以前読んだものの再読。
今回はネタバレで書いてみる。
本作品は、円熟期のクリスティの腕がよく発揮された作品である。作品は三部構成で、第一部が事件編、第二部が捜査編、
第三部が解決編ときれいに分かれている。第一部の前に短いプロローグがある。第一部は、日本語訳で 17--165 ページの
全 149 ページ。第二部は、169--315 ページの全 147 ページ。第三部は、319--402 ページの全 84 ページ。
第一部、第二部でじっくり事件を語り、第三部で一気に解決というスピード感がページ数にも表れている。
第三部でも、最初は法廷での証言が淡々と進み、後半で一気にどんでん返しの証言が出てくる。
もう一つの特徴として、長編の割に、登場人物が少なく、推理を攪乱させる余計な小さな犯罪もほとんどない、ということがある。
それでいながら、犯人がなかなか浮かび上がってこないように書かれている。
この整然とした構成、どんでん返しのスピード感、ならびにゴテゴテの少ないすっきり感がクリスティの円熟を感じさせるところである。
第一部では、金持ちのローラ・ウエルマン夫人と彼女が可愛がっていたメアリイ・ジェラードという若い女性が
モルヒネで毒殺される事件が描かれる。ポワロは第二部から登場し、第二部はポワロによるインタビュー集である。
第二部までは、動機という点で、犯人がローラの姪のエリノア・カーライル以外には考えられないように書かれている。
ローラ・ウエルマン殺しの動機については、遺産目当てとも考えられたし、病気で苦しんでいた叔母を安楽死させたとも考えられた。
メアリイ・ジェラード殺しの動機については、婚約者だったロディ―・ウエルマンを心変わりさせたことに対する恨みもしくは嫉妬と
考えられた。その他には動機がありそうな人物はいないし、エリノアに機会はあった。
第二部までで、エリノア犯人説に疑いを抱かせるものといえば、第一部冒頭に出てくるエリノア宛の謎の手紙くらいしかないのである。
第二部の最後で、何やら怪しげな事実が2つポワロによって明らかにされる。(i) メアリイ殺害の朝、ピーター・ロード医師は
Withenbury に行っていたと言っているが (文庫 p.295)、ウェルマンの邸宅の庭師が裏門のところに確かにロード医師の車が
あったと言う (文庫 p.315)。ロード医師はそれを隠そうとしてあり得ない話をでっち上げた (文庫 pp.304-305)。
(ii) メアリイ・ジェラードの本当の両親は、ルイス・ライクロフト卿とローラ・ウエルマン夫人であることが明らかになる
(文庫 pp.309-313)。これらは殺害事件と一見何の関係もなさそうだが、読者に何かどんでん返しがあることを予感させ、
第三部で明らかにされる真相の前触れとなっている。
第三部は主に法廷の場面である。これも前半は淡々と進み、今まで分かった事実が再確認される。
ところが終わり近くなって(文庫 p.368 以降)、(1) 庭の薔薇にはトゲが無く、ホプキンズがトゲを刺したと
言っていたのが嘘だと分かり、(2) モルヒネを排出させるアポモルヒネの存在が明らかになり、
(3) ホプキンズは偽名で、本名がメアリイ・ドレイパー(旧姓 ライリイ)であることが明かされて、
劇的に犯人がホプキンズ看護婦であったことが分かる。実は、再読を始めた時、犯人が看護婦であったことは
覚えていたのだが、どちらの看護婦だったかを忘れていて、オブライエンが犯人だったような気がしながら読んでいた。
オブライエンは、いつも話に尾鰭を付けるようなタイプの人物として描かれているからだ。でも、それも
作者のカムフラージュだった。平凡な感じに描かれている方が犯人だった。言われてみれば、推理小説の常道ではあった。
では、ポワロはどうやって最も肝心なポイント、すなわちホプキンズが偽名であることに気付いたのか?
それが最後にポワロによって種明かしされる (文庫 pp.394-395)。
それが第二部最後で出てきた上述の (ii) が書かれていたメアリイ宛の手紙だった。宛先のメアリイは、
メアリイ・ジェラードではなく、メアリイ・ライリイだと気付いたのだ。うっかり読むと
メアリイ・ジェラード宛だと思わせるように書かれているが、実際にはメアリイ宛と書かれているだけなのだ。
このような同名トリックは
『邪悪の家』でも使われていた。
毒物を使ったトリックは、デビュー作『スタイルズ荘の怪事件』
以来のクリスティーの得意技である。ここでは、モルヒネ (morphine) とアポモルヒネ (apomorphine) の名前に共通部分があること、
モルヒネが致死的な毒物であること、アポモルヒネが催吐薬であることが利用されている。
なお、第二部最後の上述の (i) は単なる撹乱要素で、ロード医師が愛するエリノアの姿を見るために
こっそり邸宅に行っていたというだけのことだった。
ついでに、Suchet 版のドラマも再視聴した(下に記す)。
Suchet テレビドラマ版のあらすじといろいろなメモ
Suchet 版は第51話「杉の柩」(脚本 David Pirie)。
プロローグ(最初の 2 分)、第一部 (50 分まで)、第二部 (1 時間 15 分まで)、第三部 (1 時間 33 分まで) の構成は大まかには原作通りだが、
以下の大きな違いがある。
- ポワロが第一部から出て来ている。やはり、ポワロが出ない時間が長いと、ドラマとしては持たないと考えたのだろう。
- 第二部の途中 (1 時間 4--5 分ころ) で、法廷の場面、すなわち第三部の場面が入り、死刑判決が
一旦出てしまう。原作では、死刑判決が出る前に、どんでん返しの証拠が出てくる。
- 第三部の解決編は原作では主に法廷で行なわれるのだが、ドラマではすでに死刑判決が出ているので、
ハンタベリー・ハウス(ローラ・ウェルマンの邸宅)の図書室でポワロによって行なわれる。
これは、法廷よりもポワロをドラマチックに活躍させるための工夫だろう。
- 分量として、原作と比べると、第一部に対して、第二部は短く、第三部もやや短い。これは、ドラマ映像としては
単調になる部分を短縮・省略したためだと考えられる。この小説の構成のスッキリ感は、ドラマとは相容れないということだろう。
- しかし、長編にしては登場人物が少なめなところはドラマ向きで、主要登場人物はすべてドラマでも出てきている。
原作小説にサブストーリー部分が少ないところもドラマ向きで、主要エピソードはすべてドラマにも盛り込まれている。
第一部
- 「杉の柩」は病床のローラ・ウェルマン夫人の台詞として出てくる。エリノアに向かって「早くおいで 死よ 私を杉の柩に横たえておくれ」
と芝居がかって言う。
- 第一部冒頭で出てくる謎の手紙は、原作ではロディがすぐに燃やしてしまうが、テレビドラマ版では
ハンタベリー・ハウス(ローラ・ウェルマンの邸宅)まで持っていって、ロード医師に見せる。
- ポワロがロード医師の友達ということになっていて、裁判のために町に滞在している。
ロード医師が、謎の手紙をポワロに見せる。手紙は、結局ロディが燃やしてしまう。
- メアリ・ジェラードが、ニュージーランドのメアリ叔母から来たプレゼントを看護師たちに見せる場面がある。
- パーティの場面がある。そこで、ポワロがエリノアとロディを紹介される場面がある。ロディの苗字が原作と違ってウィンターになっていることがわかる。
さらに、ポアロがメアリ・ジェラードを紹介される。メアリ・ジェラードの育ての父親はすでに死んでいることになっている。
原作ではこの父親は、ローラ・ウェルマン夫人が死んだ後に死ぬ。
- 謎の手紙の中に「雪のように真っ白」という言葉がある(原作には無い)。これはメアリを意味するのだとポワロが謎解きする。
つまり「メリーさんの羊」の中に、Its fleece was white as snow とあるからだ。
- ロディとメアリ・ジェラードがキスをしているように見える場面がある(原作には無い)。それをエリノアが目撃する。
そのとき、メイドがエリノアを呼びに来る。ローラ・ウェルマン夫人が亡くなったのだ。
- ポワロは、ローラ・ウェルマン夫人が亡くなったことを新聞で知る。
- 葬儀の場面が出てくる(原作には無い)。ポワロも参列する。ポワロは殺人を疑う。
- 原作にあったメアリ・ジェラードが遺言書を作る場面は無く、メアリはその翌日エリノアに遺言書を作ったと言う。
- エリノアがポアロに向かって「メアリが死ねばいい。」と心のうちを思わず吐露する場面がある。
- エリノアがサンドイッチを作っているときにオブライエン看護師がやってくる。原作には無い。
第二部
- ポワロが最初から捜査に加わる。原作では、ロード医師に依頼されて初めて捜査を始める。
- モルヒネ(実はアポモルヒネ)のラベルの切れ端がサンドイッチを作った場所から見つかる。
原作では第三部になって初めて見つかる。
- ポワロがエリノアを疑う発言をすると、ロード医師が怒り出す。そしてポワロに「力を貸してください」と言う。
- ポワロのインタビューは、エリノアから始まり、ホプキンズ看護師、テッド、ロディ、オブライエン看護師と続く。
- 法廷の場面が挟まり、いったん死刑判決が出てしまう。原作では、判決が出る前に、どんでん返しの証言が出てくる。
- ポワロは、再びホプキンス看護師にインタビューし、メアリ・ジェラードの本当の母親はローラ・ウェルマン夫人であった
と語る。そのことを書いた手紙も見せる。
- 次に、ポワロは監獄のエリノアにインタビューする。
第三部
- 解決編は、ハンタベリー・ハウスの図書室でポワロ主導で行われる。
- まず、ポワロは、ロディとロード医師の前で、サンドウィッチに毒が入ってなかったと推理する。
次に、ロード医師がウソを言っていたことを暴く。
- 次に、オブライエン看護師の前で、メアリ・ジェラードの遺言に注意を向ける。
- さらに、ホプキンズ看護師の前で、庭の薔薇にトゲは無いと言う。そして、あなたの本名はメアリ・ライリーだと言う。
ホプキンズ看護師はポワロの殺害を試み、失敗する。警察が彼女を捕まえる。
- エリノアは、無罪放免。