen liar that ever existed, you know. である。
原作では brazen ではなくて heaven-sent であった。
3 果たして事故か
- Poirot, Hastings, Nick Buckley は岩が落ちてきたという崖を見に行く。このあたり原作と少しずつ
話の順番が入れ替わっている。
- End House が抵当に入っているという表現は It's mortgated up to the hilt.(ドラマ、原作とも)である。
hilt は刀の柄という意味だが、up to the hilt で「完全に、全面的に」という意味の成句。
- Nick が、自分も George Challenger もお金が無いと言うとき Neither of us have got a bean.
(原作では We've neither of us got a bean.) と言っている。a bean は否定文で「金」という意味の俗語。
つまり、「文無し」というときの「文」に相当する。
- Nick は自分の銃が無くなっていることにここで気付く。
4 くさいぞ!
- Hastings は Nick の車の故障に対する Rice 夫人の意見は all my eye であると言っている(原作にはない)。
これは、「とんでもない、たわごとだ、まさか」という感じの言い回し。
以下、原作の 5 と 6 に相当する場面の順番が入れ替えられている。
6 ヴァイス氏を訪問
- Poirot が Vyse に会いに行く。原作では、Hastings も一緒に行くが、Suchet 版では Poirot 単独である。
内容もだいぶん短縮されており、Poirot が Vyse に対して、Miss Buckley が End House を売る可能性があるかどうかを尋ね、
Vyse がそれを否定するところだけになっている。
5 クロフト夫妻
- マジェスティック・ホテルでのダンスパーティーの場面になる。Poirot は Freddie と話をして、Nick から目を離さぬように言う。
- 次に、Poirot と Hastings が End House に行って Croft 老人と会い、Croft 夫妻宅に行って夫妻とおしゃべりをすることになる。
7 悲劇、8 運命のショール
- 事件の核心部で重要な場面なので、原作にかなり忠実。
9 A から J まで
- Suchet 版ではほぼ省かれている。Poirot と Hastings の対話の部分でドラマ的には動きが少ない上、
原作の中での役割は読者をミスリードすることにある部分なので、時間短縮のためには不要と判断されたのだろう。
10 ニックの秘密
- Poirot が Hastings に Nick に関する疑問点を投げかける場面、Freddie が Poirot と Hastings に自分の行動について
話をする場面までは原作通り。
- Freddie が去った後、Japp 警部が現れる。これは原作には無い。Japp 警部は、これから Maggie の両親に会うのだと言う。
- 原作では、Challenger 大佐は Poirot のホテルの部屋に飛び込んでくるのだが、Suchet 版では、Poirot と Hastings が
歩いて療養所に向かう途中、療養所の方から車で帰ってくる Challenger 中佐に出くわす。
- 療養所で Nick は、自分と Michael Seton が婚約していたと言う。(原作通り)
11 動機
12 エレン、15 フレデリカの奇妙な態度
- 12 節と 15 節が混ぜられている。
- 療養所を出ると、これで動機がわかったと Poirot が Hastings に言う。これは原作「12 エレン」の冒頭部の通り。
- 次に、Hastings がゴルフに行こうとしているのを、捜査の方が大事だと言って Poirot が止める場面が入っている。
これは原作には無い。そこでは、Matthew Seton の遺産という動機の重要性が強調される。
- 次に、Poirot と Hastings は港で Challenger 大佐と Frederica に会い、
「15 フレデリカの奇妙な態度」に書かれている会話が行なわれる。原作では、ホテルの部屋での話である。
- 次が、「15 フレデリカの奇妙な態度」の中の Poirot が Nick に花を届けてもらうように手配する場面。
- 次に、「12 エレン」にある Ellen の夫と息子の話を聞く場面。原作では Poirot と Hasgings が聞くのだが、
Suchet 版では Japp 警部が聞く。
- Ellen の証言の部分は省かれている。ただし、隠し戸棚の話は「13 手紙」の遺言書を探す場面に入れられている。
13 手紙、14 なくなった遺言書の謎、16 ホイットフィールド氏との会見
- 13 節、14 節は、短縮された形ではあるが、ほぼ原作通り。
- 16 節は改変されている。ロンドンで Whitfield に会うのは Hastings のみ。その報告は 17 節相当のところでなされる。
- Croft 夫妻の話を聞きに行く場面の前に、「16 ホイットフィールド氏との会見」の中の
Lazarus の商売がうまく行っていないという話を Japp 警部から聞く部分が挿入されている。
ただし、原作ではロンドンでの場面だが、Suchet 版では St Looe での場面である。
Japp 警部は St Looe で捜査を続けている。
- マカリスター医師のことは、ミス・レモンに調べてもらって報告してもらう。
- Poirot は、Hastings にロンドンで Whitfield 弁護士に会うよう指示する。
17 チョコレートの箱
- Poirot は原作では Hastings と一緒に療養所に駆け付けるが、Suchet 版では Miss Lemon と一緒。
- Poirot がチョコレートにコカインが入っていたことを聞くのは、原作ではグレアム医師からだが、
Suchet 版では Japp 警部ともう一人の警官から聞く。
- Poirot は、Nick が死んだことにして、Miss Lemon や Hastings だけでなく視聴者までも騙す。
原作では、Hastings はNick が死んでいないことを知っているが、マラリアを発症して動けなかったことにしてある。
Suchet 版では、それでは不自然だと思ったに違いない。Hastings がロンドンに行っている間に、
Poirot は Nick が死んだことにする。視聴者にも Nick が生きている姿を見せない。
- チョコレートを送った事情を Lazarus と Frederica に尋ねるのは、原作では Poirot と Hastings だが、
Suchet 版では Poirot と Japp 警部。
18 窓に出た顔
- 9 節と同様、この節もほぼ省かれている。Hastings はマラリアを発症したりはしない。
Vyse 氏から電話が来る場面と Poirot が真相に気付く場面だけは入れてある。
19 ポアロの演出
- 原作にかなり忠実。芝居がかったところなので、テレビ向きな場面である。
ただし、Miss Lemon が降霊術をやることになっている。原作では Hastings がやる。
20 J
- ほぼ省かれている。Frederica の夫は出てこない。
21 K、22 終幕
- Suchet 版では、原作の最初の方は省かれていて、Japp 警部の証言から始まる。
原作では、ポワロが犯人を Nick だと指さすと、Nick はわりとすぐに逮捕されてしまうのだが、
Suchet 版では、Poirot が Nick を追い詰める場面を入れてある。
- Poirot による真相の説明がだいぶん短縮されている。Poirot が Nick を怪しいと思い始めたきっかけは
Seton からのラブレターだと言っている。原作では、Maggie が母親にあてた手紙がきっかけだとしてある。
この手紙は Suchet 版では出てこない。